うたかた目次 / 人類の夢 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 / イワンの作文 / 後日談 / 独り言
人類の夢 4 〜ゆめはうたかたに 4〜 フランソワーズは、目の前にいるジョーと今一人の若者を、言葉なく眺めていた。 彼らは、ギルモア邸に帰ってくるなり、言い争いを始めたのだ。言葉は、英語を聞 き慣れないフランソワーズには、わからない。何を言っているのかわかれば、とめる 手立てもあろうが、生憎、言葉のわかるギルモア博士もジェロニモも、ピュンマと一 緒に先に家の中に入ってしまった。玄関の外には、男二人とフランソワーズが取り残 された恰好だ。 突然、赤ん坊の泣き声が響いた。フランソワーズが、はっと我に返ると、胸の中で イワンが涙を振り絞って泣いている。いつの間にか、イワンを抱く腕に力を込めすぎ ていたようだ。彼女は、イワンを抱きなおし、軽く揺さぶり機嫌をとる。すると、急 にイワンの体重が軽くなった。 「ごめん、イワン、フランソワーズ」 ジョーがイワンを抱き上げたのだ。 「驚かすつもりじゃなかったんだ。イワン、ほら、機嫌なおして」 ジョーが、イワンを頭上高く掲げた。何度も同じ事を繰り返す。すると、ようやく イワンの顔に笑みが戻った。ジョーは、明らかにほっとした様子だ。 「なんだ、ホントの親子みたいじゃないか」 フランソワーズの耳に、聞き慣れぬ声が響いた。先刻までジョーと喧嘩していた、 あの若者だ。ジョーと英語で何やら喋っている。何と言っているのかわからないが、 今度はしかし、先程とは打って変わって穏やかだ。 「フランソワーズ」 ジョーが彼女に向き直って、日本語で話し掛けた。 「紹介するね。幼馴染みのジェットだよ。ニューヨークに住んでて、僕と同じレー サーで、ってことは前に話したよね」 フランソワーズは、こくんと頷く。 次に、ジェットに向かって、ジョーは英語で話す。 「ジェット、彼女がフランソワーズ。バレエを今もずっと続けていて、フランスから ……」 「ああ、いいって、いいって」 ジョーの言葉を途中で制して、ジェットはフランソワーズに右手を差し出した。 「ジェットだ。あんたのことは見りゃわかる。ジョーをよろしく頼むぜ。おい、 ジョー、ちゃんと訳せよ」 ジョーは頷いて、ジェットにはわからない日本語で、フランソワーズに語り出した。 フランソワーズが、ジェットの手を握り返す。お互い笑みながら、初対面の挨拶を終 えた。 この間、イワンはジョーの腕の中でずっと大人しくしていたが、ジェットの手がフ ランソワーズの手を握りしめて離さないのを見ると、何を感じたのか、また泣きだし てしまった。フランソワーズが、ジョーに代わってイワンを抱きしめても、一向に泣 き止まない。 この時、ジェットがジョーに何やらささやいた。すると、ジョーが顔を真っ赤にし てフランソワーズの方を見る。 『ジェットの方が一方的にジョーをからかっているようだよ』 フランソワーズは、咄嗟にピュンマが言った言葉を思い出した。 男二人は、再び顔を付き合わせて、怪しげな気配を漂わせている。フランソワーズ がよくよく二人の顔を見比べると、ジョーの方は顔を赤らめてむきになっているのに 対して、ジェットの方は余裕の笑みを見せているようだ。 フランソワーズは、くすりと笑った。そして、ぐずりつづけるイワンを抱きなおす と、くるりと向きを変え、玄関の扉の中に駆け込んだ。扉を閉めるとき、ジョーのフ ランソワーズを呼ぶ声が聞こえたが、すぐに、ジェットの大声に掻き消された。 あの二人は、もうしばらく、外で声の発散が必要だろう。 フランソワーズは、独り言ちた。 人類の夢 4 〜ゆめはうたかたに 4〜
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