ウインドファーム 1
ウインドファーム Wind Farm 風力発電設備を一地域に集合させた場所。 発電用の風車を、数十台から数百台集めて建設し、発電を行う。 風力は、近年「自然エネルギー」として注目されている。
「プラモデルを組み立てろと言うのか」 ギルモア研究所のリビングで輪になって説明を聞いていた仲間の うち、まっさきに口を開いたのは、ハインリヒだった。 「……金属製だから、プラモデルと言うのは正確じゃないけど」 しどろもどろに答えるのは、ジョー。ちなみに、プラモデルとは、 プラスチックモデルのことである。 「それも、等身大の、か」 説明書を片手に溜め息をついたのは、ジェットだった。 後ろから覗き込んだ、ジェロニモが言う。 「ちゃんと動くようだな」 (もちろん) イワンが、ジョーの腕の中で、相槌を打つように身動ぎ、テレパ シーで答えた。 (実際に発電もできる小型風車なんだ。いろいろなタイプを試して みたかったんだよ) 「それで四基も買ったのか」 グレートが呆れたように言う。 「フランソワーズ、驚いたネ?」 張々湖の発言に、イワンとジョーは言葉がない。 「で、そのフランソワーズが帰って来るまでに組み立てろと」 ハインリヒが、じろりとイワンを睨む。 (そう、頼んだよ。ぼくはもう寝るから) 力の抜けていくイワンの体を、ジョーは慌てて支えた。 「イワン」 (ジョー、あとよろしく) あっという間に夜の眠りに入ってしまったイワンを抱えて、ジョ ーは、仲間の顔を見回した。 「そういう訳なんだ」 ジョーが伏目がちにいうと、その場の全員が、大きく息を吐き出 した。 「つまり、お前たちの失敗の尻拭いのために、俺たちを呼び集めた のか。しかもドルフィン号で」 ハインリヒの言葉に、再び言葉なくうなずいたジョーであった。 今、ギルモア研究所には、その主のギルモアがいない。彼の愛娘 といっても差し支えない、フランソワーズも不在である。 彼ら二人は、一昨日の夜、ヨーロッパの主要都市へ空路で向かっ た。そこで、故国に帰国していたピュンマと落ち合って、ある会議 の傍聴をする予定であった。 その会議とは、従来の化石燃料に代わる「自然エネルギー」の開 発利用に関わるものだ。日本で近年話題になった風力発電も、この 「自然エネルギー」といわれる風力を利用したものである。「自然 エネルギー」は他にも、太陽光、有機物を燃やすバイオマスなどが ある。それらの開発利用は、世界規模でますますの発展を期待され ている。 特に風力による発電は、自然環境を利用してエネルギーを得ると いう、クリーンな事業として世界中の注目を集めている。 知識欲の旺盛さから、ギルモアは会議への出席を希望し、同じく ピュンマもその技術の習得のため、参加を望んだ。 イワンも興味を示したが、生憎と眠りの周期と重なるため、フラ ンソワーズと研究所に残ることになった。ジョーがギルモアの護衛 も兼ねて同道する手筈だったのだが、イワンの悪戯が発覚して、急 遽、フランソワーズがギルモアと一緒に飛行機に飛び乗った。 そのイワンの悪戯と言うのが、発電用の小型風車を購入すること だった。 小型といっても、等身大。発電機も装備されている代物である。 しかも、タイプの違うものを、あわせて四基、注文していた。 (インターネットで、販売していたから) とは、イワンの言い訳である。 注文時に、彼は手近にあったクレジットカードを使用した。それ は、後でわかったことだが、フランソワーズの名義のカードだった。 そして、品物が届いた時には相当な金額が、某銀行口座から引かれ ていた。 フランソワーズが、激怒したことは言うまでもない。 慌てたイワンは、ジョーに泣きついた。 ジョーの説得と慰めのおかげで、フランソワーズの機嫌がなおっ たのは、ギルモアがヨーロッパへ旅立つ、当日の朝であった。 そしてその朝、ギルモアはフランソワーズに、ジョーの代わりに 自分とヨーロッパへ行くように勧めた。 ギルモアは、数カ月もの間、フランソワーズが張々湖飯店でアル バイトをして、忙しく過ごしていたのを知っている。イワンの無頓 着な買い物騒ぎのあと、そんな彼女に気分転換をさせようと考慮し てであった。ジョーも賛成し、イワンも了解した。