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人類の夢 5 〜ゆめはうたかたに 5〜


「なんじゃ、まだやっとるのか」
 ギルモア博士は、部屋に入るなり、呆れた声を上げた。
 ジョーとジェットが、部屋の奥で、何やら言い合いを続けている。ジョーの方が、
ジェットの魔の手から逃れようと必死になっている様子に見えるのだが、誰も助けよ
うとしない。
「やれやれ、いい加減にせんと」
「博士、大丈夫。コーヒーカップは助けた」
 ジェロニモが如何にも誇らしげに言う。彼は確かに、ギルモア博士が部屋に入って
くる前に、ジョーとジェットから飲みかけのコーヒーカップを取り上げていた。しか
し、二人の邪魔はしなかった。
「ジェロニモ、助かるよ。ジェットが来ると、賑やかなのはいいが、皿やコップが
減ってしまうんじゃ」
 そうジェロニモに応えて、ギルモア博士は、次にフランソワーズに日本語で話し掛
けた。
「イワンはキッチンで、グレートと機嫌良く遊んでいるよ。張大人がそろそろ用意が
できるといっておるが、どうかね」
 言われて、フランソワーズは、ジョーを見る。彼は相変わらず、ジェットと英語で
喋っているので、フランソワーズは声を掛けるのを躊躇った。
「俺がジョー、連れてくる」
 ジェロニモが、そんなフランソーズを見兼ねてか、ひとりジョーの方へ歩きだした。
そして、ジェットの側に回り込み、首根っこをぐいと掴んでジョーから引き離した。
「な、何すんだ、ジェロニモ」
 ジェットが抗議の声を上げても、ジェロニモは知らん顔を決め込む。
「ジョー、博士とフランソワーズが待っている」
「ああ、ありがと、ジェロニモ」
 ようやくジェットから開放されて、ジョーは深く息を吸い込んだ。
「ジョー、待て。まだ話しは済んじゃいないぞ。こら、ジェロニモ、放せよ」
「ダメ。博士との話が先」
 ジェットの言い分を無視して、ジェロニモは、ジョーがギルモア博士とフランソ
ワーズの許に行くのを見守る。三人が話している間、ピュンマがジェロニモとジェッ
トの所へやって来た。
「ジェロニモ、君、もしかして、ジェットと知り合い?」
 ピュンマが不思議そうに、ジェロニモとジェットを見比べている。
「そう。この間、ジョーがアメリカに来たとき、会った」
「そうだったのか。なら、なぜ、空港で会った時、話してくれなかったんだい。僕は
てっきり君も初対面とばかり思ってた」
「すまん。話す暇、なかった」
 そう言われて、ピュンマは唸ってしまった。空港での、ジョーとの再会時を思い出
したのだ。
 ピュンマが空港に到着し、ジョーとの待ち合わせ場所に行くと、既にジェロニモが
ジョーと一緒に待っていた。久々の、友との再会に胸が高鳴った。挨拶がすむと、
ジョーは、もう一人、友だちが来るからと、小声で話した。
「ちょっとうるさい奴だけど、気にしないで」
 程なく、ジェットが登場する。
 彼は、ジョーからピュンマとジェロニモを紹介されると、穏やかな笑顔を浮かべて
二人に握手を求めてきた。先にジェロニモが、次いでピュンマが手を握る。この時、
ピュンマは、ジェットの手が自分の手を一瞬強く握りしめたのを感じた。ジェットと
目が合う。彼の口の端が笑った。
 途端、ジェットが滑らかに喋りだした。それは、飛行機を降りる直前までフランス
語圏にいたピュンマには、いきなりすぎて聞き取れない。早口の上に、スラングが混
じっているようだ。ジェロニモに、適当に言葉をはしょって通訳してもらい、ようや
く意味を理解できた。ジョーはというと、ジェットの話に相槌をうったり、受け答え
をしっかりしているようだ。今更ながら、数カ国語を操るジョーに感心した。
 そして。
 空港からギルモア邸に向かう間中、ジェットは一人で喋りつづけ、挙げ句ジョーと
喧嘩しながら車を交代で運転してきたのだ。その間、ピュンマは、二人の会話を聞き
取るのに、ジェロニモの助けを借り続けた。
                                      
 自動車のヘッドライトが、ギルモア邸の窓をかすめる。来訪者のようだ。ジョーが
玄関へ赴く。少しして、ジョーの、ギルモア博士を呼ぶ声がした。



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(C)飛鳥 2002.3.1

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