宵明けの青空に -1- 飛びたがりのさかな2

  










「おい、あの時計塔はそろそろ天辺を指すぞ、
時計守は僕らを見つけるだろうか。」
「どうだろう、彼の仕事は昼の真ん中に鐘を鳴らすことだからね、
外を見ることもないのではないかな」
そう僕が言うと
「じゃあ呼んでみたらいいですよ、私は声が大きいのです。」
と自慢げなハントはすぐさまジラーにペチっと頭をはたかれていた。
「もし届いたのなら、君の声はあの鐘も鳴らせるかもな。」
何だかじわじわとするジラーらしい冗談だった。

「本当に飛んでいるんだね、夢みたいだな。」
街の空の向こう緑風抜ける草原の青天井を越えて、
ざわつく丘のまるっきり上の方を二段飛ばしするように、
僕らは上へ上へと昇っていた。

「なあライアン、一体今日はどうしたんだ。
何だ、その、変な話だが何で動いたんだ。」
「実は僕も分からない、何が起きたのだろうか。
いつも通りに点火したのだが、2番のゲージが振り切ったままなんだ、けれど、動きは実に良い。
今更な話だけれど。ジラー、上昇と下降は出来るのか。」

ジラーも、ハントも目を丸くして、
大慌てで持ち場について下降準備の体勢に入っていた。
「ハント、高度計はいくつだ。」
「2620です。」
「まず2500まで下げるぞ。」
魚がさらに翼を広げ大きく大気を吸い込む音がする。
「2680、上昇してます。」

動きは悪くない、実にいい感じだ。
大気を取り入れて膨らみ上昇して、次に降下するそんな仕組みだ。
ギギギィ、ガガガガ、ギギギギ
後ろで軋む音がする。
「ジラー、背骨が伸びてないんじゃないか。このまま100も降下すると折れてしまうぞ。」
「分かってるよ、背骨を伸ばすぞ。気圧が下がる用意はいいか。」
ピピピピピィーッ

ドウン バフッ スバン
上手く背骨が伸びたようだった。
「2550、2540落ちてます。」
「よおし、降下できる。この高度を維持するから翼の角度を変えるぞ。
それから、ライアン。大気を半分まで吐き出したい。
分岐弁と油圧ポンプを頼んだ。繋がったら、鐘2回な。
8回は飯の出来た合図だからな。」
「任せてくれ。」
8回も鳴らしたかな、と思いつつ、急いで機関室へ向かった。




仄かに明るかったシリンダーは、光を増していた。
間違いなく光っていたのだ。

油圧ポンプを繋ぎ、確認を早々にすませて、
起動し、分岐弁を開いた。

ようやく、気になっていたシリンダーと向き合う時間が出来た。
ピィーッ、ガンガン
とりあえず、しっかりと鐘は鳴らしておいた。

上昇も下降も確認出来た今、
一体何故このシリンダーにこだわるのか、
その必要はなかったが、光っている、それが未だに気がかりだった。

ピィーピィーピィーピィー ガンガンガンガン
4度の合図がした、この合図に緊張が走ったが機関室は順調そのものである。
何が起こったのだろうか、僕は操縦室へ走った。



「高度2540、維持してます。」
「すまない、雲の中に突っ込んでしまった。」
「動かなくなってしまう前に翼を温めておこうか。」
「いや、その系は3日前辺りに置いてきただろう。」
僕は言葉を失くしてしまった。
雲の中に突っ込んでしまい、目の前は真っ白になっている。
さらに、氷がついて翼が動かなくなってしまう。
こうなってしまうと、この魚はもう自由には泳げないのだ。
ここまでは容易に想像出来ていたのに。

「ジラー、パラシュートを装備しようか。」
「いや、俺の責任だ、最後まで操縦させてくれ。」
「それは駄目だろう、その気になれば魚はまた作れるだろうよ。」
「いや、そうじゃないんだ。せっかく、せっかく飛んだんだ。だから。」
「高度2800上昇しています。」
ジラーをよそにハントが奇怪な報告をする。
「3000、7100、12700、53000。」
「高度計もいかれたか。」

すると急に視界が開けた。
いや開けたのか閉じてしまったのか分からない。
真っ暗だったのだ。僕らはカンテラを付けたが、
付けるまでもなく明るかった。
そう、機関室がなにやらものすごく光っているのだ。
操縦室まで光が漏れてきていた。
「何で機関室は光っているんだ。」
3人がそう漏らすか漏らさないうちに

グアツンドグアアアア
魚が何やらうんとでかいものにぶつかったのだ。
何だ何だ、こんなお空の高いところで僕らの魚にダメージを与えるなんて、
よっぽど大きなものが飛んでいるな、突然変異の巨大鳩か、それとも伝説のドラゴンか、
それともあまり考えたくはないが、もう僕らは地面と挨拶を交わしてしまったのだろうか。

そこは真っ白な地面だった。ああ、僕らは判断が遅すぎたのだ。
そして、空だった。空に昇るとはあっという間の出来事なのだろうか。
だが、魚の中だった。
僕らは魚の中だった。
「ここはどこだ。」
誰も答えなど持ち合わせていなかった。
ただ、この場所は非常に寒い、それだけ分かってはいた。
「せめて天国だといいな。」
「だとしたら、その天国というのは僕には寒すぎるようだ。」
「同感ですね。」
慰めなのか冗談なのか分からない掛けあいだった。
「どうだ神の下へ降りてみないか。」
言葉はなかったが、僕らはゆっくりと立ち上がったのだった。






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