うたかた目次 / 人類の夢 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 / イワンの作文 / 後日談 / 独り言
人類の夢 12(終) 〜ゆめはうたかたに 12〜 フランソワーズは、カーテンを脇に寄せ、窓を大きく開けた。眩しい光が差し込み、 部屋の陰影を鮮やかに映し出す。 ジョーは、まだベットの中だ。柔らかい彼の枕の上で、イワンがしきりに手を動か している。やがて、手にした物を、思いきり引っ張った。 「イタタタターッ……イワンかあ?」 ジョーが渋々と顔を上げた。髪の毛を掴んで離さないイワンを抱き上げる。 「フランソワーズ……」 彼は、いる筈のフランソワーズに呼びかける。 「イワンを離してくれないか」 くすくす笑いながら、フランソワーズはイワンを引き取った。 「おはよう、ジョー。昨日は随分遅くまで、話がはずんだようね。ジェットもまだ寝 てるのよ」 ぼーとしていたジョーは、しかし、ジェットの名前を聞くと、目を大きく見開いた。 「無理やり付き合わされたんだよ。009の漫画を通訳しろって」 「009ってなあに?」 フランソワーズは、昨夜、『サイボーグ009』の話が出た頃に部屋を出ていった ので、ジョーの寝不足の原因を理解していない。 「漫画の話。ジェットが読みたいって言いだして、ぼくに通訳をしろって。ピュンマ もジェロニモも先に寝に行ちゃうし……ねむい」 再びベットに潜り込みそうなジョーを、フランソワーズは慌てて止めた。 「起きて。もうすぐお昼だし、ハインリヒも帰るのよ。お見送りをしなくちゃ」 「うー……イタタアっ。イワン、引っ張るな」 イワンが手を延ばして、ジョーの髪の一筋を掴んでいる。 「ほら、イワンだって、ジョーに起きてほしいのよ」 「わかった、起きるよ」 渋々、ベットから降りるジョー。しかし、放っておくと、立ったまま寝てしまいそ うな顔である。フランソワーズは、ジョーが着替えている間、窓の外に目を遣りなが ら、ジョーに話し掛けた。 「そんなに面白い話なのかしら、その、009って」 「うん。ジェットはすごく気に入ったみたいだ」 「ジョーも好きなの?」 「中学の時、読んで、面白いと思った」 「どんな話?教えて」 「フランソワーズに」 「あら、女はだめなの?」 「そうじゃないけど。怖い話だよ、きっと、フランソワーズには」 「そう。それじゃ、別の話にしましょう。あのね、ジョーは、なんで子供の頃の写真 をみんなに見せるのを、あんなに嫌がっていたの?可愛らしかったのに」 思わず振り返ったジョーには、フランソワーズの顔が見えない。 「どうしてジョーは、自分の事を話すの、嫌がるのかしら。……私にさえ」 「フランソワーズ……」 「ジェットが羨ましかったわ。ハインリヒが羨ましかった。だって、私の知らない ジョーを沢山知ってるんですもの」 フランソワーズは、イワンを胸にしっかりと抱きなおした。イワンは、彼女の髪の 毛に手が届くようになったことを、喜んだようだ。笑い声をたてる。 「ごめんなさい。私、変な事、言ったわね。ジョーの事なら、私だっていっぱい知っ てるのに……ジョー?」 フランソワーズは、後ろからジョーに抱きすくめられた。声が出せない 「よく、わからないんだ」 ジョーが、フランソワーズの耳元で呟いた。 「ジェットの写真。本当は、見たいと思ってたのに、見るのが怖くなった。ぼくは、 家族の、両親の顔を覚えていない。医者やギルモア博士は、精神的ショックのせいだ というけれど。もしかしたら、写真を見たら思い出すかもしれない、そう考えたら怖 くなったんだ。おかしいだろう。親の顔を思い出すのが怖いなんて」 「……ジョー」 「自分でもわからないんだ」 「……大丈夫、大丈夫よ」 「フランソワーズ?」 「私は、ここにいるわ。ほら、あなたの腕の中に」 「フランソワーズ……」 ジョーの腕に力がこもる。フランソワーズは、頬があつくなるのを感じた。 「ギルモア博士だっているわ。イワンは、もうすぐドイツへ行ってしまうけれど、ま た会えるわ。そうでしょう。ジェロニモもピュンマもジェットも、いつでも会いに来 てくれる。この家にいる人は、みんな私たちの家族よ、ジョー。……だから、もう大 丈夫よ……」 「ああ……そうだね……」 しばらく、二人は黙っていた。窓からの風が二人の髪を揺らし、イワンがうれしそ うにフランソワーズの髪の毛を握りしめて、笑っていた。 ジョーがフランソワーズを離すと、横から彼女の顔を覗き込んだ。口許に指を一本 立てている。フランソワーズは、黙って頷いた。ジョーは、足音をたてずに歩き、ド アを開けた。現れたのは。 カメラを手にしたジェット。その後ろに、ピュンマとジェロニモがいた。隣には、 ギルモア博士がミルクの入った哺乳瓶を手に立っていた。ハインリヒもいる。さらに、 張々湖とグレートまで、廊下に控えていた。 「みんな、何やってんだよ」 ジョーが、顔を赤くして言う。 「ジェロニモとピュンマが起こしてくれたんだ」 うわずった声で、ジェットが言った。 「僕たちは、フランソワーズに頼まれて、ジェットを起こしにいっただけだよ。 フランソワーズは、ジョーを起こしにいったと話したら、ジェットがカメラを持って 飛び出して」 ピュンマの説明に、ジェロニモが首を縦に振る。 ギルモア博士は、というと。 「そろそろ、イワンのミルクの時間と思って、作ってきたら、三人がここにいた」 と言う。ハインリヒは、 「帰る前にもう一度、イワンの顔を見ていこうと思った」 「ワイは、フランソワーズに夕食の買い物の相談をしようとおもたアル。ハインリヒ を送っていくついでに、買ってくるアルよ」 と、張々湖が言えば、 「我が輩は暇だから、張大人についてきた」 グレートは、すまして言う。 どうやら、はじめの一歩は、ジェットに間違いなさそうだ。みんなの視線が、 ジェットに集中する。 「いやさ、婚約の記念に、写真を一枚、と思って……ははは」 照れたように笑うジェットに、ジョーは脱力してしまった。 「ジェット、いい加減にしてよ……」 部屋の中では、フランソワーズが、言葉がわからず立ち尽くしていた。そして、イ ワンだけが、彼女の満面の笑みを見つめていた。 人類の夢 12(終) 〜ゆめはうたかたに 12〜
うたかた目次 / 人類の夢 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 / イワンの作文 / 後日談 / 独り言