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人類の夢 3 〜ゆめはうたかたに 3〜


「もーっ。ジェットのおかげで、一年分の声を出し切った気分だよ」
 ジョーは、リビングに入るなり、ソファに体を投げ出した。続いて入ってきた
ジェットが、たたみかけるように言う。
「お前が普段喋らなすぎるんだ。ありがたく思え、わが友、ジョーよ」
「喉荒れが治るまで、友だち返上」
 ジョーが、笑って応えた。
 そこへ、フランソワーズが二人分のコーヒーを運んできた。ジョーが日本語で話し
かける。
「ありがとう、フランソワーズ。先刻は放っておいてごめん」
「いいのよ。それより……」
 フランソワーズが話すより早く、ジョーがコーヒーを二つとも手に取って言った。
「驚いたかい」
 ジョーが笑う。
「ジェットは、いつもあんな風に、けたたましいんだよ」
「けたたましい?」
 フランソワーズは、言葉の意味がわからず、聞き返す。
「うるさいってこと。ああ、でも、勘違いしないで。相手かまわず、という訳じゃな
いから。ギルモア博士の前では大人しいし」
 ふんふんと頷いて、ジョーの説明を聞いているフランソワーズを、ピュンマとジェ
ロニモが部屋の隅で見ていた。そこへ、ジェットがやって来る。
「ジョーの奴、俺の事を話してるんだろう。何て言ってんだ」
 ジェットは、日本語がわからない。
「安心しろ。ジョーは嘘言わない」
 ジェロニモの即答に、一瞬怪訝な顔をするジェット。
「……ジェロニモ、それじゃ、フォローになってない」
 ジェットは、ピュンマの呟きを聞き漏らさなかった。
「ジョーの奴、さては俺様の悪口か」
 ジョーの方を振り返ろうとして、ジェットは、すぐ隣にジョーが立っている事に気
がついた。危うく、ぶつかりそうになる。
「悪口なんか、言ってないよ」
「うわあっ」
 ジョーとジェットの声が、同時に響いた。
「何、驚いてんのさ」
 はい、とコーヒーを手渡しながら、ジョーがジェットに聞く。
「いやあ、いきなり、その顔を見せられて」
「その顔ってなんだよ」
「幸せににやけた顔」
 ぷっと、ピュンマが吹き出した。ジェロニモの口許も緩んでいる。ジョーの表情は
瞬時にかたまり、見る見る頬を紅く染めた。
「な、な、何言うんだよ、ジェット」
 ジョーのうろたえぶりがジェットの悪戯心に、また火をつけてしまったらしい。
ジェットは、ジョーの腕を掴んでぐいと引き寄せると、早口に喋り出した。
 ピュンマとジェロニモは、そんな二人の側を離れる。とばっちりは車の中だけで充
分であった。
 フランソワーズは、というと、所在無さげにソファに坐って、ジョーの方を見てい
た。そんな彼女に、ピュンマが話し掛ける。
「気にすることないよ。喧嘩するのは仲のいい証拠だっていうし」
「あれは喧嘩に見えない。ジョーがからかわれているだけ」
「ジェーローニーモーっ」
「ピュンマ、お前も先刻同じ事を言った」
「……そうだっけ」
  今度は、フランソワーズが笑う番だった。
「ふふ、ありがと、気を遣ってくれて。でも、先刻は本当に驚いたわ。あんな大声で
人と話すジョーを見たのは、はじめて」
 フランソワーズは、玄関先での一幕を思い返した。



                                      人類の夢 3 〜ゆめはうたかたに 3〜
                                      

(C)飛鳥 2002.3.1

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