宵明けの青空に -3- レース「グレイトフル・ジ・アース」

  







「ジラー、エキスパンダーを開いて、ヒーターを点けた。しかし、今日は真っ白だな。」
「そうなんだよ、白すぎる。いつの間にかエアロクラフト8号も見えなくなってしまった。」

「え、そうなの。」

「よっといせっと、そうなのですよ。」
ビームライトを操縦していたハントが席から降り、
地図上のコマをヒッポに解るようにふわふわさせる。

「周りが明るすぎて、目視では何処にいるのかわからんちんです。高度計ではここですよ。」

「雲の中と一緒なのか。」

「あの日を思い出すよ、フィッシュ・ジェット1号を。それはそうとライアン、幾何学的に飛ぶマシンを君は見たか。」
「幾何学的、見ていない。」
「どうやら、そのマシンに追い抜かれてからなんだ。気流が乱れて妙に白い。」
「ずいぶん速いんだな、ズビュンてなものか。」
「いや、それがツツ、ツイーンとしたものだったんだ。何にせよ、速いったらないよ。」
「いえいえ、もっとです。ピピピピピピピ、スピーンですよ。あの速さ、マシンとは思えないですよ。」
「しかし、気流が乱れてる。」
「それにしては速いですよ、衝撃波が起こってもおかしくない大きさです。」

幾何学的か、隕石かもしれないな。
まさか、ロケシアン14号か。
近頃、発想がハントによってきている気がする。

「ライアン、右。」
「うん。」

右を見ると、魚の遥かに向こうの雲の先。
白く眩い虹色の何かが飛んでいた。
マシンだとすれば、僕らの先を山一つ分は前を行くだろう。これこそ、ハントに教わった物理現象じゃなかろうか。

「あれ、え、わっ、近づいて来ました。」
「幾何学的というよりも、デジタルだな。一体、何だあれは。」
「避けるぞ、左フラップを展開。」

虹色の何かは魚に並ぶと、雲の間から黒く長い脚を伸ばした。すると、一層強い輝きが僕らの目を眩ませた。

キシーン、グオオオ

魚が左にやや旋回する軋みから、意外な轟きと嘶きのような音が聞こえた。

「麒麟じゃないの。」
ヒッポが目を凝らし、右窓に食い付いて言っている。
近づいたかと思った麒麟は雲を点々とし、
時折、脚を伸ばしては目にも止まらぬ速さで翔んで行く。

「ハント、後ろを確認できないか。」
「あいさ、格納庫に行ってきます。」

「ライアン、さらにヒーターをつけてきてくれ。それから、エキスパンダーを半分閉じよう。高度を維持する。」
「了解、だが、ちょっと待ってくれジラー。」
「魚の後ろが見えたら、きっとお日さまが見えるはずなんだ。そしたら、今の高度は低いんじゃないかと思う。」
「太陽が見えるのか、驚きだな。」
「了解だ。今回は火山を迂回しないといけないからな、気をつけるよ。」

「持ってきましたよ、脚立。」
「ありがとう、ハント。」

ジラーが、脚立を使って潜望鏡を覗く。
「おお、太陽だ、凄いな。ちょっと待ってくれ、高度が低すぎる。」
「ライアン、今すぐ出力を上げてくれ。」
「ハントはビームライトを閉まって計算のし直し。」
「ヒッポはヒーターを付けて、前方のエキスパンダーを開き、後方のエキスパンダーを閉じてくれ。急いで。」

僕らは急いで高度を上げた。
真白な空の中をわっせわっせと魚が上方へと泳いで行く。
この霧が晴れるころ、僕らは火山帯の山脈を越える。
虹色の麒麟が見守る中、一匹の魚は空なる大海の迷路に挑んでいた。


空からだと、街の様子がよく見えるものである。
以前、フィッシュ・ジェット1号から、
時計守に向かって手を振ったのを思い出した。

しかし、いまはとうに過ぎて山越えに挑んでいる。
そろそろ霧の晴れる頃、僕らは悠々と空の経路を進んでいた。
後は森を越えれば僕らは山を挟んだ隣街のゴールにたどり着くだろう。

「ライアンさん、アカデメイに煙が立っているように見えます。」
声の主はハントだった。
「火事じゃないだろうな。」
すかさずジラーが返す。

「煙と言っても、狼煙のような煙ですね。」
ドーン、ポン ドーン、ポン
「なるほど、お祝いの空砲か。」

実は僕もそう思ったのだが、煙は何なのだろう。
すると、またひょっこりとアルバが顔を出して、双眼鏡を手に取った。
「何だか変な空砲のお祝いね。」
「確かに。」
ドーン、ポン ドーン、ドーン ポンポン
ポン、ドーン ポン、ドーン

「旗が掲げられているわ。」
ハントも脚立を持ってきた。
「3つの旗ですね。いつもの本国の紋章と教会のマーク。」
「いつものアカデメイの旗がないですね。」
ヒッポも窓にかじりついて言う。
「何だろう初めて見る旗だな。」

「みんな、旅支度はしてきたか。」
「ああ、してきた。」
「多分、教会だ。」
「錬金術師になってしまったということなのか。」

ヒッポが疑問を口にする。
「ライアン、だとしたら何でレースに出る必要があったの。」
「もう、僕らは教会から目を付けられていたんだ。」
「レースに出たら見つかるも何もないと思うんだけど。」
「このレースに空を飛ぶマシンを使ってはいけない、というルールはなかっただろうよ。」
「つまり、レースの運営側にも国王にもまだ話は通ってないのではないかな。」
「じゃあ、賞金もらって逃げるために、教会と追いかけっこということなの。」
「そう。」

「何でもっと早く言わないんだライアン。」
さすがにジラーが怪訝そうに言う。
「相談してしまっては、教会に見つかってしまう。」
「兎にも角にも今から、急いで作戦を練ろう。」

「城から広場までどれだけの距離があるんだ、ハント。」
「よっといせっと、ほいなです。」
「馬で、街から山まで20分、山を越えるのに5時間、森を抜けるのに3時間というところですかね。」
「なるほど。」
「この分だと私たちは30分程で着くわね。」
「表彰式まで賞金は出ないのではないかな。」

「じゃあ、どういう計算になるんだ。」
「僕らが出発して、山を越えた後、アカデメイから連絡が在ったと考える。」
「あの狼煙か。」
「すると僕らには5時間とちょっとの猶予がある。」
「つまり、何とか表彰式に出られるのか。」
「冷や冷やですね。」
「何か、いやだな。」
「誰が取りに行くのよ。」

正直、どの方向にも自信はなかった。
教会が全く動いていない可能性もあれば、
もはや、先回りされている可能性もあるのだ。

ただ、さっきの狼煙がアカデメイの先生方からのメッセージと考えると、
僕らの想像は決して間違ってないのではないかと思えた。

一匹の魚が空を彷徨っていた。
泳ぐことを止めないのは、飛びたがり屋だから。



  
  
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