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独り言 〜ゆめはうたかたに 15〜


  郵便受けに、一通の白い封筒が入っていた。
 今日は日曜日。郵便が配達されるはずがない。封筒には宛て名もなければ、差出人
の名前もなく、我が家の辺りに人の気配もしない。太陽は、午後の傾きに入ったばか
りで、道を白く照らしていた。
 部屋に戻って、封を切った。中から出てきたものは、一枚の写真のみ。
 見慣れた屋敷の前に、数人の人物が立っている。一人は、私の良く知る青年。彼は
博士号を取ったと、先日、わざわざ我が家まで報告をしにきてくれた。他に彼のきょ
うだいと、彼らの両親が写っている。屋敷が立っている場所はと言うと、そこは私が
記憶している地ではなかった。
 背景に見知らぬ風景を写すその写真を、私はしばらく見つめていた。
 そうか。
 移って行ったのか。
 もう、そんな時間が過ぎたのだ。
 思わず、私は壁に掛けてある鏡を見た。私の顔が映る。その鏡は、愛しい人が新居
に飾ろうと言って、選んでくれたものだ。その言葉は、願いは、叶わなかったけれど。
 そして、彼らは行ってしまった。もしかしたら、家族になっていたかもしれない人
達。決して、一つ同じ所には留まらぬ人達。
 私は、知っている。この写真の外側には、彼らを愛しげに見つめている人達がいる
ことを。血が繋がらなくても、強いきずなで結ばれた、家族がいることを。そのうち
の一人は、私が愛した人と同じ色の眼差しを、今この時も彼らの上に注いでいること
だろう。かつての私達二人にそうしてくれたように。
 ねえ、あなた。
 私は、心の中で、愛しい人に呼びかける。
 あなたはもうこの世にはいないけれど、あなたの愛した家族は、今も幸せそうな笑
顔を私に見せてくれる。鏡を見るのが辛かった時もあったけれど、残酷に思えた時間
が過ぎたら、私も笑えるようになった。あなたが好きだと言ってくれた、私の瞳。よ
うやく、また好きになれたよ。
 さて。
 この写真、どうしようか。
 彼らは引っ越しをすると、いつも写真を私に届けてくれる。今回のように封筒に入
れて郵便受けにそっと入れたり、玄関の扉に挟んでおいたり。決して、その所在地を
明かしはしないけれど。
 いつものように燃やしてしまおうか。誰か余所の人間に見られたら、何とも説明出
来ないし。それに。
 写真は残酷なのだ。既にこの世にいない人まで、微笑んでいるのだから。記憶と変
わらぬ姿で、永遠に年をとらず、死ぬこともなく。そんな不老不死は、いらない。
 だから、燃やしてしまおう。
 この写真が残る限り、彼らも同じ不老不死になる。私がおばあちゃんになっても、
愛しいあの人の所へ去っていっても、彼らはこの世に在り続ける。でも、そんな苦し
みは、本来いらないのだ。
 だから、燃やそう。
 大丈夫、記憶力はいい方だから。それにきっと、記憶が薄れる前に会いに来てくれ
る筈。私と同じ、そしてあなたと同じ茶色の瞳を、片方持っている、あの青年が、ま
たきっと会いに来てくれるから。
 午後の日溜まりの中を、にこやかに笑みながら、彼はやって来る。流れゆく確かな
時間を、その歩みに刻みながら。                                              

                                                                    終 


                     独り言 〜ゆめはうたかたに 15〜


(C)飛鳥 2002.3.1

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