フランソワーズ も素直にうなずき、ギルモアと共に旅立ったのである。 健気にもフランソワーズは、出発の直前に、イワンに言ったもの だ。 「帰ってきたら、風車の組み立てを手伝うから」 これを聞いて困ったのは、イワンとジョーである。 イワンは、これ以上、フランソワーズに精神的疲労を与えたくな かった。 ジョーは、今まで以上に、フランソワーズに肉体労働をさせたく なかった。 しかして、留守番二人の思惑は一致し、ドルフィン号の出番と なったのである。 アメリカでジェットとジェロニモを拾い上げ、イギリスでグレー トを引きずり込み、ドイツでハインリヒを捜し出してドルフィン号 に乗せると、急ぎ日本へと取って返した。その日本では、緊急呼び 出しを食らった張々湖が、店を弟子に任せてギルモア研究所に駆け つけていた。 そして、リビングでの、かくかくしかじかと言う説明。 仲間達は、辛抱強く二人の話に付き合ってくれた。 説明のあと、ハインリヒはいまいましそうな視線を、ジョーの腕 の中で眠るイワンにくれてやると、件の風車の梱包に足を向けた。 「先に選ばせてもらうぞ。俺は仕事の途中だったんだからな」 「……ハインリヒ、手伝ってくれるのかい」 ジョーが小さな声を出すと、 「当たり前だろうが」 不機嫌な面持ちで返した。そんなハインリヒの瞳は、決して怒り の為に輝いているのではなかった。 ジェットが、ジョーの肩を叩いた。 「で、いつ帰ってくるんだよ。博士とフランソワーズは」 「明日の夜」 「早いじゃないか」 「博士、次の学会が控えているんだよ」 「了解。さっさとやっちまおうぜ」 ジェットが、ハインヒリと一緒に梱包を解きはじめた。 「確かに、蜻蛉返りするには、勿体ない日和だからして」 わかったようなわからないような言葉をつぶやき、ジョーにウィ ンクを寄越したのは、グレートだ。 ジェロニモが、立ち尽くしているジョーに、言う。 「イワンを寝かしてこい。足だけじゃ、組み立てはできないぞ」 「ああ」 ジョーは、弾かれたように駆けだして、リビングを出ていった。 「全く、世話が焼けるアル」 「今回は、イワンが悪い」 張々湖が言うと、ジェロニモが可笑しそうに、頬を緩めた。 ジェットとハインリヒは、次々と梱包の中から、風車の部品を取 り出していく。 「怒る気も失せるよな」 ジェットが言う。 「惚気てるっての、気がついていないのかよ」 「今更、あほらしいから、黙ってろ」 とは、ハインリヒの弁。 「あれは、なんだね。痴話喧嘩と言うものだね」 グレートがひとり、うなずいている。 「誰と誰がアルか」 「フランソワーズとイワンだろう」 「それをいうなら、ジョーとフランソワーズではないアルか」 「そうとも言うかな」 グレートと張々湖の会話が続く中、ハインリヒはさっさと自分の 取り分を決めていた。「いつものことだろう、フランソワーズの取り合いは。放っておけ。 それより、俺は、この『パドル形風車』を作る」 「『パドル形風車』って、どんなのだ」 ジェットが、説明書と部品を見比べている。 「垂直軸の風車だ。羽根板の代わりにカップ状の羽根がついていて、 それで風を受けて回るんだ。発電じゃなくて、風速計によく使われ ている」 「風車ってのは、飛行機のプロペラみたいなものだろう」 「確かに風力発電は、プロペラ型が有名だな。プロペラは水平軸な んだ。支柱があって、その上に水平にプロペラを設える。飛行機の プロぺラと同じだ。風の吹いてくる方向に常に向いていなければ回 らない。垂直軸というのは、簡単に言うと、支柱に直接羽根を取り 付ける。どっちの方向から風が吹いても回るそうだ」 グレートが感嘆の声をあげた。 「詳しいな、ハインリヒ」 「その風車の部品を、仕事で運んだことがある」 ハインリヒは、ドイツでトラックの運転手をしている。 「依頼人が、ひどくお喋りな奴だった」 言いながらも、支柱の長さを確かめている。 「これなら、部屋の中で作れるな」
「それじゃ、オレはこっちにするぜ」 ジェットが、説明書をヒラヒラさせて言った。 「説明書によると、高さが二メートル以上になるらしい。外で組み 立てた方がよさそうだ」 「おれも手伝おう」 ジェロニモが言った。 「サンクス」 ジェロニモが、部品を一抱えして、ベランダから庭へと運び出す。 ジェットが説明書と首っ引きで、風車の説明を読んでいた。 「こっちは、ホントの『プロペラ形風車』だ。ブレードは3枚」 「ブレードとは、何ネ」 張々湖が聞いてきた。 「羽根のことだよ。な、ハインリヒ」 「ああ」
