うたかた目次 / 人類の夢 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 / イワンの作文 / 後日談 / 独り言
人類の夢 7 〜ゆめはうたかたに 7〜 ギルモア邸の食堂に、一同が会した時、日はすっかり暮れていた。 上弦の月が東の空にかかり、光を放ち始めるのと同時に、イワンが眠りについた。 大人たちは、赤ん坊を驚かさないように、始めは控えめに喋っていたが、やがていつ もとかわらなく、屈託のない振る舞いをするようになった。 自己紹介は既に済んだ。ハインリヒは、ギルモア博士とジョー以外の者には初見だ し、ギルモア博士の友だちの張々湖とグレートは、ジョーの友人たちと会うのは初め てという訳で、簡単ではあったが、早々に紹介をしてしまった。後は、心ゆくまで、 張々湖の作った料理を食べ、酒を飲んでくつろげばいい。 ハインリヒは、今日初めてジョーの婚約を聞かされて、驚いていた。 「なんでもっと早く教えないんだ。知ってたら、祝いにワインの一本でも持ってきた のに」 よかったよかった、とジョーとフランソワーズを前にして、彼は我が事のように喜 んだ。 ジェットは、そんな彼らを横目で見ながら、ビールをがぶ飲みしている。 ピュンマは、何か気になる事があるらしく、時々、ジェットの方を見ては溜め息を ついていた。 ジェロニモがそんなピュンマを気遣い、声をかける。 「どうした、ピュンマ。息を吐いてばかりでは、腹がへるぞ」 ピュンマが、小さく笑った。 「ジェロニモは、真顔で冗談言うんだよな」 「何を考えている」 「ん……」 また、ちらとジェットの方を見てから、ピュンマは呟くように言った。 「昼間、ジョーは何を怒っていたのか、と思って。ほら、車の中で、ジェットと話し ている中にだんだん語気が荒くなっていっただろう。ジョーは滅多にそんな事ないの に。そうだろう。ジェロニモ」 「確かに」 ジェロニモは、考えた。ピュンマほど付き合いは長くないが、出会って以来、 ジョーとは腹を割って話せるくらい親しくしてきた。ジョーは、普段はとても穏やか に話す人物だ。反面、体の動きは俊敏で、なぜか喧嘩も強い。アメリカで、止める間 もなく相手をねじ伏せてしまった現場を、一度ならず目撃している。 ジェロニモは、車の中で交わされた会話を、思い出そうとした。ジェットはあの時、 写真を持ってきた、と言っていた。その写真について話しているうちに、ジョーの機 嫌が悪くなったのだ。ならば。 「よし、ジェットに聞いてみよう」 と、ピュンマが唐突に声を上げた。ジェロニモは、驚いて彼の顔を見た。今、自分 が言おうとした言葉が、ピュンマの口から飛び出したのだ。 「うじうじ考えていても仕方がない。尋ねてすっきりしよう」 そう言うピュンマより早く、ジェロニモはジェットの方へ歩き出していた。 「ジェット、素直に言うか、わからない」 「じゃ、なんで君、ジェットの方へ行くんだい」 「足が聞きたがっている」 「真顔で冗談、言うなよ」 ピュンマは笑いながら、ジェロニモに従った。 一方のジェットは、不機嫌な面持ちで一人ビールを飲んでいた。ジョーがフランソ ワーズとハインリヒに付きっきりなので、酒の相手がいないのだ。そこへ、ジェロニ モがピュンマとやって来て、尋ねたい事がある、と言うので面食らってしまった。 「何だよ」 とりあえず、ぶっきらぼうに返事をする。 質問の続きは、ピュンマが受け持った。 「ジェット、君、昼間は何をあんなにジョーといがみ合っていたんだい。写真がどう のって、言ってたようだけど」 「んだよ。聞いてただろう、車ん中でさ」 「それが、二人とも早すぎて聞き取れなくて」 「ジェロニモに聞けよ。おい、ジェロニモ、お前ならわかっただろう」 ジェロニモは、首を横に振る。 「なんだ、わかんなかったのか。そりゃあ、悪い事したかな」 ジェットの表情が、途端やわらかくなった。 「ジョーと話していると、ついガキん頃の癖が出て、乱暴な喋り方をしちまうんだ。 ちいっちゃい頃、よく一緒に遊んだからよ」 「幼馴染みだって聞いてるよ」 ピュンマが相槌をいれる。 「ああ、そうだ。学校に上がる前、ジョーはアメリカの俺ん家の近くに住んでたんだ。 でも、親が死んで親戚が迎えに来て、それっきり。だから、メット持って、マシンの 横に立っているあいつを見つけた時は、マジで驚いたぜ」 「よくわかったね。ずっと会ってなかったんだろう」 「ああ。忘れやしないぜ。犬っころみたいな目をして、人の事、見てるんだからな」 犬っころ、という言葉に、ジェロニモは深く頷いていた。言葉は乱暴だが、ジョー の事をよく見ていると、ジェロニモは思った。ジョーは、犬は犬でも、猟犬のような 鋭さと子犬のようなあどけなさを併せ持っている、とジェロニモは考える。 「それでな、そんなジョーの婚約の祝いだ。門外不出の品を見せてやろうと思って」 ジェットが、小声で話を続ける。 「子供の頃の写真を持って来たんだ。それを言ったら、あいつ絶対みんなに見せる なって怒りやがって」 「へえー」 「ほう」 ピュンマとジェロニモの目が、興味津々と輝きだす。 「な、な、見たいだろう。見たいよな。フランソワーズにも見せたいよな。なのに、 ジョーの奴は」 「ぼくが何だって」 ジョーの声が間近で響いた。 人類の夢 7 〜ゆめはうたかたに 7〜
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