うたかた目次 / 人類の夢 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 / イワンの作文 / 後日談 / 独り言
人類の夢 1 〜ゆめはうたかたに 1〜 その日は、ジョーとフランソワーズの婚約を祝うため、外国にいるジョーの友人達 が集まることになっていた。 ギルモア邸には朝から、ギルモア博士が贔屓にしている中華料理店の店主、張々湖 がやって来て、料理の腕をふるっている。張々湖と一緒にやって来たグレートは、前 日に日本公演が終了したばかりにもかかわらず、ギルモア博士と一緒になって部屋の 飾り付けを手伝っていた。 「グレート、すまんなあ。そこら辺は適当でいいから休んでおくれ。昨日まで、舞台 に上がっとったんだろう」 ギルモア博士が気遣うと、グレートは、晴れやかな笑顔を向けて答えた。 「なーに、どうってことないって。食い友だちの博士のお祝いだからなあ。オレは飛 び入り参加なんだし、これくらいやらせてもらわなきゃ」 「わしの、じゃないよ。ジョーの祝いだよ」 「でも、見たところ、当のジョーよりうれしそうですぜ」 グレートがからかうと、ギルモア博士の顔が少し赤らんだ。 「当たり前アル。たった一人の肉親の、しかもちっちゃい頃から面倒見てきたジョー の結婚が決まったアルよ。顔中の筋肉が緩んでも緩み足りないアルね、博士」 いつの間にか、張々湖が部屋に入って来ていた。湯飲みを四つトレーにのせて、手 に持っている。 「一休みするアル。日本茶、入れてきたね。ところで、フランソワーズはどこいった アルか」 部屋に、彼女の姿は見えない。 「友だちを迎えに行ったのは、ジョーだけだった筈アルね」 「ああ、ちょうどイワンの散歩の時間だとか言って、出掛けたところだ」 そう答えると、グレートは湯飲みを二つ取って、一つをギルモア博士に手渡した。 「赤ん坊の生活リズムを、大人の都合で変えてはまずいからの。飾り付けを気にして おったのだが、散歩に行ってもらったんだよ」 ギルモア博士が、お茶を一口すすってから、言った。 「イワンのことも、良いようにしてやらねば」 ギルモア博士が、ふうと息をついた。 張々湖とグレートが、お互いの顔を見合わせる。 「なあ、博士。オレは、張々湖の店の常連客ってだけで、博士とは親戚でも何でもな いわけだが、あんたのことは、店のメニューを共に食い倒した仲間と思ってる。だか ら、これから言うことは博士の気に障るかもしれないが、どうか勘違いしないでくれ。 オレは、オレたちは博士のことが心配なんだ」 グレートが改まった表情で話しだすのを見て、ギルモア博士は驚いた顔をした。 「なんだね、やぶからぼうに」 「博士、あんたは少々人が良すぎやしないか」 「ああ?」 「そうアル、博士。イワンのことアルよ。いくら知り合いの子供だからって、父親が 生きているなら、父親に任すアルね。奥さんが急に亡くなって、そりゃお気の毒アル。 でも、赤ん坊を人に押し付けて一人雲隠れするはいけないアル」 「それは、まあ、そうじゃが。連絡がつかんし、今どこにおるかもわからんし」 「まさか、このまま、ここで育てるつもりなんじゃないだろうな。それこそ、お人好 しの極みだぜ」 グレートの言葉に、ギルモア博士は俯いてしまった。 「ジョーがなあ。人事とは思えないと言うてなあ」 ややあって、ギルモア博士がぽつりと言った。 「あの子も小さい時に両親を亡くしているし、わしもご覧の通り独り身だ。あの子は 家庭の暖かさを人一倍気にしている。今まで決してそんなことは言わんかったが、わ しにはよくわかる。イワンの境遇を聞いたときのジョーの顔は、何といったらよいか。 とにかく、放っておくわけにはいかんかったのだよ」 再び、張々湖とグレートは、顔を見合わせた。どちらも、次の話の口切りを相手に 譲ろうと目配せしている。そんな気配を察して、ギルモア博士が先に口を開いた。 「いやいや、ここで育てようと言うのではない。イワンの母方の親戚には、わしの 知っている者もいて、既にこちらの事情を伝えてある。ドイツに住んでいる人物だが、 近々日本にきてくれることになっているんだ」 「そ、そうだったアルか」 「ななんだ。そうだったのか」 二人同時に、安堵の息をついた。 ギルモア博士が努めて明るく言う。 「心配をかけてすまなった、二人とも。わしはうれしいよ。こうして、わしのことを 気遣ってくれる友だちが側にいてくれて」 ギルモア博士のこの言葉に、張々湖とグレートは、顔を真っ赤にして笑った。 程なくして、フランソワーズが散歩から戻ってきた。イワンはスヤスヤ眠っている。 彼女が加わって、部屋の飾り付けは至極賑やかに進んだ。 人類の夢 1 〜ゆめはうたかたに 1〜
うたかた目次 / 人類の夢 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 / イワンの作文 / 後日談 / 独り言