「ま、魔物だあ」 ジェットは、驚いて尻餅をつきました。ジョーは、そんなジェットの前に立ちはだ かり、暗闇の奥を睨みました。 「出てこい、魔物め」 「やめろ。呼ぶんじゃない」 ジェットが慌てて ジョーを止めます。 「でも、ジェット。捕まえれば、魔王のこととか、お兄さんのこと、わかるかもしれ ないよ」 「だからって、魔物はだめだ。信用できない」 そんなジェットの言葉に、返ってくる声がありました。 「姿は岩にされても、心まで魔物になったわけじゃない」 「そうアル。命令に逆らえば、ひどい目にあわされる。仕方なしアルヨ」 「その声は……グレート、張大人」 ジェットが名前を呼ぶと、暗闇から二つの岩が覗きました。 「ジェット、知ってるの?」 「ああ、ジョー。彼らは、俺の村の人だ。やっぱり魔王にさらわれたんだ」 「よう、ジェット。お前さん、よく、ここまで無事にやって来たなあ」 岩の一つが、震えながら言いました。 「あんた、グレートなんだな」 「ああ、そうだ。ここで、ジェロニモの見張りをしているんだ」 「見張りって。あんた、本当に、魔王の手下になっちまったのかよ」 「仕方ないさ。魔王を目の前にして、他にどうしろと言うんだよ」 「嫌だって、言えばいいじゃないか」 ジョーが言いました。 「魔王にひどい目に合わされるって言ったけど、一体何をされるって言うの」 「え?」 ジェットとグレートの声が、重なりました。 「何をされるって……い、岩にされちまったじゃないか」 グレートと呼ばれた岩が、返事をしました。 「それは、手下になったから、だろう」 ジョーが言い返します。ジェットは、それもそうだ、と頷きました。 「あなたたち、魔王とかいう奴に、逆らったこと、あるのかい」 ジョーがそう言うと、 「ないアル」 「俺もない、ぞ」 と、二つの岩が、同時に返事をしました。 「じゃ、逆らったらどうなるか、なんて、わからないじゃないか」 「で、でも、何かされたら」 「それじゃ、駄目だよ。やってみたら、勝てるかもしれないだろう」 「……おい、ジェット、こいつ、何者だ」 ジェットは、とうとう笑い出しました。 「ジョー、お前って、凄い奴だなあ。俺の兄貴の次の次に、強い奴だ」 「次の次?」 「おう、兄貴の次に強い奴は、勿論俺だ」 「そういえば、ジェットのお兄さんは……」 「あ、そうだ」 ジョーとジェットは、大きな岩を見上げました。 「きっと、ジェットのお兄さんだよ」 「ああ。でも、どうすれば」 「ジェロニモは、魔王の手下になっていない。だから、光をあてて名前を呼んでみろ。 そうすれば、魔法は解ける」 「グレート?」 ジェットが、驚いて振り向きました。 「言っただろう。心まで魔物になっちゃいないって」 「ありがとう」 ジェットは、早速、ランプを掲げて、兄の名を呼びました。すると、岩は、左右に 振れだし、その揺れが大きくなったかと思うと、真ん中から二つに割れました。そし て、現れたのは、まるで岩のように大きく背の高い男でした。 「ジェット」 「兄貴」 兄弟は、小さなランプの明かりの中で、互いを呼び、その手を固く握りしめました。 ジョーは、その光景を、まるで遠い世界のことのように、見つめていました。 「たいへん。もう、蕾がついている」 その時、蜜蜂のピュンマが、ジョーの腕の中を覗き込んで、叫びました。帽子の中 の草は、いつの間にか、薄い緑色の蕾をひとつ、つけています。 「おねがいです。どうか、いそいで。いそいでください。森の中で咲いてしまったら、 直ぐに枯れてしまいます」 「大変だ。ジェット」 「ああ、急ごう。兄貴、この蜜蜂が、兄貴を探してくれたんだ。その代わりに、俺た ち、この花を森の外へ運ばなくちゃならない。約束したんだ」 「うむ。では、行こう」 ジェロニモも頷きました。 「案内するネ。花園は、あっちアル」 岩の一つが、跳ねながら言いました。 「張大人、ありがとう」 「急ぐヨロシ」 三人と、蜜蜂一匹は、二つの岩の後について、走りました。 何本もの大木の下を潜り抜けると、次第に辺りが薄明るくなりました。