うたかた目次 / 人類の夢 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 / イワンの作文 / 後日談 / 独り言
人類の夢 6 〜ゆめはうたかたに 6〜 ジョーが玄関の扉を開けると、そこには、背の高い男が一人、立っていた。淡い目 の色に髪の色。ジョーは、懐かしさが込み上げてくるのを感じた。 「ハインリヒ!」 頷いて、男が応える。 「元気そうだな、ジョー」 「よく来てくれたね、ハインリヒ。さあ、入って。ギルモア博士、ギルモア博士っ」 ジョーは、知らず廊下の奥へ叫んでいた。ハインリヒが苦笑したのも気付かない。 何事かと、勢いよく廊下へ出てきたのは、先ずジェット、続いてギルモア博士だっ た。 「ジョー、どうした」 「ハインリヒじゃないか。こりゃ驚いた」 二人は、同時に声をあげた。 ハインリヒは、見知らぬ男がギルモア博士と一緒にいるのを見て、一瞬眉をひそめ たが、ジョーが彼へ親しげに話し掛けるのを見て安堵した。その仕種は、彼がジョー の近しい友だちだと、一目でわかるものだった。 「お久しぶりです、ギルモア博士。手紙をありがとうございました」 ハインリヒは、丁寧にギルモア博士に挨拶をする。 「おお、よく来てくれた。君も元気そうじゃな。しかし、これは一体どうした事だね。 来日できるのは、来月になってからと」 「はい、急に商用で日本へ来ることになって。それで、用が済んだら、ギルモア博士 とイワンに是非会ってくるようにと、妻のヒルダに頼まれましてね。明日には帰国し なければなりません。でも、未来の息子に挨拶ぐらいはと思いまして」 ギルモア博士の顔が、うれしそうに輝いた。 「そうか、イワンの事を。そうか、そうか。ああ、ありがとう。ハインリヒ」 「来月、ヒルダも日本に連れてきます。詳しい話は、その時に改めて」 「うんうん、そうしよう。ささ、イワンに会ってやっておくれ。さあ、こっちだ」 ハインリヒを案内して、ギルモア博士がキッチンの方へ歩いていく。 二人を見送った後に、ジョーがジェットに言った。 「よかった。ハインリヒがイワンのお父さんになってくれるなら、安心だよ」 「何の事かよくわかんねえが、あいつ、悪い奴じゃなさそうだな」 ジェットの言葉に、ジョーが吹き出した。 「当たり前だろ。ハインリヒは、イワンのお母さんの親戚だよ。イワンのお母さんが 亡くなった後、ウイスキー博士とも連絡がつかなくなっちゃって、博士がハインリヒ に知らせたんだ。来月、夫婦して来てくれる事になってて」 「で、だんなの方が、先に来た」 「うん。仕事で日本に来たついでだって」 「ふーん。それだけにしちゃ、ジョーよ、お前、あいつと随分親しそうじゃないか」 「ああ」 この時、ジョーは、リビングの入り口にフランソワーズをはじめピュンマ、ジェロ ニモが集まって、廊下にいる自分たちを見つめているのに気がついた。 「ジェット、部屋の中で話そう」 そう言って、ジョーは真っ先にソファーに腰をおろした。みんなが坐るのを待って、 ジョーは、しばし考えた。そして、英語で、こう言った。 「ねえ、ぼく、何語で話したらいい?」 その場で英語を解する者は、顔を見合わせた。フランソワーズだけは、じっと ジョーの顔を見つめている。彼女は、英語がわからないのだった。ジョーは彼女のた めに、同じ事を日本語で言い直した。フランソワーズが日本語の日常会話を早く習得 するために、ギルモア邸では、日本語が公用語となっている。 「お、俺は、英語しかわかんねえぞ」 ジェットがまず、口をきいた。 「僕は、英語よりフランス語がありがたいな。でなきゃ、日本語」 と、ピュンマ。 「日本語、少しわかる。フランス語、ダメ。英語、完璧わかる」 続いて、ジェロニモが発言する。 それを聞いて、ジョーが苦笑した。 「フランソワーズはフランス語と日本語。あとドイツ語がちょっとだね。どうしよう か」 考えこんでしまったジョーを見て、フランソワーズが言った。 「私は、後で話してくれればいいわ。英語なら、みんな理解できるのでしょう。私、 勉強のつもりで聞いてるから」 彼女は、優しく微笑んで、一人一人の顔を見回した。もちろん、日本語で話したの で、ジェットには、何を言っているのか通じなかったが。 「じゃ、そうしよう。フランソワーズ、ごめんね、後でちゃんと教えるから」 ジョーはフランソワーズに微笑み返してから、ハインリヒとの事を英語で話し始め た。 小さい時家族を亡くして、大伯父のギルモア博士に引き取られた事。博士の研究の 都合で、一年ほどドイツで暮らした事があり、ハインリヒとはその時、知り合った事。 たまたまハインリヒは、ギルモア博士の友人のウイスキー夫妻と親戚で、ジョーたち が日本に帰って来てからもウイスキー夫人を介して親交が続いた事を、ジョーは友人 たちに語って聞かせた。 話し終わると、ジェットが感心したように、ジョーに言う。 「それじゃ、お前は、ドイツ語も話せるのか」 「うん。読み書きは苦手なんだけど」 ふん、とジェットがソファーに体重をかけた。 ピュンマがそれに反応して、飛び上がるように喋り出す。 「ウイスキー夫妻は、ロシアの人じゃなかったかい?確か、ロシア語も話せたよね、 ジョー」 「マジかよ」 ジェットが唸った。 「ああ、話せるよ。ギルモア博士もロシア語上手だし」 「じゃあ、フランス語は?フランス語は、どこでどうして覚えたんだ」 ジェットが声を高くして聞いてくる。 「高校の時、こっちに留学していたピュンマから、教わった」 これを聞いたジェットは、ピュンマに詰め寄った。 「あんた、確か今フランスに留学してるって言わなかったか」 「ああ、してるよ。その前は、アメリカで、その前は、日本。ジョーのいる高校に一 年間留学したんだよ。年下ばっかりで、やりにくかったけど」 すまして、ピュンマが答える。 「ジェロニモとは、アメリカにいる時、知り合った。ルームメイトだったんだ」 ハアー、とジェットは息をつく。 「お勉強が好きな連中なんだな」 「ジェットにも教えてあげるよ。とりあえず、フランス語はどお?」 ジョーが笑いながら言った。 「いらねーよ、んなもん」 ジェットは、ますますソファーに沈み込んだ。 人類の夢 6 〜ゆめはうたかたに 6〜
うたかた目次 / 人類の夢 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 / イワンの作文 / 後日談 / 独り言