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童話 太陽の花   (一)

 

 ある日の午後。ギルモア邸のリビングは、お昼寝タイム。ジョーとジェットが、ソ
ファーの上で、仲良く夢を見ていました。

 それは、こんなお話です。


 闇の中で、音が聞こえました。
 ぶーんと甲高く、途切れることなく続く、音。
 少年は、その不愉快さに目を覚ましました。髪は茶色、そして、瞳は、闇の中でも
光を放つかのように、紅い色をしていました。
 少年は、体を起こすと、闇の中に目をこらしました。闇は、全くの黒ではなく、何
処からか風が吹き込み、仄かな光を運んでくるのでした。少年は、光と風と、耳障り
な音が、壁の向こうからやってくることに気がつきました。立ち上がって、その壁に
手を押し当ててみると、それはするりと開いて、小さな蝋燭が灯る部屋に出ました。
その部屋には、誰もいません。ただ、つい先程、誰かが表へ出ていったらしく、扉が
外に向かって開いていました。
 少年も、扉を潜り抜けて、外へ出ました。この時になって、少年は、自分が見知ら
ぬ家の中で眠っていたことに気づきました。辺りを見回しても、覚えのある場所では
ありません。そこは、暗い森の中の一軒家でした。
 森は、闇に沈んでいます。夜なのです。空は、黒い枝影しか見えず、時折聞こえる
葉擦れの音は、少年の心を不安にさせました。少年は、駆けだしました。森の中に向
かって、走りました。何処かに、自分の知っている場所がある筈。少年は、それだけ
を考えて走りました。
 やみくもに走ったので、少年は、自分がどちらから来たのか、何処へ行けばいいの
か、わからなくなりました。立ち止まり、もう一度、闇色の空を仰いだとき、又して
も耳障りな、ぶーんと鳴る音を聞きました。そして、何処からか草をかき分ける音が、
聞こえました。誰かが、こちらに近づいてきます。少年は、身構えて、その音の主が
現れるのを待ちました。
 草の闇をかき分けて現れたのは、髪は赤茶色で、鼻の高い、一人の少年でした。帽
子をかぶり、手には小さなランプを持っています。彼も、目の前にいきなり現れた、
紅い瞳の少年に驚いたようすです。息を呑んで立ち止まり、ランプを高く掲げました。
「お、お前、闇の魔物か?」
 赤毛の少年は、叫びました。
「違う。僕は、魔物じゃない」
 紅い瞳の少年は、答えました。そう答えながらも、実は彼は、次に「何者か」と尋
ねられたら、何と答えればよいのか、わからないと思うのでした。
 そんな心配を余所に、赤毛の少年は、大きく息を吐き出すと、その場に座り込みま
した。
「なんだ、魔物じゃないのか、それならいいや」
 ランプを地面の上に置き、しかし、決して手をランプから離そうとはしませんでし
た。そして、赤毛の少年は、紅い瞳の少年に声をかけてきました。
「俺は、ジェットというんだ。お前は?」
 聞かれて、紅い瞳の少年は、すぐに思いついた名前を言いました。
「僕は、ジョー」
 口に出すと、その名前が、以前からよく知っている、自分の名前のように感じまし
た。不思議と、心の中が少し温かくなったような感じでした。
「なあ、ジョー」
 ジェットが、話しだしました。
「ここは、森のどの辺りなのか、教えてくれないか」
 ジョーは、この質問に答えることができません。首を振って言いました。
「僕は、目が覚めたら、ここにいた。僕も、森から出たいと思うんだけど、どっちへ
行けばいいのか、わからないんだ」
「それじゃあ、お前も、魔王にさらわれてきたのか」
「魔王?さらわれて?」
「そうだ。俺の兄貴も、魔王にさらわれたんだ。俺は、兄貴を助けにきたんだ」
 ジェットは、胸を張って言いました。それから、ジョーの顔をしっかりと見つめま
した。
「なあ、お前、森の外へ出る道がわからないのなら、俺と来いよ。一緒に兄貴を助け
るんだ。その後で、お前を、森の外に連れていってやるから」
