宵明けの大空に -6- 消臭剤のせいではありません

  






風の無い街になってしまった。
匂いがしないと思うと、記憶にも乏しい。
ライアンではないけれど、何を食べても味がしなくなったご飯に苛立ってしまう。
それって俺様だけなのだろうか。

俺様は陥れられたのだろうか、
それとも、陥ってしまったのだろうか。

こういう時、人々は何を考えるのだろうか。
そう、理解しえない超常現象を何のせいにするのかということについてだな。
それこそライアンじゃないけれど。

神様か。いや、俺らは空を飛んだ、そして確かめた。
何処にも居なかったじゃないか。
俺らに危害を加えるような不思議や、不可解な現象なんて無かったんだ。
むしろ、神様は僕らに味方してくれていたんだ。
何故なら、空からも宇宙からも無事に帰ってこれたのだから。
これも、ライアンと同意見で気が合うことを常々感じる。

超能力か。いや、超能力って何だ、技術じゃ説明できない現象のことを言うのか。
人体に作用する以上技術でしかない。
ただ、付け加えるなら、技術で説明できないということは、他の何で説明できるというんだ。
技術は数学や言語、あるいは図などで、説明できるものだ。
逆に言えば、数学は技術、言語、図で説明できるということである。
つまり、何によっても説明できないという超能力が存在するなんて言えないのである。

じゃあ、超能力って何だよ。
「無いだろ。」
と、思う。
「有るんだよ。」
と、思うと何かで説明できることになる。
つまり、言語なのだろう。

それは、図に出来るはずだ、ということは数学に出来るのではないだろうか。
それは技術で分かってもおかしくないだろう。

超能力を技術で説明するとどうなるんだ。
めっちゃ長い。
これじゃいつものライアンの説明と変わらない。

証明というのはいつも大変だ。
「いけねえな。」


もう一回、長考に戻る。
魔法の可能性がある。
自分から離れた場所の人々に何かが起きていることが魔法なのではないかと思うと、
次のように俺様は考える。

近くの人に超能力(結局のところ技術で説明するとする)。
近くの人に何か起きる、これは分かる。

遠くの人に超能力(結局のところ技術が説明するとする)。
遠くの人に何か起きる、これは何かが足りない。
それはきっと、本人が近くの人に頼み、近くの人が遠くの人に超能力(結局のところ技術でしかない)をかけている。
それって、どういうことかというと。
この人々は、「魔法だ、掃除機よ動け。」と言ったそうだ。
すると、それを聞いた近くの人が、ちゃんと聞いていて。
「あいつ、また汚しやがって。」と、掃除機をかける。
これが、彼らの言う近接魔法を言語で説明した結果だ。

正直、超能力よりけしからんのは魔法(自分で動かず他人を動かそうとする面倒くさがりの悪い癖)だとしか言えない。

じゃあ、長距離における魔法(自分で動かず他人を動かそうとする面倒くさがりの悪い癖)って何だろう。
考え方はさっきと似ている。
自分が動かないということだ。多分、とにかくそいつは動かない。
声を上げては脅し、だんまりを決めては脅し、
そして、他人を動かしては魔法と呼ぶのである。
今まで人類が、一番嫌ってきたパターンである。

ここで、またさっきの考えに戻るとするか。
風の無い街の話である。

一体僕らは、何に悩んでいたのだろう。
味もなければ匂いもしない。
「魔法だ。」
そう言ってはあなたが使っているのは消臭剤ではなかろうか、
匂いが無いのは記憶がないに等しい。
まあ、気のせいみたいな理屈だ。

じゃあ、味はどうなっているのだろう。
「魔法だ。」
そう言ってあなたはご飯を食べる、その半分に匂いはない。
何故なら、そう言ってはあなたが使っているのは消臭剤ではなかろうか。
匂いが無いのは味がないのに等しい。
まあ、気のせいみたいな理屈だ。

さらに戻ると、俺様は陥れられてしまったのか。
いや、違う。
それとも、陥ってしまったのか。
それも、違う。

じゃあ、それでも匂うとは、
「魔法だ。」
そう言ってあなたは雑菌の匂いを消臭剤で消そうとする。
「消えない、何故だ。」

大事なご飯の匂いが無くて、雑菌の匂いが消えない消臭剤って何だ。
「魔法の方が強いんだ。」
そう言ってあなたは念を送りながら、大好きだったお菓子を一欠け頬張る。
「味がしないや。」


そこまで考えて俺様はライアンのガレージのドアを開いて言った。
「ってお前、ライアン。教会の奇跡って何だよ。」
「それは、まだ解決してないだろ。」
「どこが教会の奇跡なんだよ。」
「しょうがないだろう、向こうから言ってきたんだから。」
「いや、でも違うだろ。」

