宵明けの青空に -2- アカデメイの錬金術師

  






「レースに出るんだ。」

なるほど、ライアンさんはできる子です。
そうですよ、そのまま"もう一度、空を飛ぶんだ"と言うのです。

「グレイトフル・ジ・アースですね。」
「魚でひとっ飛びしないか。」

ひひひ、待ってましたよ。
ライアンさんの大冒険。いざ、空の果てまで。

「もちろんですよ。ですけど、魚は雲の上ですし、
ペンギンもないですよ。」
「2号機を作ろうかと思うんだ。」
「待ってましたよ、よっといせっと。ほいなです。」

ダシン、ドス、ひょい。
ぱ、ぱ、ぱ。
貸し出す為の本と書類を机の上に展開し、
ちょっと埃っぽいのではたく。

「また、ずいぶん溜め込んだな。」
「ライアンさんへの宿題ですよ。」
「それはそうだけども、何だ魚とは路線が違うものが結構混ざってないか。」
「そうですね、やはりレースですからね。勝ちにいかないと。」

ちょっと積みすぎましたかね。
半分くらい返却されても可笑しくないかもしれないですね。
とはいえ、きっとお役に立つであろう本ばかりですよ。

「マグロか。」
「何せあの規模です、長距離遊泳だって考えないと。」
しまったな、通るかな。ライアンさんが怪訝そうだ。

「隕石か。」
「流れ星のスピードときたら凄まじいですよ、考慮に入れましょう。」
入れておきたかったな、いずれ鳥の夢だってきっと叶えたい。

「雷ね。」
「雲の中を突き進むこともあるでしょう、きっと大嵐ですよ。」
この本には自信がある。
けれども、顎に手を当てて擦ってらっしゃる。
四分の一くらい要らないのかもしれません。

「参ったな。ハント、参加することに意義があるとしたらどう思う。」
「魚の秘密を明かすようなものですよ、いいんですか。」

「いや、勝算について聞きたいんだ。」
「そうですね、上位入賞が狙えるでしょう。」
「自分で言うのもなんだけれど、僕もそう思うんだ。」
「空を経路にしたマシンで飛んだ参加者は未だかつていないですからね。」

ライアンさんが嬉しそうに不服な感じで此方を見ながら2回頷いたのに、、
気付いて私は一番上の本を手に取り、
タイトルを指さして言ったのだった。

「だからこそ、もうひと踏ん張りで1位が狙えるとは思いませんか。ライアンさん。」
「確かに僕らは飛んだ。」
「そうですね。」
「分かった、ハント。」
「本当ですか。」
「いや、難しいんだ。実際。」
「ここから先、魚の夢には載っていませんからね。」
「ここの本、全部借りることできるか。」
「もちろんですよ。ですけど、お代もはずんでくださいね。」
「分かりましたよ、ハントさん。」

このものっそい風の強い日に、
大量の本を抱えて出ていくのだろうかと心配になった。

すると、急に静かになった部屋、
水差しが返していた光に陰りが生じ、
ライアンさんが窓の方を見ながら、
戸に手をかけながら言う。

「賭けをしないか。」
「グレイトフル・ジ・アースですか。」

「違う。この空の果てにある星々、さらにはその先も知りたいのだろう。」
「先に言っておくぞハント、この国において錬金術は禁止されている。」

「錬金術なんて無茶なことには興味ありませんよ。」
「分かっていないな、僕に賭けてみないか。」

「何をおっしゃるんですか。」

急峻な問いに私はたじろいだのです、
大量の本が積まれる部屋、羊皮紙とインクの匂い。
若干残る湿気が飛ばされて。

誰に気付かれても気付かれていない望みが、
覗きこまれていたのが、驚きでした。

「教会から狙われているのだろう。」
「狙われているわけではないですよ、仲が悪いだけです。」

「お前は賢すぎる、記録を取るのを止めろとは言わない。」
「だが、一言でも理解されてしまえば錬金術と言われてしまうだろう。」
「ライアンさん。」

「アカデメイでは噂になっている、守り切れないかもしれないと。」
「どういうことです。」

「国王が定める以上の科学は錬金術だ、分かるだろう。」

「それに観たいのだろう、この星の姿を。」
「僕も時折疑われることもあるさ、ハントほどではないけれども。」

「もしその気になったなら、レースの日には旅支度をしておいてくれ。」


その日、私は言葉を失ってしまった。
ライアンさんからの言葉は暖かく、願ったり叶ったりだった。
けれども、私からこの自然世界への純粋な愛が、
否定されてしまった、そんな気がしたのである。


私は、しばらく考えていたが、
机の上に、あの手帖が置かれているのを見つけた。
表紙には魚の夢、ひらりる泳ぐさかなのすがた。

何度となく調べたが、手帖は非常に難解であった。
そして、手帖は大事なところが間違っていた。
けれども、私たちは飛んだ。
そして、1つの解が生まれた。
読まれてはいけないことが書いてあるからなのだ。

「なるほど。だから、こんなにも魚の夢は難しいのか。」
「ライアンさん、あなたは最高ですよ。」


急いで旅支度を始めるとともに、
また、調べものが止まらなくなったのである。
  
  
  
  
前話へ