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7 あるだけの折り紙をすべて使って、短冊を作った。買ってきた折り紙は、百枚入り だった。 糸だって、丁寧に通した。一本一本長さを揃えて、結び方にも気をつかって。 随分時間をかけたつもりだけど、作り終わっても、わたしは自室からリビングへ行 く気がしなかった。ベッドの端に腰掛けて、窓の外を眺めていた。 外はまだ明るい。窓から見える空の端が、青緑の薄い光を放って夕刻の訪れを告げ ている。その色は、やがて暗さを増して、逢魔が刻を連れてくるだろう。 わたしは、溜め息をついた。 今年は、みんなで七夕を。 楽しみにしていたのは、本当。反面、ちょっと心配だったのも事実。 ジョーは、毎年、短冊をつるさない。 ジョーは、毎年、飾りを燃やす。 今年は、大勢で海岸へ繰り出すことが決まってしまった。 ジョーは、どうするかしら。 わたしは、どうしたらいい? ノックの音で、我に返った。グレートの声がする。 「フランソワーズ、お迎えに参りましたぞ」 気取った声色が可笑しかった。わたしは、立ち上がって、部屋のドアを開ける。 「お帰りなさい。気がつかなくて、ごめんなさいね」 「いやいや。短冊を作っていたんだろう。毎年、厄介をかけてすまんね」 「そんな事ないわ。いつもわたしから言いだしてることなんだから」 自分の言葉に、気持ちが沈んでいくのがわかった。何故かはわからない。 「フランソワーズ」 グレートが、わたしの眼の前に、白い紙を差し出した。 思わず受け取ってしまってから、改めてグレートの顔を見る。 「何も書いていないけど」 グレートは、ニヤリと笑った。 「今宵は、ジェットの作るくじには、お気をつけ召され。必ず、最初にひいた者に当 たるようになっているから」 「え?」 「フランソワーズを呼んでくる役目も、ジェットのくじで決めたんだ。ジョーが最初 にひこうとしたのを、無理やり我が輩にひかせて、それで、我が輩が当たったという わけだ。おわかりかな」 「つまり」 わたしは、やっとグレートの言葉の意味に気がついた。 「最初にひかない方がいい、ということね」 グレートは、満足そうに頷いた。 「もちろん、フランソワーズが望んでいることだったら、バシバシひいてくれ。邪魔 はしないよ」 わたしは、可笑しくて、笑いだしてしまった。昼間、ジョーはジェットに言われ て、最初にくじをひいたに違いないわ。それで、工作の後片付けなんてやらされた。 きっと、ジェットは、「白い紙が当たりくじだ」なんて言ったんだろうな。くじは全 部白い紙でできていて。最初の一人にしか、くじをひかせていない筈。 「いじわるね、ジェットったら」 わたしが言うと、 「いやいや、あれでなかなか、よく気がつくやつだよ」 グレートも、笑っている。 「さて、そろそろ皆のところへ参りませんか」 「あ、そうね。短冊もできたし」 わたしは、部屋の奥に戻って、作ったばかりの短冊を手にして、自室を後にした。 リビングに戻ると、天上から下がっていた飾りは、きれいに取り外されていた。少 しジェットがしょんぼりしているようだけど、気にしない。 「みんな、お待たせ。短冊を作ってきたわ。沢山あるから、一人で何枚使ってもいい わよ」 わたしは、テーブルの上に、百枚の短冊を置いた。すかさず、ジョーが色鉛筆を 持ってきてくれる。 「誰が短冊に書くか、くじで決めようぜ、な」 そう言って、ジェットは紙を用意しはじめた。 「よう、フランソワーズ」 ハインリヒが、キッチンから顔を出した。 「もし、手がすいてたら、料理の方を頼めないか。張大人から、メモも渡されたんだ が、どうもよくわからん」 「ええ、いいわよ」 わたしがキッチンに向かうと、ジョーの声が聞こえた。 「自分で書けばいいじゃないか。鉛筆もあるし」 ジェットの反論する声も聞こえてくる。 「日本語の方が、いいんだろう。ほら、ジョー、お前からひけ」 ハインリヒの肩が震えだしたのがわかった。 