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七夕飾り (六)

 


  11


 波の音が耳に聞こえて、風が首筋をすり抜けていって、ジョーがわたしを抱きしめ
てくれて、やっと我に返った。
 やだ、わたしったら。みんなが来たら、どうするの。
 気がつくと、ジョーは砂浜に腰を下ろしていて、わたしはジョーの膝の上に抱え込
まれた恰好で坐っていた。耳元で、ジョーの忍び笑いが聞こえてくる。
「きゃ、き」
 悲鳴をあげそうになるのを、やっと堪えた。ジョーはわざと、わたしの耳元で笑っ
ているに違いない。
「目が覚めた?」
 ジョーの押し殺した声が、くすぐったかった。
「寝てないわ。ちゃんと起きてます」
 ジョーの顔を睨み付けて言ってやったのに、ジョーったら笑ってる。
「寝てたよ。呼んでも返事してくれなかった」
「寝てません」
 わたしは、恥ずかしさでいっぱいになった。ジョーにはそう見えたとしても、わた
しは眠ってなんかいないわ。
 わたしは、ジョーの膝の上から、すべりおりた。肌に触れた感触は、砂の上ではな
く、ヒンヤリとしたビニールシートのそれだった。
「夕方、運んで置いたんだよ。他に、酒のつまみになるものも」
 ジョーはそういって、後ろを指さした。覗いてみると、クーラーケースが二つ並ん
でいる。
「そういえば、ジョー、あなた、お酒は何処に隠したの」
「冷凍庫の中」
 あまりと言えばあんまりな所に隠したわね。
 料理が終わった後ならば、誰も気に留めないだろう。
「昨日から、ジェットの奴、やたら雑用を僕に押しつけるんだ。例のくじ引きでね。
みんな、それに気づいても助けてくれないし」
「どうして、ジェットは、あなたばかり……」
「フランソワーズの元気がないのは、僕のせいだって、イワンが言ったんだよ」
 わたしが、元気がない?
「毎年、この日は元気がなくなるよ。フランソワーズ」
  ジョーが立ち上がった。
「確かに、僕のせいかもしれない。それでも、最後までジェットの世話にはなりたく
なかったから。冷凍庫なら、よく冷えて、ちょうどいいだろう。竹を取ってくる、
待ってて」
 そう言い残して、さっさと走って行ってしまった。
 ジョーは、岩場の側で、わたしが落とした紙袋を拾ってから、三本の竹を置いた所
まで戻り、それを軽々と肩に担いで来た。そして、薪の上に竹を重ね、紙袋の中身の
折り紙を幾つか取り出した。それを火付けに使ったらしい。ジョーの手元が明るく輝
いた。彼は、薪の下に折り紙を押し込んだ。それから、もっと沢山の折り紙を取り出
しては、火にくべた。
 折り紙の火は、薪に燃え移り、竹飾りを焦がしはじめた。かすかに、薪や竹がはぜ
る音が聞こえる。
 燃え上がる炎の明かりの中で、わたしは考えていた。
 あの時の、悲鳴は、わたしの声だったのかもしれない、と。
  不安は、その時から、ずっとわたしの胸の中にある。
 見ていると、ジョーはポケットから一枚の紙を取り出した。それが何であるかは、
炎の明かりで見て取れた。白い、短冊だった。
「ジョー、それ」
 わたしの呟きが確かに聞こえただろうに、ジョーは振り向かなかった。手の中の短
冊を見つめていた、と思うと、彼の腕が動いて、短冊が宙に舞った。
 炎にあおられて短冊はひるがえり、赤い光に縁取られたかと思うと、あっと言う間
に燃えてしまった。
 光は闇にとけて、消えた。
 それは、とても、きれいで。美しく。そして、儚い夢のよう。
「毎年、こうしてたんだ」
 ジョーの声が聞こえた。
「沢山ありすぎて、書ききれない」


  12


 たくさん、ありすぎて、かききれない。
 ジョーの言葉を、わたしの耳は、一体どんな風に聞いたのだろう。
  ジョーが振り返って、わたしを見ている。炎を背にしているから、髪の毛の端が赤
く見える。そのかわりに、顔の表情は暗くてわかりづらかった。
  願い事が沢山あるのなら、わたし、もっといっぱい短冊を作るわ。そして、ジョー
に最初に書いてもらう。足りなかったら、もっと作る。それでも足りなかったら。
 でも。
  違う。
 ジョーの顔を見ていて、そう思った。
 たくさんあるって、そういう事じゃない。
  わたしは、じっとジョーの顔を見つめていた。ジョーの表情は、相変わらず陰に
なっていてわかりづらい。
 ジョーの口が動いた。
「短冊と一緒に燃やしたから、また、君を愛せる」
 ジョーが近づいてきた。わたしの前で跪くと腕が伸びてきて、わたしは彼に抱きす
くめられた。
  ジョーの肩に額を押しつけられて、わたしは身動きができない。
 これって、なあに。どういう事?
 ジョーの声が、聞こえる。
「願い事も欲しい物も沢山ありすぎて、紙になんか書ききれない。だから燃やした。
僕は、君がいてくれれば、それでいい。他の願い事は、いらないよ」
 ジョーの声を聞いていたら、目が痛くなった。痛くて、重たくて、目を開けていら
れない。瞼を閉じたら涙が溢れてきて、今度は目を開けられなくなった。
 本当は、怖かったの。あなたは、わたしが隣にいるときだって、遠くの海を見てい
るから。七夕の伝説のような夜を、いつかわたしも迎えなければならないんじゃない
かって、不安だったわ。わたしの願い事は、そんな日が来ないように祈る事だった。
『はやくみつかるように』
 不意に、イワンの願い事を思い出した。
 イワン、あなたも祈っててくれたのね。
 わたしは、やっとジョーを見つけた。七夕の日のジョーを。短冊を飾らない、愛し
い人を。
  それから、わたしたちは、今日初めてのキスをした。七夕の夜の、懐かしい口づけ
だった。
「続きは、また後でね」
 ジョーが、悪戯っぽく笑う。
 ジョーの視線を辿ると、岩場の向こうから、賑やかな声が聞こえてきた。
 先頭のジェロニモが、イワンを抱いている。ギルモア博士を両脇から抱えるようし
て、ピュンマとハインリヒ。その後ろに、グレートと張大人とジェットが、冷たいの
なんのと言いながら、やって来る。
 わたしは、立ち上がって、両手を広げた。
 イワンが、ジェロニモから離れて、飛んでくる。
 胸の中にすっぽりと納まった赤ん坊は、とても柔らかかった。
 ありがとう、イワン。大好きなみんな。
 そして、振り向けば、ジョーの笑顔がある。
 よかった。

                                  終


                              七夕飾り(六)  



(C)飛鳥 2002.11.29

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