「それでは、我輩は、こちらのを。ジェット、これは何型だね」 グレートが指さした物を確かめると、ジェットが説明書を読む。 「垂直軸の『ダリウス形風車』だって。弓状にしなっている細い羽 根を3枚、軸に取り付けるって書いてある」 「残ったのがわたしの分ネ」 張々湖の声があがる。 「どんな風車か」 「待てよ。ええと、『垂直ダリウス形風車』と書いてある。グレー トのダリウス形風車の変形か。羽根がまっすぐで、軸と平行になる ように取り付けるんだと」 「聞いても、よくわからないネ」 張々湖が頭を振ると、グレートが近づいてきた。
「一緒に作ろうぜ。組み立ては、風車だけなんだろう。まさか、発 電機まで、設計図を見て組み立てるなんてことは」 ジェットが首を振る。 「ないない。発電機は、四基とも同じ、完成品だ。だけど、組み込 む装置は、発電機だけじゃないぞ」 「発電機だけじゃない、とは?」 グレートが首を傾げる。 「説明書によると、風力発電は、風の力を利用して電気を起こすん だ。まず最初にブレードが風を受けて回るだろ」 「ふんふん」 「それから、ブレードを支えてる軸が回る。それが回転エネルギー というもので、それがさらに発電機に伝わって、電気エネルギーに なる。と書いてある」 「それで」 「だから、ブレードと発電機をつなぐ部品を、いくつか組み込むん だよ、風車に」 「そんなもん、イワンが起きたら、やらせればいい」 ハインリヒが口を挟んだ。 「全部作ってしまったら、退屈するだろうよ」 「そうだな。風車だけでいいか」 ジェットが、張々湖の取り分の部品を運びだすと、最後に、一包 みの箱が残った。それには、「粗品」と張り紙がついている。 箱を開けてみると、中には、ジグゾーパズルと一枚のメッセージ カードが入っていた。
「なになに。『……弊社の通販ご利用ありがとうございます……ご 愛顧のお客さまの中から、三基以上ご購入のお客さまに、抽選で、 弊社オリジナル、オランダ形風車の立体ジグゾーパズルを差し上げ ます……』だぁ」 部屋のあちこちに散っていた仲間が、ジェットのまわりに集まっ てくる。 「アイヤー、きっとイワンは、これが欲しかったネ」 張々湖が頓狂な声をあげた。 「イワンの奴」 ジェットが、カードを握り潰した。 「普通に店で買えばいいじゃないか」 「これは、非売品と書いてある」 ジェロニモが、ジグゾーパズルの箱を手に取った。ズシリと重い。 「おい、何ピースだ」 ハインリヒの質問に、ジェロニモは首を振った。 「聞かない方がいいぞ。挑戦するつもりがないなら」 「は。忠告に従うよ」 そこへ、ジョーが、イワンを寝かしつけて戻ってきた。 「遅くなってごめん。イワンの着替えに手間取った。もう、全部の 梱包を解いたんだね。僕はどれをやったらいい?」 微笑みを浮かべて話すジョーに、グレートがジェロニモの手の中 の箱を指さした。 「お前さんは、あれだよ」 素直に、ジェロニモからジグゾーパズルの箱を受け取るジョー。 「決まりだな。がんばれよ」 ジェットがジョーを激励して、庭へ出ていった。ジェロニモも、 ジョーの肩を叩いて、ジェットの後についていく。 ジョーは、手の中の箱を確かめた。 「ジグゾーパズルじゃないか。なんだよ、このピースの数は」 ハインリヒも、グレートも、張々湖も、さり気なくジョーから離 れた。 「なんでパズルがあるんだ……あれ」 時すでに遅し。 まわりに誰もいなくなったことに気がついて、ジョーは狼狽した。 「みんな、手伝ってくれないのか」 ハインリヒが、笑いを堪えた声音で答える。 「手伝っているだろう。俺たちは、風車のミニチュアを作るために 呼ばれたんだ。ジグゾーパズルをするためじゃない。そっちは任せ たぞ」 「それなら、僕も」 話の途中に、グレートが入った。 「それも、イワンが買った風車だよ。お前さんの担当は、それだ」 張々湖がすかざす、相槌を打つ。 「そうアルよ。大きさも手頃ネ。