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七夕飾り (二)

 


  3


 ギルモア博士の家で暮らしはじめて、数年たった頃だった。
 その年も、七月に入るとみんなが揃った。誰が言いだしたのか忘れてしまったけれ
ど、七夕の話が出た。ジョーが折り紙や色画用紙を買ってきてくれて、張大人が竹を
一本調達してきてくれた。
 飾りは、ジョーとわたしの二人で作った。他のみんなは、部屋の飾り付けや、料理
やお酒の吟味に忙しくて。竹が、リビングにあるということ以外、いつものパーティ
の準備と、大して違わなかったわ。
  短冊は、色画用紙を細長く切って作った。わたしは、一人一色の色を決めて、各々
に手渡した。
  ギルモア博士は、橙色。
 イワンは、黄色。
 ジェットは、朱色。
 ハインリヒは、黄緑色。
 ジェロニモは、水色。
 張々湖は、藤色。
 グレートは、薄茶色。
 ピュンマは、青色。
 そして、ジョーは、白色。
 次の日の夕方までに、願い事を一つ書いて、竹につり下げるように。そう言い添え
た。
 翌日は、とても静かにはじまった。どうやら、願い事を一つ、というのが難しかっ
たみたい。リビングのソファーで、頭を抱えている者、数名。ベランダでぼんやり海
を眺めている者、庭をやたらと歩き回る者、キッチンで溜め息をつく者。
 ギルモア博士は、さすがに一晩で願い事を決めていた。その日、一番に短冊をつる
すと、ジョーを助手にして研究室に入ってしまった。
 イワンは、昼前にわたしの所へやって来て、短冊への代筆を頼んできた。「はやく
みつかるように」それが、イワンの願い事だった。
「どういうこと」
 わたしが尋ねても、イワンは、答えてくれなかった。ただ、黙って短冊を受け取る
と、竹の一番高い所につり下げた。
 昼を過ぎると、一人二人と短冊をつるしはじめた。俄に活気が出てきて、夕日が空
と海を赤く染める頃には、ギルモア博士をはじめ、みんなが揃って竹飾りを囲んでい
た。暫くそれぞれが書いた短冊を読み合って、談笑していた。
 ピュンマは、願い事の説明に熱弁をふるった。
 グレートは、如何にもそれらしく、シェークスピアの台詞をもって、みんなの質問
に応えていた。
 張々湖は、あっさりと追求を退けた。誰も、その日の料理人の、機嫌を損ねること
はしなかった。
 ジェロニモの願い事には、誰もが感嘆の声を上げた。きっと、彼以外の人には、実
行不可能と思ったからだと思う。
 ハインリヒは、見事な対応で、激しい突っ込みをかわし続けた。
 ジェットは、聞きもしないのに、詳細説明をはじめていた。
 イワンは、ギルモア博士の腕の中で、可愛らしい笑い声をたてていた。
 そして、ジョーは、短冊を飾らなかった。誰も、その事を言いだす者は無く。
  夕食がすんで、ベランダに竹飾りを移すと、いつものように宴会がはじまった。窓
を開け放して、ベランダとリビングを行ったり来たりしているうちに、わたしとジ
ョーをのぞく全員が、ベランダに出て、星を眺めはじめた。
 わたしが、空いた皿を片づけてリビングへ入っていった時、ジョーは、ちょうどわ
たしに背を向けた恰好で、窓辺に立っていた。後ろにまわされた手には、汚れ一つな
い短冊があり、それは、目の前にいる仲間に気づかれることなく、握り潰された。
 悲鳴が。
 聞こえた。
 そんな気がした。


    4


 街へ入って間もなく、元気の良い子供たちの声が聞こえてきた。わたしは、車道の
端に車を停め、声のする方へ歩いて行く。
 角を一つ曲がった所に、保育園がある。門の外から園庭が見渡せ、その奥に二階建
ての園舎が建っていた。園庭には、園児たちが、手に手に色紙で作った飾りを持っ
て、集まっている。子供たちが取り囲んで大騒ぎしているのは、三本の竹。みんな、
その竹に飾りをつけようと順番を待っている様子。この日は、毎年こうなのよね。
 園舎の方から、ひとり、年配の女性が歩いてきた。子供たちに声をかけながら、こ
ちらにやって来る。そして、わたしにも声をかけてくれた。
「こんにちわ」
「こんにちわ、園長さん」
  彼女とは、ここ数年来の知り合いだった。ごくたまに、というより、この七夕の時
期にしか、わたしはこの門の前に立った事がない。それでも、彼女はわたしの事を覚
えていてくれて、こうして今日も声をかけてくれたのだ。
「今年も、お会いしましたね」
「……はい」
「今日はお一人?」
「ええ。これから、買い物に行くところなんです」
「そうなの。確か、ご兄弟が多いっておしゃってましたか」
「はい」
 彼女には、わたしたちの事を、祖父の家で、兄弟従兄弟の総勢十人で暮らしてい
る、と教えてある。それぞれ仕事があるから、いつも家にいるのはその半数以下、と
いうことにして。
「今日は、全員が帰ってきてるんです。それで、みんなが七夕の笹飾りを作ってくれ
たのはいいんですけど、今度は、折り紙が足りなくなってしまって」
 彼女は、笑った。
「楽しいんですよねえ。私もつい夢中になってしまうんですよ」
 わたしも、頷いた。
「あの、竹の飾りは、やっぱり今年も?」
「燃やしますよ。週が明けたら、みんなで。毎年の事ですし、子供たちも私どもも楽
しみにしているんです。天に、願い事を届ける、大切な行事ですからね。勿論、火の
扱いには充分注意しますし、ここの園庭で、ご近所にも声をかけて、笹飾りを集めて
燃やします。よかったら、あなたのお家の笹も持っていらっしゃい」
「ありがとう。でも、家で同じようにやりたがっている人がいるから」
 最初に笹飾りを燃やす、と聞いてびっくりした事を思い出した。あの時は、ジョー
も一緒にここに来ていて、彼もわたしと同じように驚いていた。
 ジョーの話では、笹飾りは川に流すものだそうだけど。
「この街には川がありませんし、例えあったとしても、今の時代、川に笹を流すこと
なんかできませんよ。かわりに燃やして、願い事が煙と一緒に天へ昇っていくように
と、やりはじめたんです。私の父の代からやっていますよ。でも、あまり一般的じゃ
ないでしょうね」
 そんな風に、説明をしてもらった。
 そして、その年の七夕の飾りを、わたしたちも燃やすことにしたの。
「今から?」
 夕食後に頼んだとき、ジョーは随分びっくりしたような顔をした。
「お願い。片付けを先に済ませたいの。終わったら、行くから」
「ああ……」
 腑に落ちない、という表情を見せて、それでもジョーは、ライターと火付け用の新
聞紙とを用意してくれた。それから、暖炉用の薪が残っていたのを、先に海岸へ運ん
でおいて、竹をベランダの柵から外すと、わたしの様子を窺っていた。
「先に行っててね」
 わたしが声をかけると、ジョーは頷いて外へ出ていった。



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(C)飛鳥 2002.11.29

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