パロディもくじ / / / / / /



七夕飾り (一)

 


「フランソワーズ」
  愛しい人が、わたしを呼んでいる。砂浜の向こう、波の音のする場所で。
  でも、だめよ、ジョー。
  わたしは知っているの。
  今日は、七夕。星の中、恋人たちが永遠の愛を語る夜。
  けれど、この日は、この日だけは、わたしの想いが届かない日。
  そう、わたしは、知っている。


    1


  毎年、日本が梅雨に入ると、決まってジョーは、張々湖の店に行く。張々湖飯店で
は、その頃になると、七夕の竹飾りを店に飾り始める。ジョーは、竹を一本わけて貰
えるよう、頼みにいって、いつも手ぶらで帰ってくる。
「今年も駄目だった」
  なんて、とても残念そうな顔をして。わたしもギルモア博士も、それでいつも笑っ
てしまう。
  数日して、張大人自らがトラックを運転して、大きな竹を届けてくれる。それを見
て、ジョーは悔しそうに言うの。
「僕の車に入る、小さな笹でいいって言うのに。今日は、張大人がフランソワーズの
笑顔を独占じゃないか」
  毎年、そんな事を言って膨れているジョー。毎年、それを聞いて、大笑いする張大
人。毎年、それを見るのが楽しみな、わたしとギルモア博士。イワンは、この時大抵
眠ってる。
  毎年、毎年、こうやって、わたしたちは七夕を迎える準備をはじめる。
  竹をリビングに入れて、支えをつけて立てかけて、その日が来るまでに、折り紙で
飾りを作る。鎖を作って、提灯を作って、お星様を作って、紙風船を作って、それか
ら、忘れてはいけないのが、折り鶴。必ず、七色の折り鶴を作るって決めているの。
  いつか、イワンが「どうして、七夕に折り鶴を飾るの」って聞いてきた事があっ
た。ジョーも博士も、同じ疑問を持ってたみたい。一斉にわたしの事を振り返った。
  わたしは、それに気づいても知らんふり。だって、ジョーに最初に教えてもらった
折り紙が、折り鶴だから……なんて、みんなの前で言えないわ。
  そして、最後に短冊を作る。折り紙を半分に折ったものに白い糸を通しておく。そ
れを二十も三十も作って、電話の横に置いておく。日本にいない仲間の願い事を書き
留めるため、もちろん色鉛筆も忘れない。
  そして、七月になったら、国際電話をかける。ジェットにはじまって、ハインリ
ヒ、ジェロニモ、グレート、ピュンマ。それぞれの願い事を、色を選んでもらった短
冊に、わたしが決めた色鉛筆で、書いていく。毎年の事だから、みんなちゃんと考え
ていてくれて、電話は一人一回で済むことが多いのだけど、願い事は、一人一個とは
いかないみたい。ジェットなんか、毎年十個以上も言い募るものだから、ジョーに手
伝ってもらわなきゃならない。わたし、日本語、そんなに素早く書けないのよ。
  でも、今年は、電話の出番はなかった。
  何故なら、わたしたちの懐かしい仲間たちは、梅雨に入る頃からそれぞれ連絡を寄
越して、七月にはみんながギルモア邸に集まることがわかったから。今年は、みんな
で七夕ができる。心なしか、ジョーがちょっとおかんむりだった。


    2


「絶対、こうなると思ったんだ」
  ジョーが、大袈裟に溜め息をついている。
  午前中、ギルモア博士の手伝いで研究室に籠もっていた、わたしは、リビングの有
り様を見てびっくりした。床の上には、折り紙や画用紙の切り屑、のり、はさみ、セ
ロハンテープ等が転がっていた。そして、ベランダには、朝までは一本だった竹が増
えて、三本立っている。それらはどれも、色とりどりの飾りをぶら下げていて、重た
そうに撓っている。
 その前には、大人が三人、赤ん坊が一人いて、まだまだ手に沢山の飾りを持ってい
た。
「あなたたち、まだ飾るつもり?」
 わたしは、半ば呆れて言った。彼らは、七夕の今日、朝から、工作に勤しんでいた
様子。
「おう、こんなに沢山作ったからな」
 ジェットが振り向きもせずに言う。
「つい夢中になっちゃって」
 長い鎖を腕に巻き付けて、ピュンマが笑う。
「もう一本、竹をもらってくるか」
 ジェロニモが、にこにこして言えば、イワンが、
(あと、二本は必要だよ)
 と、竹の回りを飛び交いながら応えている。
 軽く頭を振ってから、ジョーを振り返ると、彼は、一枚の白い紙をわたしに見せな
がら言った。
「後片付けのくじに、当たったんだ」
 ジョーまで、何やってるの。
「そういえば、ハインリヒとグレートは,どこにいるの」
 わたしがリビングに来たとき、彼ら二人はいなかった。
「張大人から、電話があったんだよ。料理の下ごしらえができたから、取りに来てく
れって。先刻、出掛けていった」
「そう。たいへんね」
 お店の方で団体の予約が入っていたので、張大人は、夕方ギルモア邸へ来て料理を
作ってくれることになっている。
 それまでに、飾りつけを済ませて、部屋の掃除をしなくちゃならないわ。こんなに
折り紙を切り刻んでる。無駄にしちゃ駄目って言っておいたのに。
 そこで、はたと気がついた。
「ねえ、折り紙、残っている?」
 わたしが、ベランダに向かって呼びかけると、ジェットがこちらに顔を向けて答え
てくれた。
「もう無いぜ。全部つかっちまった」
「そんな」
「な、なんだよ。悪かったか」
「……まだ、短冊作ってないのよ」
 わたしが言うと、ジェットは、しまった、というような表情をした。
 今年はみんなが来るから、その準備のために、ゆっくり飾りを作ることができな
かった。各人の部屋の埃を除いて、リネン類を新しいものに取り替えて、食事のメ
ニューを考えて、食材を買ってきて。それから、ギルモア博士の研究の手伝いも、
ジョーとイワンと交代で、いつも通りこなした。そんな事をしていて日が過ぎてし
まったから、折り鶴しか、できていなかった。
 最初に到着したジェットが見兼ねて、飾り付けをしてくれると言ってくれたんだけ
ど、わたしが折り紙で作るのだと説明したら、とても困った顔をした。彼は、折り紙
が、苦手なので。
 それで、ピュンマとジェロニモが到着した日から、彼らを助っ人として、飾り付け
の相談と準備をはじめていた。もちろん、それにはジョーも加わっていた。
  わたしは、わたしで、家事をこなす事に精一杯で、うっかりしていたのだ。大事な
短冊の折り紙を用意することを。
 それで、折り紙を買いに、街まで出かける事にした。
 ジョーは、一緒に行こうと言ってくれたけれど、「部屋の方の片付けをお願い」と
断った。
  わたしは、車庫までついてきてくれたジョーの顔が、淋しげに映るのを見てみぬふ
りして、アクセルを踏み込んだ。
 暫く海沿いの道を走る。波の音が聞こえる中を、わたしの車だけが風を従えて走っ
ていく。
 一人だけ。
 その言葉が、今日のわたしには、辛い響きを持って聞こえてくる。
 今年は。今年こそは。
 そんな想いを、毎年抱いて、わたしは短冊を作っていた。
 今年こそ。あなたは、短冊を飾ってくれるかしら。



                              七夕飾り(一)  



(C)飛鳥 2002.11.29

パロディもくじ / / / / / /