窓辺に飾ったら素敵アル」 「でも、一日で作るなんて」 ジョーの声は、弱気である。 「俺たちのことは、心配するな。きっと明日の朝までに組み立てて やる」 ハインリヒが言った。 「お前も、加速装置でも使って、頑張るんだな」 ジョーの抗議の声を、誰も聞かない。 ギルモア研究所で、こうして、男六人による風車制作が始まった。 それから数時間後の真夜中。 ジョーのジグゾーパズルを除いて、全ての風車が完成した。仲間 達は、朝まで仮眠をとり、翌日ドルフィン号で送ってもらうことに 相談が決まった。 そして、翌朝、リビングに集合すると、そこには、完成したパズ ルと、眠っているジョーの姿があった。 「運転手が、まだ寝ているぜ」 口の悪いジェットが、ジョーの頭をつつきながら言う。 「寝かせておくヨロシ」 張々湖が、口に指をあてて言った。 「しかし、フランソワーズが帰ってきたとき、俺たちがいたらまず いだろう」 ハインリヒが、思案した。 「張々湖、ドルフィン号の操縦、できるよな」 「はいな。操縦桿握るぐらいはできるネ」 「だったら、一緒に来てくれ。行きはジェットに操縦してもらうと して、帰りは、ドルフィン号を頼む」 「わかったアル」 ジェットも、すぐさま了解する。 「よっしゃ、そんじゃ、すぐに出発しようぜ。なんせ、世界中を飛 び回らなきゃならないんだから」 「待て。風車をどうする」 ジェロニモが、視線を動かした。庭に一基、リビングに三基の風 車が立っている。 同じ物を見て、グレートが言った。 「完成品をみたら、フランソワーズにやはり気づかれるな。我々が 来て組み立てたに違いないと。諸君、ここは一つ、我々も悪戯とい こうではないか」 「どうするんだ」 ハインリヒが、グレートを睨み付ける。 「ドルフィン号の格納庫に、隠すんだよ。イワンが寝ている間は、 不必要な代物だろう」 「確かに」 そして、えんやこらやと、風車を担いで、地下の格納庫に降りて いく。 「でも、また外に出すのが大変じゃないか」 ジェットは、ジェロニモと二人で作った、風車を運びながら言っ た。それは、高さ二メートルを越えている。 「それも、イワンの仕事だ」 ハインリヒが、笑いを含んだ声で答える。 「まさに踏んだり蹴ったり、だろうな」 「なんで」 ジェットが、不思議そうな声をあげる。 「イワンは、おそらく、ジグゾーパズルが梱包の中に入っていたこ とに気づいていないぞ」 ハインリヒが笑いながら続ける。 「風車を四基、と言ってただろう。実際は、五基目があった。パズ ルだがな。抽選品だから、いつ届くのか、イワンは知らなかったん じゃないか」 グレートが、ふむふむとうなずいて、後を引き継いだ。 「イワンが、何故そのパズルを欲しがったかは、憶測するしかない が、あれを見て、フランソワーズが喜ぶことは確かだ」 「ジョーに作らせて、正解だな」 ハインリヒが言った。 「これで、仲直りができるだろう」 ジェットが唸った。 「おい、それじゃまるで、ジョーとフランソワーズが喧嘩していた みたいじゃないか」 「俺は、そうだと思っていたが、お前は違うのか」 「フランソワーズは、イワンと喧嘩したんだろう」 「イワンは、フランソワーズに怒られた。それだけじゃないか」 「じゃあ、いつジョーとフランソワーズは喧嘩したんだよ」 「あほらしくて、言えん」 ハインリヒは、風車を格納庫の隅に固定すると、さっさとドル フィン号に乗り込んだ。 それを見た張々湖が、残りの仲間に声をかける。 「ほらほら、みんなドルフィンに乗るネ」 納得のいかない顔をしているジェットを、ジェロニモが促した。 「すぐに、フランソワーズから連絡が入る。黙っていても、教えて くれるさ」 「そして、オレは惚気話を聞かされる訳か」 うんざり、というジェスチャーをしながらも、ジェットの足取り は軽かった。 ドルフィン号がこっそりと出掛け、静かに帰還しても、ジョーは まだリビングで眠りこけていた。張々湖は溜め息を一つ落としただ けで、黙ってギルモア研究所を後にする。 ギルモアとフランソワーズが帰宅したときの光景を、仲間の誰も 見ることができなくても、それは喜ばしい未来であることを、みん な確信していた。 ウインドファーム 1 終
(C) 飛鳥 2003.12.1