木立の向こ うに、白い光が差し込んでいるのがみえた、その時です。 大きな、声が、響きました。 「何処へ、行く」 二つの岩は、その声を聞くと、ピタリと動かなくなりました。 「魔王だ!」 ジェットが叫びました。 三人の目の前に、黒装束にマントを羽織った人物が、立ちはだかりました。ジョー は、その顔を見て、息を呑みました。頭髪はなく、目と鼻は闇色に落窪んだ、骸骨の 顔だったのです。 ジェロニモが叫びました。 「魔王スカ−ル、お前の思い通りには、ならん」 「愚かな人間だ。我に従えば、痛い目にあわずに済むものを」 「ジェット、ランプを投げつけろ」 ジェロニモの言葉に、ジェットは素早く応えました。しかし、魔王は、ランプを片 手で払いのけてしまいました。そこへ、ジェロニモが突進し、魔王を突き飛ばします。 魔王の体はグラリと後ろへ倒れました。魔王の後ろには、いつの間にか、岩が二つ潜 り込んでいて、魔王はその上へと倒れ、腰と頭を強か打ちつけたのでした。 「ウオオー?イタイゾオ?」 可笑しな悲鳴をあげて、魔王は、ひっくり返っていました。その隙に、ジェットは ジョーの腕を掴んで、走りだしました。 「ぼーとするな。走れ」 ジョーとジェットは、木立の向こうに見える、白い光を目指して走りました。 ジョーがチラと後ろを見やると、ジェロニモが魔王の両足首を掴んで、振り回してい ました。 「ジョー、はやく、はやく」 蜜蜂のピュンマも追いついてきて、ジョーを急かしました。ジョーは、帽子の中の 土が、揺れて零れないように気にしながら走っていたので、どうしても、ジェットよ り遅れがちでした。それでも、出来る限りの速さで、森の中を駆け抜けました。森の 中が次第に明るくなると、不思議とジョーの体も軽くなり、前よりもさらに速く走れ るのでした。いつの間にか、ジェットは後ろに置いていかれ、ジョーは、ピュンマと 一緒に、森を抜けて、白い光の満ちた花園への坂道を、登っていました。 「ああ、もう月がのぼっている」 ピュンマの声に、ジョーは、空を見上げました。空は、白く霞んだ色をしていて、 東の方角に、青白い月が浮かんで見えました。 「ジョー、もうすこしで、花園です。あの、丘のむこうです。花園の中央に、その花 をうえてください」 ジョーは、手の中の花を見ました。蕾は膨らんで、黄味を帯びた白い花びらを覗か せています。 「急がなきゃ」 ジョーは、更に速くと、足を動かしました。すると、何処からか、小さな声が聞こ えました。 (キャー。外は、風が強いのね) 「え?誰」 思わず、ジョーは、立ち止まりました。首を動かして回りを見ますが、誰もいませ ん。そんなジョーに、蜜蜂のピュンマが、ブーンと羽音を高くして近づいてきました。 「ほらあ、いそいでくださいってば」 「あ、ごめん」 ジョーは、再び走りだしました。今度は、片方の手のひらで、蕾を庇うように隠し ながら走りました。そして、丘を越えて花園に入ると、ピュンマの示す場所へ、急い で花を植えました。 「これで、いい?」 ジョーは、頭上を飛び交う蜜蜂に、声をかけました。 「ありがとうございます。あとは、太陽がのぼるのをまつだけです」 その時、丘の上から、ジェットの声が聞こえました。 「おおい、ジョー、俺を置いていくなあー」 ジョーが振り仰ぐと、ジェットが肩で息をしながら、丘を下って、こちらに走って くるのが見えました。 「ごめん、ジェット」 ジョーも走っていって、ジェットを迎えました。 「見て、ジェット。ちゃんと花は植えたよ」 「ああ。よかったな。後は、太陽が昇ってくれれば」 「太陽です。お二人とも、ごらんなさい。日がのぼりますよ」 蜜蜂の羽音が、高くなりました。ジョーとジェットの頭の上を飛び回り、頻りに空 を見るよう、二人を促します。ジョーは、東の空を見ました。霞んだ空の色が茜色に なったかと思うと、輝かしい光を放ちながら、太陽の輪郭が見えはじめました。それ は、徐々に丸みを帯びて浮かび上がり、地平から離れたところで、その輝きを四方に 放って、空の色を青く変えていくのでした。 童話 太陽の花(三) |