「そうじゃないんだジラー、向こうはそう言ってるんだ。」
「はあ。何で月まで行く必要があったんだ。」
「しょうがないだろうジラー、向こうはそう言ってるようなもんだ。」
「はあ。何言ってんだよ。」

「分かるかジラー、今は向こうは教会の奇跡と言っている。けれど、共感は要るのか。」
「味がしないってのは相当にこたえると言ってるんだけどな。」
「だからな、ジラーだって気付いていたじゃないか。」
「何の話だよ。」

まあ、俺様の手紙がライアンに届いていたのは良かったが。
「だから、誰がこんなことしているんだ。」と、ついライアンに聞いてしまった。
俺様としては悲しいが、聞くべきでは無いなと今なら思う。

「ジラーは分かるのか。」
「何だよ、何でライアンが怒ってるんだよ。」
「んー、あれさ。」
「え。」

そういってライアンが差したのは掃除機だった。
「何だよ、掃除機かけろってのかよ。」
「違うんだ、ジラーは正直すぎるんだ。」
「はい、正直ですがね。」

「ジラーに何ができる。」
「犯人を捕まえる。」
「出来てないじゃん。」
「何だよ、ライアンなのか。」

「ある訳ないだろうが。」
「どういう意味なんだよ。」
「ジラーにまつわる可能性なんて、今誰も聞いていない。
そりゃな-1000 dBの可能性で犯人を捕まえるなんてあってもいいよな。」
「いや。」
「だからな、ジラーに何ができるんだよ。」
「何で、ライアンにそんなこと言われなきゃならんのだよ。」
「お前は俺に何を求めているんだ。この馬鹿垂れが。俺だって犯人を捕まえるなんて無理だ。お前のせいで俺は無茶ばっかりだ。」
「本当かよそれ。」

ここからちょっと反撃、けど。さっきので死にそう。
「お前、俺様はお前に旅に出ないかって言われて、旅に出たんよ。軽い気持ちだったのによ。」
「それで。」
「お前な、無茶ばっかりは俺の方だったって言ってるの。」
「むう、何を期待しているんだ。」
「無茶させて悪かったとかないの。」
「無いよ、だって困るだろ。」

これ以降の反撃はできなかった。だってライアン覚えてるんだもん。
「だから、ジラーに何ができるの。」
「それ話題と違くないか。」
「無茶だったら突破できなかっただろ。」
「無茶だって。」
「だから、月まで行くなんておかしいって言ったの。」
「いや、そうだけど。」
「つまりな、」
「いや、犯人を捜してたのはライアンじゃないのかよ。」
「ん、まてまて、それじゃ本末転倒だ。この話をはじめて、犯人探してたのはジラーだっただろう。」
「そ、そうだっけ。」

対ライアン戦は不向きだ。
「今回は聞かない。」
「これ持ってくか。」
「要る。」
「じゃあ、説明だ。」

何だよ、もう。ライアンに不満があるわけじゃない。
分かっているさ。

「なあ、ジラー。」

掃除機をかけながら、ライアンが話しかけてくる。

「誰も気付かないという現象が発生しているとするならば、如何思うんだ。」
「如何って、現状がそうでしかないだろう。」
「それって、ジラーが困っていることに誰もが気付いていないという現象でいいか。」
「どういう意味だよ。」
「だから、誰も気付かないという現象がありながら、ジラーはジラーだけは気付いているという仮定ではないのかって話だよ。」

「じゃあ、ライアンはライアンだけは気付いているという仮定において、誰も気付かないという現象が発生しているとするならば、如何思うんだ。」
「そんなことあるのかよってさ。」
「何で。」
「だからな、逆なんじゃねえか。俺らは囲まれているんじゃないか。」
「じゃあ、何。みんなして黙ったり、分からなかったりしているってのか。絶対に無理だっていう、一番最初の仮定がおかしいってのかよ。」
「そう、敢えて言うなら、ライアンだけが何も気付いていないんじゃないかってこと。ほい、ジラーの番だ。」

掃除機かよ。ライアン、洒落過ぎだぜ。
「どうすんだよ。」
「どうするんだか。」

「犯人を捕まえなくていいのか。」
「え。」
「行くよ。」
「恰好いいなジラー、羨ましいわ。」


俺様の愛したこの世界に一体何が起きたのか。
良く分からないけれど、本当のことが知りたい。
段々とライアンの苦笑いが減ってきた。
最後にはあいつ怒るのかな、俺だって怒ってるんだけど。