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ウインドファーム 4


  

 新エネルギー利用特別措置法(RPS法)

 2003年4月施行。
 電力を自然エネルギーによる発電でまかなうために、その努力目
標を掲げたもの。具体的方法の一つに、自然エネルギー利用による
発電事業者からの電気の買い取りや利用を勧めている。
 簡単にいえば、作ったんだから使え、ということ。でも、使った
からって、税金が優遇されるような褒美が出るわけではない。



 ジョーの部屋にギルモアが入ると、まず目に入ったのは、机の上
のワードプロセッサだった。
「懐かしいものを使っているね」
 ギルモアは、ジョーに近づいた。
「ええ、久しぶりにワープロを使ってみたくなって」
 ジョーが、はにかんだ笑顔を返す。
「まだ、使えるのかね」
「全然壊れていませんから。でも、もう製造メーカーに部品がない
だろうから、大事にしないとなあ」
 ギルモアは笑った。
「物を大事にするのはいいことだ。ところで、ピュンマへ送るレ
ポートは、書けたのかね」
「ええ、もう終わりました。なにか?」
「うむ。日本の話だけではなく、他の国のことも知らせた方が、喜
ぶかと思ってな」
 そういうと、ギルモアは、一枚のフロッピーディスクを差し出し
た。
  ジョーは、目を見開いた。
「博士が、ですか」
「おかしいか」
「いいえ、とんでもない」
 ジョーは、ディスクを受け取った。
「見てもいいですか」
「もちろんじゃ。お前さんがいいと思うものを、ピュンマに送って
やってくれ」
 ジョーは、デスクトップ型パソコンの電源を入れた。
 ワープロでもフロッピーは使えるが、容量が大きすぎるとワープ
ロでは中身の表示ができない。はじめから、パソコンで見た方が面
倒がないだろう。
 パソコンにフロッピーをセットして、データを呼び出す。
 幾つかの国の名前と、その国の自然エネルギー対策や法律の概要
が、簡潔にまとめられている。

 現在、風力発電は、世界中で行われている。
 その風力発電の約75パーセントは、ヨーロッパにある。
 特に、デンマークでは、戦後早い時期から環境問題に考慮して、
自然エネルギーの利用を推進してきた。自国の風力発電量は、総量
の18パーセント、世界トップである。また、発電用の風車の製造
もトップクラスを誇っている。
 他にドイツ、スペイン、オランダ、イギリス。ヨーロッパ以外で
は、アメリカ、インドなど。今も増えつづけている。
 注目すべきなのは、風力発電の普及のために、国が積極的に動い
た、ということである。法律を整備して、風力発電によって作られ
た電気を、電力会社が買い取ることを義務づけたり、企業に税金の
優遇措置を設けたりと、風力発電への関心を、国をあげて盛り上げ
た。
 では、日本は、というと、企業・市民レベルでは関心が広がりつ
つある。政府も自然エネルギーの利用を呼びかけているし、法整備
も進められているが、欧米諸国と比べると不十分といわざるを得な
い。

「ピュンマが、喜びますね」
 ジョーが、ギルモアを振り向いて言った。
「そう言ってくれるか」
 ギルモアが、目を細めて呟いた。
「だがなあ、ジョー」
 ギルモアは、ジョーに勧められるまま、彼が譲ってくれた椅子に
腰掛けた。ジョーはベッドサイドに腰掛ける。
「世界の現状を知れば知るほど、もっともっと、できることがある
のではないかと、不安になるんだよ」
 ジョーは、ギルモアの言葉に、黙ってうなずいた。
「近年、日本でも自然エネルギーがもてはやされるようになった。
だが、まだまだ、それを生活に活用しようという意識が薄い」
「そうですね。風力発電に限っていえば、風車の建設費が高いから、
他の発電所の発電コストと比べると、割高の感じがしますね」
「そうなんじゃ。だが、長い目でみれば、風車は、二酸化炭素を出
さないし、放射能汚染の心配もない。山奥にダムを作る必要もない。
問題があるとしたら、まあ、景観の問題かのう」
「風車がまわる音も、結構うるさいですよ。騒音というほどではあ
りませんが」
「ううむ」
 ギルモアは、腕を組んで考えこんだ。
「わしらは、究極のエネルギーの恩恵を受けているが、一般市民が
それを享受するのは、まだまだ先のことだからなあ」
「究極のエネルギー、ですか?」
 ジョーは、首を傾げた。
「核融合反応だよ」
 ギルモアが、言った。
 ジョーは、ようやく合点がいく。
「そうですね。確かに、この技術を世間に発表することは、できま
せんね」
 ジョーは、おのが腹部に手を当てながら言った。
 今の生活を平穏に続けたいなら、それは決して口外してはならな
い秘密である。
 うつむいたジョーを見て、ギルモアが声を張り上げた。
「それはそうと、ジョー、イワンの風車を見たんだが、あれは、本
当に発電ができるのかね。よく回っているようだが」
 言った途端、ジョーの吹き出す声が聞こえた。
「はい、発電は、できますよ。ちゃんと発電機を組み込んでいます
から。でも」
「でも?」
「送電線がないから、家の中に電気を送れないんです」
「送電線?」
 ギルモアは、目を瞬いた。
「別売りだったらしくて、買っていないんですよ。だから、電気が
作れても」
「何にもならんということか」
「はい」
 この後。
 ジョーとギルモアは、お茶の時間になってもリビングに現れず、
フランソワーズ特製のケーキを食べ損ねたとか。





                  ウインドファーム4 終


(C) 飛鳥 2003.12.1

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