そして、くじに当たったであろう、ジョーの声が響いてくる。 「あー?またあ」 ジョーったら、わかっていないのね。 8 日が暮れて、残照が空を焦がし終えた頃、張大人が帰ってきた。彼は、さっそく キッチンへやって来て、料理の仕上げに掛かった。 交代に来てくれたグレートに後を任せて、わたしとハインリヒがリビングに戻って みると、ジョーがジェットの前で口述筆記の真っ最中だった。短冊が彼の前にいくつ も並んでいる。その後ろで、ピュンマ、ジェロニモ、イワン、そしてギルモア博士ま でが、それぞれ短冊を握りしめて立っていた。 (フランソワーズ、ぼくの願い事、書いて) イワンが真っ先に、わたしのところへやって来た。 (フランソワーズの分の短冊も、ぼくが取っておいたよ) そう言うと、わたしに二枚の短冊を差し出す。 「……ありがとう、イワン」 返事をしてから、ハインリヒの方を見ると、彼は肩をすくめてみせた。それから、 ジェットの方へ歩いていく。 「おい、俺の短冊はあるんだろうな。まさか、お前一人で、十も二十も願い事を書く わけじゃあるまい?」 ハインリヒに答えたのはジョーだった。 「もう、二十枚は書いたよ。今年は、沢山あるんだってさ」 「……ジョー、お前、それ全部書いてやってんのか」 「そう」 「律儀なやつ」 「ありがとう」 ハインリヒは頭を掻いている。他のみんなも、苦渋の顔をしている。笑いたくても 笑えない。そんな苦しさを現しているようで、わたしも口許を押さえた。 「もちろん、ハインリヒの分は取ってあるさ。ほら」 ソファーにどっかと腰掛けている、ジェットが、ハインリヒに短冊を差し出した。 「一枚だけか」 「張大人は後で自分で書くってよ。グレートは、張大人に書いてもらうそうだ」 「ふん」 面白くなさそうな顔で、ハインリヒはピュンマとジェロニモの後ろに立った。 「ハインリヒ、あなた自分で書かないの?」 わたしは、気になって聞いた。 「ジョーがくじで当たったんだろう。それに従うさ」 「だったら、わたしが書いてあげる。その方が早いわ。みんなの分も」 そう言っても、みんな首を振るばかりで、誰も短冊を持ってこない。 (フランソワーズ。早く、ぼくの願い事を書いてよ) イワンにせっつかれて、仕方なく色鉛筆を一本と、ソファーの上の一番大きなクッ ションを持って、部屋の隅に腰をおろした。 用意ができたところで、イワンを見ると、こころなしか難しい顔をしている。 「イワン、いいわよ。なんて書きましょうか」 (うん、あのね、『ありがとう』って書いてくれる?) わたしは、その言葉を聞いて、目を見張った。 去年までのイワンの願い事は、毎年決まっていた。 『はやくみつかるように』 その一言だけを書いて、竹の一番上に、自分で短冊をつるしていたのだった。 「探し物が、見つかったの?」 わたしが尋ねると、 (ぼくのじゃないんだ。でも、もうすぐ見つかる筈だから、先にお礼を書いておくん だ) 「それじゃ、あなたのお願い事じゃないんじゃないの」 (そんなことない。ぼくがそうなったらいいなって思っていることだから) そこまで言われたら、書かないわけにはいかない。わたしは、イワンの分の短冊を 書いて、彼に手渡した。 (ありがとう、フランソワーズ。君の願いもきっと叶うよ) おしゃまな事を言って、イワンはベランダへ行ってしまった。 イワンに言われて、考えた。 願い事。 星への願い。それは、現実では叶わないことへの、望み。儚い夢のように、でも確 かに、わたしの心の中にある。 一言、言えば済む事かもしれない。それは、なんでもない事のように過ぎていくだ ろう、ほんの短い時間の筈。 それなのに、わたしは恐れている。わたしの願いは、叶わないと思っている。 理由はわかっているつもり。 ジョーは、ひとりで海を見るのが好き。わたしが側にいても、やっぱりひとり海を 見ている。 だから。 わたしの願いは叶わない。 七夕飾り(四)
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