「そこ、ふまないでください。とまって」 ピュンマが叫びました。ジョーは、「えっ」と言って止まりましたが、ジェットは、 かまわず進んでしまいます。その歩みの先には、一所下草が途切れた所があり、その 真ん中にスラリと葉を伸ばした草が一本生えていました。 「ジェット、待って」 ジョーは、ジェットがその草を踏む前に、彼を止めました。 「ピュンマ、もしかして」 ジョーは、ピュンマと草とを交互に見て、言いました。 「『わたしたち』って、この草のこと?」 「はい、どうか闇の森の外へ、はこんでください。わたしでは、もう、はこべないの です」 「確かに、君じゃ、無理だよね」 草は、土にしっかりと根付いています。 「この草は、『太陽の花』といって、わたしたち蜜蜂や花園の花にとって、とてもた いせつな花なのです。月と太陽がどうじに空にあがる、光の朝にしか咲かないのです。 光の朝は、あしたです。どうか夜が明ける前に、この草を闇の森のそとへ、はこんで ください」 ピュンマは、二人に頼みました。 「『太陽の花』のことは、聞いたことがある」 ジェットが言いました。 「その『太陽の花』が、どうして闇の森にあるんだ」 「魔王にさらわれたのです。『太陽の花』は、一晩で、種からそだちます。種のうち に、魔王にさらわれたのです」 「で、お前は、その種を奪い返した」 「そうです。魔王の隠れ家から、ここまで、はこんできたんですが、とうとう芽吹い てしまって、しかたなく、ここへ。そうしたら、あなた方のランプの光がみえまし た」 「そうだったのか」 ジョーは、ピュンマとジェットの話を、黙って聞いていました。何もかも、初めて 聞く話なのに、心の何処かしらで、懐かしい気持ちが沸き起こるのを感じていました。 「それじゃ、どうやって運ぼうか」 ジェットが思案していました。ジョーは、ジェットの頭に目をやりました。 「ジェット、君が被っている帽子に、回りの土ごと入れて運んだら、どうかな」 「それがいいです。そうしてください」 ピュンマも賛成しました。 「そうだな、そうしよう」 ジェットは、帽子を脱ぐと、早速、草の回りの土を掘りはじめました。もちろん、 ジョーも手伝いました。草を移し替えると、帽子は、ジョーが持ちました。ジェット は、ランプを持っていましたので。 「それでは、草の妖精たちに、ジェットのお兄様のことをきいてみましょう」 ピュンマが言いました。 「ジェット、ランプを草にちかづけてください」 「わかった」 ジェットが屈んで、ランプの明かりで草を照らしました。すると、風も無いのに、 草がサワサワと揺れました。ピュンマはその草の上を、しばらく飛んでいました。 「わかりました」 ピュンマが、ジェットに向かって言いました。 「彼は、いま、魔法で石にされています。魔王の配下になれ、という命令をこばんだ からです」 「あったりめーだ。俺の兄貴は、強いんだからな」 「彼は、この近くにいます。こっちです。いきましょう」 ピュンマが、先に飛んで行きました。ジェットとジョーが、その後に続きました。 「あの、聞きたいと思っていたんだけど」 ジョーは遠慮しながらも、尋ねてみました。 「魔王とか、闇の森とかって言ってるけど、それは、一体何なの」 この言葉に、ピュンマは地面に落ちそうになるほど、驚きました。 「あなた、魔王を知らないのですか」 「うん、知らない。教えてくれないか」 ジェットも驚きの声を上げました。 「お前、本当に何にも知らないのかあ」 「うん……知っていなくちゃ、いけないこと?」 「いけないって?当たり前だろう。闇の森に住む魔王は、人間と妖精と、その両方を 支配しようとしている、悪い奴なんだ」 「支配して、どうするの」 「闇に替えちまうんだよ」 「闇に替えるって、どういうこと」 「えーと、だから」 ジェットが言葉に詰まると、ピュンマが話を引き継いでくれました。 「この森は、いまでこそ、闇の森、といわていますが、それは、魔王がここにすみつ いたせいです。魔王は、光をきらっています。だから、魔法をかけて、ひるでも太陽 の光がとどかない、くらい森にしてしまったんです。魔王は、ひどくわがままです。 光のあふれる花園をきらっています。それを、つぶそうとしているんです。そして、 闇の世界をもっとひろげようとしているんです」 「俺たちの村は、何度も魔王に襲われている」 ジェットも言いました。 「村の人をさらっていって、魔法をかけて、魔物にしてしまうんだ。そうなったら、 魔王の言いなりだ。俺の兄貴は、そんな魔物と何度も戦って、村を守ってきたんだ。 それなのに、兄貴が魔物にさらわれた時、村の連中は、助けてくれなかった。だから、 俺が、助けに来たんだ」 そう言って、ジェットは、ランプをしっかりと持ち直しました。闇の森の中では、 ランプの明かりが、唯一の武器なのです。 「そうだったんだ」 ジョーは、改めて、ジェットとピュンマを見ました。二人は、それぞれ守るべきも のの為に、危険を犯して闇の森にやって来ていたのです。ジョーは、では自分は一体 何の為にここにいるのだろう、と考えました。なぜ、この森の中で、目覚めたのだろ う、と。 「ジェット、ジョー、みてください。あんなにおおきな岩があります」 ジェットがランプを掲げると、ピュンマの言う通り、ジョーとジェットの二人を合 わせたよりも、もっと大きな岩が、森の木の間に転がっていました。その隣には、も う二つ、こぶりの岩がありました。 「きっと、三つの岩のどれかが、ジェットのお兄様ですよ」 ピュンマが言いました。 「でも、どれだろう」 ジェットが、岩を見比べて言いました。 「光をあてて、ごらんなさい」 「こうか」 ジェットは、言われた通りに、先にこぶりな岩の方にランプを近づけました。する と、岩はモゾモゾと震えだし、次にはすごい勢いで、木の陰の暗闇の中へ逃げていっ たのです。 童話 太陽の花(二) |