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5 直に園長さんと別れて、わたしは保育園を後にした。車に戻って、折り紙を買いに 店を目指す。 わたしは、思い出していた。 結局、わたしは、ジョーの後を追わなかった。ジョーに七夕の飾りを燃やすよう頼 んでおいて、わたしは夕食の後片付けを終えると、自室へ戻ってしまった。 窓からは、海岸が見えない。方角が違うから。 ほっとした。 ジョーの姿を見ないですんで。飾りを燃やす炎を見ないですんで。目にしていた ら、きっとわたしは探していただろう。ジョーの短冊を。 彼は、その年も、短冊をつるさなかった。 願い事を書いたかどうかも、わからない。そもそも、彼がどんな願いを胸に抱いて いるのかも。 だから。 ジョーに、一人で燃やしにいってほしかった。そうすれば、もしかしたら、短冊を つるすかもしれない。たとえ、短冊に何も書いていなくても。 道路から駐車場の表示を見つけて、わたしの思考は現実に戻った。折り紙を買った ら大急ぎで帰らなくちゃならない。短冊をはやく作って、みんなに渡さなくちゃ。部 屋も片付けなくちゃ。お茶の用意もしなくちゃいけないし。何もかも放ってきたから、 ジョーやギルモア博士が困っているかもしれない。 駆け足で店の中に入ると、わたしは迷わず折り紙をつかんで、レジへと向かった。 他にも買いたい物が無いこともなかったが、ゆっくり選んでいる時間が惜しかった。 車へ戻ると、シートベルトを締めるのさえもどかしく、大急ぎで発進させた。 街を抜けて、海岸通りをひた走り、ギルモア博士の家に帰って来た。車を車庫に入 れ終えて外に出ると、玄関の前にジョーが立っていた。 「おかえり」 「ただいま。遅くなって、ごめんなさい」 ジョーは、気にするなと言うように、首を振った。 「お茶の用意、できてるよ」 「え、もう?」 思わず、口に出してしまった。ジョーが、困ったような顔をする。 「部屋の片付けのついでに、飾り付けもしたんだよ。驚かないでね」 「驚かないでって、そんな変な飾り付けしたの?」 ジョーが苦笑を隠さず、わたしをリビングまで連れていってくれる。 リビングの扉の前まで来ると、ジョーがわたしに開けろと、手で合図した。 一呼吸してから扉を開けると、目の前に赤い折り紙が下がっていた。何だろうと良 く見ると、筒の形をした頭に、下半分切り込みを幾本も入れて、その先を少し丸めて いる。最初、提灯の形違いかと思ったけれど、違うみたい。部屋の中を見渡すと、同 じように天上から、青や黄や白や赤の折り紙が下がっていた。それらは、魚の形をし ていたり、星の形をしていたり。 「もしかして、これ、タコ?」 わたしは、赤い折り紙を指さして叫んだ。途端に、クラッカーが幾つもけたたまし い音をたてる。 「大当たり」 ジェットが言った。 「本当は、竹につけるつもりで作ったんだ。でも、ジョーがさ、竹が何本もあると海 岸に運ぶのが大変だから、もうやめろって。それで、天上からつるした。どうだ。涼 しげでいいだろう」 言われて、天上を見ると、白い糸の先がテープで留められている。わたしは、今度 は糸が足りるかどうか心配になってきた。 「……糸、残ってる?」 「あ、大丈夫だよ、フランソワーズ。ちゃんと別にとっておいたから」 ジョーがすかさず返事をくれた。 そこへ、ピュンマが、ジェロニモと一緒にカップをのせたトレイを持ってきた。 「ほら、フランソワーズが戻ったんだから、お茶にしようよ」 その言葉にしたがって、みんなソファーや適当な椅子に腰掛けた。 6 「ところで、フランソワーズ。竹を海岸に持っていって、どうするんだ」 みんなでお茶を飲み、お菓子を食べていると、ジェットが聞いてきた。 わたしは、ジェットの顔を覗き込んでしまった。 「話していなかったかしら。七夕の飾りを燃やして、願い事を煙と一緒に天へ届ける のよ」 わたしは、保育園の七夕行事の話をした。ギルモア博士もイワンも、今日はじめて 聞く話のような顔をしていた。 「所変われば、ならぬ、時代変われば、だね」 ピュンマが面白そうに言った。 「それで、毎年、ジョーが燃やしてくれていたのかい」 「ああ、そうだよ」 ジョーの声に、胸が、どきっとした。 「星空の下、火をかかげて祈る。すばらしいな」 ジェロニモが言うと、ジェットも、 「いいねえ。俺たちもやらないか」 と言いだし、あっという間に、今夜みんなで海岸へ繰り出すことが決まってしまっ た。 「よっし。それじゃ、薪は俺たちが運んでおくから、フランソワーズは、早く短冊を 作ってくれよな」 あ、そうだったわ。ジェットの言葉に、やっと肝心なことを思い出した。 でも、ひとつ、気になることがある。 「なんで、魚なのかしら」 口に出してみたら、みんながわたしに注目をする。わたしは、天上から下がってい る折り紙を眺めながら言った。 「だって、今日は七夕よ。海とは関係ないじゃない」 「いやいや、それが、おおありなのさ」 ジェットが言う。 「七夕と言えば、天の川。川と言えば、海、だろ。海と言えば、魚って決まってる じゃないか」 そういえば、飾りの作成は、ジェットに任せたんだったわ。 目の端に、何かがひっかかった。 「ちょっと待ってよ。それじゃ、あの星は」 「ちっちっち。星じゃなくて、ヒトデだ」 「イカもクラゲもある」 ジェロニモが、白い折り紙を指さしている。 カップを持つ指が震えた。テーブルにカップをおいて、わたしは立ち上がる。 「フランソワーズ?」 ジョーが、上目遣いにわたしを見ていた。 「わたし、部屋にいるから。短冊を作ってくるまでに、その飾り片付けといてちょう だい」 折り紙の入った鞄を抱えて、リビングを飛び出した。 何で、軟体動物ばっかり飾るのよ。 七夕飾り(三)
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