 ジョーは、黙って考えました。悪い話ではないように思いました。ジェットと一緒
にいれば、ランプの明かりがあります。辺りを照らし、そして、恐怖に凍えそうにな
る自分の心を温めてくれるでしょう。
「うん。わかった。一緒に行こう。でも、君、先刻、ここは何処だか教えてくれって
言ったよね。君も、帰り道がわからないんじゃないのかい」
「だ、大丈夫だよ。兄貴が見つかれば。兄貴が知ってる筈だ」
 ジェットが、勢いよく立ち上がりました。ランプを手に提げていましたが、その明
かりは、横を向いたジェットの表情までは、はっきりと照らしてはくれませんでした。
  そのとき、三度、ジョーは、甲高い耳障りな音を聞きました。
「なんだよ、この、ぶーん、て音は」
 ジェットが訝しげに言いました。音は、どんどん大きくなります。ジョーとジェッ
トは、お互いに寄り添い、背を向け合って立ちました。何処から音が響いてくるのか
聞き分けようと、二人は息を凝らしてじっとしていました。そして、音の主が自分た
ちのすぐ近くまで来た、と思ったとき、ジェットがランプを高く掲げました。小さな
明かりでしたが、それは、音の主を確かに捉えました。主は、小さな蜜蜂でした。
「わあ、まぶしい」
 蜜蜂は、悲鳴を上げました。ランプの明かりで目が眩んで、ジョーとジェットの回
りを、やみくもに飛び回ります。二人は、蜜蜂に衝突されては大変と、身を屈めまし
た。
「おねがい、ランプをこちらに向けないで」
 蜜蜂が言いました。
「お前は、魔王の手下か」
 ジェットが、大声で問いただします。
「ちがいます。わたしは、蜜蜂の騎士です。魔王の手下なんかじゃ、ありません」
 蜜蜂が泣きそうな声で返事をすると、やっとジェットはランプを下に下ろしました。
「ああ、たすかった。ありがとう」
「悪かったよ。びっくりしたもんだから」
 ジェットが謝ると、蜜蜂は、ジョーとジェットの目線にあわせて、羽を動かしまし
た。
「いいんですよ。ここは、闇の魔王の森。わたしも、あなたたちを見かけたときは、
魔物かとおもって、かくれたんです。でも、すぐに違うとわかりました。だって、闇
の魔物は、光をきらいますから」
 ジョーは、蜜蜂を、よく見てみました。小さな体で、羽を精一杯動かして、飛んで
います。思わず、ジョーは指を蜜蜂の目の前に、差し出しました。
「ここにとまって、羽を休めなよ」
「ありがとう。やさしいお方ですね」
 蜜蜂は、礼を言い終わるなり、ジョーの指に捕まって羽の動きを止めました。
「ああ、ほっとする。闇の森で、明かりが見られるなんて」
 そして、蜜蜂は、自己紹介をはじめました。
「わたしは、ピュンマといいます。蜜蜂の騎士です」
「俺は、ジェット」
「僕は、ジョー」
 二人は、それぞれ名前を告げました。それから、蜜蜂のピュンマが、話しはじめま
した。
「じつは、お二人にお願いがあるのです。わたしも、ジェットのお兄様をさがす、て
つだいをしますから、わたしたちもいっしょに、森の外へつれていってください」
「ちっこいお前が、どうやって兄貴を探してくれるんだ」
 ジェットが、言うと、ピュンマは、羽を激しく動かしながら答えました。
「草の妖精にききます。ジェットのランプの明かりがあれば、夜でも、きっとこたえ
てくれるでしょう」
「よし。それなら、すぐ見つかる。頼むよ、ピュンマ」
「はい。わたしたちのことも、お願いします」
 ピュンマの言葉に、ジョーが、言葉をはさみました。
「ねえ、ピュンマ、『わたしたちも』とことは、君の他に誰かいるのかい」
 ピュンマは、ジョーを見上げて答えます。
「はい、その茂みの向こうに」
 ピュンマが飛び上がり、先に茂みを越えました。ジョーとジェットが立ち上がり、
後に続きます。


                                         童話 太陽の花(一)


(C)飛鳥 2002.11.5
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