ウインドファーム 2
風力発電 コイルに電気を流すと、磁界(磁力)が生じる。電磁石である。 その逆の発想で、コイルの中で磁石を回し、電気を生みだす。それ が発電のしくみである。 風力発電は、風を風車のブレード(羽根)で受けて軸を回す。こ れが回転エネルギーであり、それは発電機の中に伝わり、磁界を回 転させる。そこから、電気エネルギーが作られている。
ジェットが、ギルモアとイワンの要請を受けて、日本へやって来 たとき、すでに、ジョーとフランソワーズは出掛けてしまっていた。 「何だよ、待っててくれてもいいじゃないか」 フランソワーズに会えると、喜び勇んでギルモア研究所の門をく ぐったジェットは、二人の不在に不吉なものを感じる。 そして、その予感は、外れていなかった。 「すぐに、メールが届くと思うから、ジェット、君にはその整理を お願いするよ」 穏やかなギルモアの言葉に反して、送られてくるメールは半端な 数ではなかった。 それらは、すべて風景写真だった。ジョーとフランソワーズの姿 は写っていない。それでも、二人の親密さが伝わってくるように見 えるのは、決してジェットひとりの僻みではないだろう。 ギルモアは、ジェットがパソコンの操作を始めると、地下の研究 室に行ってしまった。そこは、ギルモアの砦で、平穏時に、そこか ら彼を呼び出すことのできるのは、フランソワーズだけである。 「逃げられた」 と、ジェットが地団駄を踏んでも、イワンは、いつもの揺り籠の 中で、知らん顔をしていた。 「いくらメールですぐに転送できるからって、撮りすぎじゃない か」 ジェットが悪態をつくと、イワンが苦笑したように答える。 (しょうがないんだよ。フランソワーズがはしゃいで、博士が改良 した、送信機能付きのデジタルカメラ、持っていっちゃったんだ。 風車の写真だけでいいよって言っても、きかないし。博士も、前回 の旅行で、懲りたようだね。それで、ジェットを呼んだんだ) 「オレは捨て駒か」 (フランソワーズの話に付き合うのは、慣れているだろう) 「耳だけなら慣れてるよ。でも」 (目も慣れてくれよね。ぼくの視力じゃ、画面から風車を探すこと はできないんだ) 頭脳明晰のイワンでも、体は赤子のそれである。パソコンの画面 を注視することは難しい。 「しかたないな。わかったよ」 (風車の写真は、どんなに小さくても見逃さないで。見つかったら、 ぼくの方のパソコンへ送って) 「他の写真は、どうする」 (一応、ファイルしておいてよ。フランソワーズが帰ってきたら、 見るかもしれない) 「見るんだろ。オレは御免だからな」 (いじわる言うなよ、ジェット) 「それを言うなら、フランソワーズに言ってくれ」 (ジョーが遊んでくれなくなるから、やだ) 会話は、一旦そこで途切れた。 ジェットは、次々と送られてくる写真を見て、風車の影を探す。 写っている風景は、日本のどこかの景色だ。 人家は少ない。街から外れた道を辿っているようだ。どれも、空 が画面の半分を占めるように撮影されている。 その写真の中から、ジェットは灯台のように柱がまっすぐに立ち、 ブレードがついている風力発電用の風車を探した。 近年、日本でも自然エネルギーを利用した発電所の建設が盛んで ある。 その中で、特に目を引くのが、風力発電であろう。ダムのように 山奥ではなく、いつも風の吹く海岸沿いに建設されることが多いの で、人目につきやすい。 巨大な発電用の風車が、頭上高くそびえるさまは、圧巻だ。 風車には、発電機が取り付けられており、風の力でブレードが回 ることによって、発電機が稼働し、電気が生み出される。生産され た電気は、電力会社が買い取り利用されている。 「で、ジョーとフランソワーズは、どこまで行ってくるつもりだ」 ジェットが、メールの写真から目を逸らさずに言った。 (今回は、東日本だよ) イワンが答える。 (最終目的地は、北海道。とりあえず、千葉県にある風車を見てく るって言ってた) 「千葉県ねえ……。近くなんだろう」 (うん、そんなに遠くない。そろそろ、写真送ってくれるかな) 「気の長いイワンへのご褒美だな。来てるぜ」 (ホント?) イワンは、文字通り飛び上がって、ジェットの肩に飛びついた。 「ひとつだけだな」 ジェットが、何枚も写真を選んで、まとめなおしている。 「遠景にも、風車が写ってるぜ」 (それじゃあ、今度はそっちへ行くかな) 「それなら、しばらく休憩してもいいだろう」 ジェットは、パソコンから離れて、イワンを抱きなおした。 「なあ、さっき前の旅行と言ってたが、やっぱり風車を探しに行っ たのか」 ジェットは、イワンを揺り籠に戻した。 (そうだよ、この前は、西日本へ行ったんだ) 「そんなに、あちこちにあるのか」 (うん。九州には60基以上の風車があるんだって。沖縄・近畿・ 中部地方にも、それぞれ30基以上があって、実際に発電している し、もちろん、四国と中国地方にもあるよ) 「へえ」 (今回行く東日本では、北海道に180基以上の風車があって、大 規模なウィンドファームが建設されているんだ。東北地方も多くて、 170基以上。関東はそれよりずっと少なくて、20基そこそこ だ) 「随分たくさんあるんだな。発電量はどれくらいになるんだろう」 (日本では、自然エネルギーによる発電は、総量の1パーセントに も満たないんだよ。まだまだ火力、原子力、そして、水力発電に 頼っている) 「アメリカにもウィンドファームがあるぞ」 ジェットが身を乗り出して言った。 「何十基と風車が回る様は、すごいよな」 (そうだね。今、世界中でウィンドファームが作られている。常に 風が吹くなら、利用価値は高い。海沿いは安定して風が得られるか ら、風力発電施設がたくさん建設されているんだ) 「風が必要というなら、ここ、ギルモア研究所も、条件いいじゃな いか」 ジェットがおどけて言う。 ギルモア研究所も、海沿いに建っている。 (目立ちすぎるよ。観光客がやってきたら、たいへんだ) 「ジョーとフランソワーズのように、か」 (そんなこと言うなよ。お茶のとき、ケーキもらえないよ) 「いないから、大丈夫だ」 (もう帰ってきてるよ) 「なに」 (今日は、日帰り予定だったもの) 「それを早く言えよ。イワン」 ジェットが立ち上がって、ドアを開けようと手を伸ばした時、先 にジョーが顔を見せた。 「ただいま、イワン、ジェット」 (おかえりなさい) イワンが、ジェットの脇をすり抜けて、ジョーに飛びついた。 「ジェット、よく来てくれたね」 ジョーが笑顔で言う。 「お前、早いじゃないか。先刻メールが届いたばかりだぞ」 ジェットが驚きを隠さずに言うと、 「ジェットが来るって聞いたから。僕たちが戻るまで退屈しないよ うにと、君が研究所に着くころを見計らって送信したんだ」 涼しい顔をして、ジョーが答える。 「余計なお世話だ」 「下へおいでよ。フランソワーズが、すぐにお茶にしようって」 「ああ」 イワンを抱いたジョーの後ろ姿に、ジェットはどうしても尋ねて みたくなった。 「なあ、今日はケーキ、あるのか」 「ケーキ?」 聞き返してくるジョーに、あたふたと言い訳をするジェット。 そんな彼を、イワンが可笑しそうに見ていた。 ウインドファーム2 終
(C) 飛鳥 2003.12.1