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9 ジョーがみんなの短冊の代筆をし終えたころ、ちょうどよく料理もできあがった。 張大人とグレートが短冊をつるしたのを合図に、今日の七夕パーティーは始まった。 話題はそれぞれの願い事にはじまり、お酒がまわるにつれて脱線していった。 そして、時計が夜の九時をまわった時、ジェットが言った。 「よーし、それじゃ今日のメインイベント、行こうか」 その言葉にあわせて、みんな一斉に立ち上がった。何故か、ジョーだけがリビング から出ていこうとする。それをジェロニモに見つかり、簡単に阻止された。ジェット がそれを見て、満足そうに頷いている。 「ジョー、お前から、くじをひけ」 やっぱり。 「誰が、あの竹を運ぶかを決める、大事なくじなんだそ」 わたしは、窓の外を見た。ベランダに、三本の竹が夜風になびいている。カサコソ 音を立てているのは、飾りの折り紙が互いにぶつかって擦れているから。数人分の短 冊と飾りだもの。しかも短冊は、九十枚を越えている。重たいと言うより、運びにく そう。 「くじは、もういいよ」 ジョーが、うんざりとした表情で反抗していた。 「毎年、僕が燃やしていたんだし、今年もそうするつもりだった。それより、君達が 本当に海岸へやってくるかどうかの方が気になるな」 ジェットは、きょとんとした顔をしている。 ジョーが、すました顔で言った。 「お酒、もうないよ。それでも、キャンプファイヤー、やるかい」 一瞬の沈黙の後、部屋の中にみんなの罵声が響きわたった。 「なんだってえー?」 「そんな筈ない」 「まだ、無くなるほど飲んでいないと思うぞ」 「そんなに飲んだか、おい」 ジョーを見ると、一人でにやにや笑っている。 それにアルベルトも気がついた。 「さては、ジョー、お前、隠したな」 ジョーは、頷いた。 「だそーだぞ、おい。聞こえてるか」 アルベルトは、一番騒がしく嘆いている人物に声をかけた。ジョーばかりをくじに 当てさせて、どうしようとしたのかはわからないけれど、ジェットの目論見はともか くも阻止されたらしい。 「じゃ、僕は先に行ってるね。お酒は、この家の何処かにあるから、がんばって」 ジョーが部屋を出ていこうとするところへ、イワンが声をかけた。 (ジョー。お酒は、一箇所にまとめて隠したのかい) 「そうだよ」 ジョーの声が、上機嫌なのがわかる。 (それなら、ぼくやフランソワーズの出番はないね。フランソワーズ、ジョーと先に 行くといいよ。ぼくは、後から、みんなと行くから) ジョーを見ると、ウンウンと頷いている。 赤ん坊を酔っぱらいの中に残していくのは、どうかしら。 思案していると、ギルモア博士が声をかけてくれた。 「フランソワーズ、ジョーと一緒に先に行っていなさい。イワンはわしと一緒におれ ばいいし、わしは、少し酔いを醒ましてから行きたいしな」 「……はい……」 ギルモア博士がそういってくれるなら、大丈夫だろう。それに、家の中は、既に家 捜しが始まっている。外の方が絶対落ち着くわ。 「先に下で待ってて。竹を持っていくから」 ジョーの言葉に首を縦にふって、部屋を出ようと行きかけた。 「一本位、持つわ……」 振り向いて、わたしが声をかけた時には、もう、竹はイワンの念動力で、夜の闇の 中に浮いていた。ここから下へ落とそう、とかなんとか言っている。 わたしは、黙って踵を返した。 10 ジョーが、決して小さくはない竹を三本かついで、わたしの前を歩いていく。飾り が隙間もないほどに重なって、それでも、紙擦れの音をたてようと足掻くかのよう に、ジョーの歩みにあわせて揺れている。わたしは、紙袋を一つ持って、その後ろに ついていった。紙袋の中には、作りすぎて竹に飾れなかった折り紙が入っていた。 外は、星明りの下、細波の音が絶え間なく響き、アルコールに火照った体を心地よ く包んでくれる。 岩場を通り過ぎて砂浜に降りると、急に足の力が抜けてしまった。もう目の前に、 薪の山が見えるというのに。わたしはそのまま、砂の上に坐りこんでしまう。 そんな気配に気がついたのだろう、ジョーが後ろを振り返った。 「フランソワーズ」 ジョーが、足元に竹をおいて、戻ってきてくれた。ほんの数メートルの距離なの に、ジョーがわたしのもとに来るのが、ひどく遅い。 「大丈夫かい。転んだの?」 わたしは、黙って首を振った。 「立てる?」 ジョーが差し出してくれた手につかまって、立とうとした。けれど、足に力が入ら ない。どうしたのかしら。 「酔いがまわってきちゃったのかな」 「そんな事」 わたしは、否定の言葉を呑み込んだ。 ないとは、言えない。 ワインならば悪酔いする事はないけれど、今日は、ビールも焼酎も日本酒もウォッ カも飲んだ。コップに一杯ずつ。なんとなく、酔いつぶれちゃってもいいかな、と 思ってた。でも、あの人数と大騒ぎの中、これだけのお酒でつぶれる筈もないわね。 甘かったわ。 屈んでわたしの顔を覗き込んでいたジョーが、腕を動かしたのがわかった。わたし の頭がジョーの胸にぶつかり、そのまま押しつけられたように感じる。次に、わたし の体が仰向けになって、宙に浮いたように思えた。くるりと、星空が反転して、軽い 振動が伝わってくる。 漸く、わたしはジョーに抱き上げられている事に気がついた。 顔が熱い。 どんな言葉を言ったらいいのか、わからなくて、そのままじっとしていた。 へんね。抱かれたことは、何度もあったでしょうに。今日に限って。 今日? 今日は、なんの日だったかしら? 今日は。 そう。七夕。星祭りの夜。 わたしの想いが、届かない日。 だって、ジョー。あなたは、短冊を飾ってくれなかったでしょう? わたしは、あなたに、短冊を飾ってほしかったの。願い事を書いてほしかったの。 それをわたしに見せてほしかった。わたしにあなたの願い事を、叶えさせてほしかっ た。そうすれば、わたしは、もっともっとあなたの側近くにいられるのに。 この日だけは、わたしの想いが届かない。あなたは、何処にいるの。何を見ている の。どうして、わたしを見てくれないの。 いつの間にか、わたしは、ジョーにしがみついていた。 七夕飾り(五)
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