宵明けの青空に -14- 空を見下ろしたら

  




デン、デン、デン、デン

ズキュイージ、ズキュイージ
ガビガ、ビガビゾ、ガビガ、ビガビゾ

ゾゾゾン、ゾゾゾン

ガラン、シュ、ジシシ
シュコン

ズドン
ギュキャキャキャキャキャキャ、ガロガン
ズギャキャキャキャキャキャ、ガロガン

ズキュルドュルグン
ガシコンック、ガシコンック
ガシコンック、ガシコンック


どうだろうか、

ハントが白旗を振っている。
向こうでエリマさんが白旗を振り返した。

アカデメイの全知、エデュケスの全能、錬金術師の全技術を賭して、
雲雀の夢のシステムが稼働したのだが、
このシステムの最初は飛ぶというよりも、持ち上げるという解釈が正しい。
昆虫の夢でいう、エネルギビイムを絶えず受け、そうして、まず地上から持ち上げるのだ。

ロップじいちゃんのうさぎの夢とは形がだいぶ違ってしまったが、僕らは僕らの夢を信じていた。
1505年、あの彼が見た魚の夢の、その先に向かおうとしていた。

窓にぴょこん、音がなるようにアルバが顔を出した。
「ライアンさん、ちょっと預かりものがあるの。お父さんからよ。」

アルバが真っ直ぐ手を伸ばす。
「はい、お返しします。ピカピカよ。」
そっと受け取ると、
「ん、これは星の実じゃないか。取り返したのか。」

「何とか取り戻したそうよ、光っているしお守りにどうかしら。」
「なるほど、ありがとう。」
「実は手に取るのははじめてなんだけども、ずいぶん重くて固いんだな。星にすむ人々は本当にこんなものを食べたのだろうか。」
「文献にはそうあったのよ、ただ、私たちにはちょっと食べられそうにないけれど。」

以前、「毒ではないのでしょう」と話していたが、食べなくても分かるくらい食べ物ではなさそうだった。

「何だか落ち着かないよな。」
確かにめずらしく、ジラーがそわそわしている。
足がかすかに震えているようにも見える。
「大丈夫か。」
「もちろんさ、ただ寒いな。」
「ああ、でもヒーターは点いているよ。」

「月に着いたときのイメージさ。」
「ジラーは気が早いな。」
「用心するに越したことはないだろ。」

「ライアンこそ、何のスイッチを持っているんだ。それはクーラーのスイッチじゃないか。」
「そうさ、エネルギビイムの受け過ぎで溶けてしまわないか心配なんだよ。」

「相変わらずの心配性だな。」
「用心するに越したことはないだろうよ。」

「まーったく、うちの操縦士様に機関士様と来たら、困ったもんだい。この段階でそのスイッチは要らないからね、それからスーツが薄すぎるんじゃないですか。」
「ほらほら、いそいでくださいね。」

なるほど、ハントの言う通り。
僕らは緊張していたのだ。

「ハント、帽子裏っかえしだぞ。」
「分かってますよ、ライアンさん。」

どうやら、分かっていたらしい。
スパロがにやにやして言う。
「大丈夫かよ、3人さん。飛んでからアレが無いとか言うなよな。」
「そうさ、足りないじゃ済まないんだぞ。」

正直、飛ぶことに心配はなかった。
僕が心配しているのは帰ることなのだった。

「あんがとさん、ちょっと行ってくるよ。」

スパロスワロ兄弟に手を振ったら、ちょいと踏ん切りがついた。

「さあ、そろそろ行くか。ハント、空を読んでくれ。」
「あいさ。」

風が緩んでいくのが聞こえる、
地面が熱を帯びて、乱れた呼吸をだいたいに整えたら、
雲を選り分けた大空の向こうは透き通って、群青色が広がっていた。


「よっといせっと、今です。」
「今ですよーう。」
ハントが大きく旗を振り、エリマさんが大きく振り返した。
ちょっと遠くでスワロの声が小さくなった大声が聞こえる。

「スイッチON。」

グオン

地面に押し上げられる感じ、魚とは違う空を飛ぶ感覚。

フイイイイ

「高度200。」

やんわりと高くなって行く、まだまだ先は長い。
時計塔をやすやすと越える高さである。

ツウォン、フイイイイ

ちょっと速度が上がった。
「高度1700ですよ。」

フイイイイ、ルルルルル、ルイイイイ
軌道を支える補助エネルギビイムが起動した音がする。

「高度2900です。」

魚が普段目標にしている高度より高い、
だが今回はもっともっと高いところまで行くのだ。

「高度5200ですよう。」

「ぐぐ、アルバです、推定高度は6000よ。」
アルバから通信が来た。

「こちらはヒッポです、現在高度は5200。どうぞ。」
「ぐぐわ、ちょっと低いわね、こちら出力を200上げます。どうぞ。」

「了解。」


上昇スピードがぐっと上がった。
雲を下に見る景色、寒くなってきた。

「高度8500です。」
「エネルギビイム受光面の放熱を行うよ。ジラー、温度の確認を頼む。」
「了解、現在温度280℃。」

ガタン
「放熱開始。」

「現在温度270℃。」
「速度変化なし、高度13800です。」

「現在温度210℃」
「ライアン、魚の中の気温が低くなってるよ。今2℃だ。」

「了解、後2秒。」

「現在温度120℃だ。」
「OK、放熱終了。」
ガチン

「高度16700、寒いですよう。」
「了解。ヒッポ、室内ヒーターを点けよう。」
「分かった、ヒーターを点けるよ。」

地平線が曲線を帯びて見えてきた。
なるほど、地球はこんな姿をしているか。


「そろそろだな。」
ジラーが呟く。高度が正しければ確かにそろそろだった。
「ぐわわ、アルバです。あと30秒で一段目の最大支持高度よ。」
「ジラーです、了解。」
「総員、シートから離れるな。」
「高度22300です。」

高いというよりも、僕らの居たところが見えなくなって、果てしなくて、世界の見えかたがまるで異なっているのだった。

「ぐわ、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、最大支持高度よ。」

ドツン
物凄い勢いでシートに引き付けられる。
とたんに無重力のような感覚が僕らを襲う。

「速度減少、高度26700。」
「高度29600、31200」
「アルバ、今だ。」
ジラーが報告を入れる
ウィーン、ガシコン
リリリリリリ、ドゴーン

リフトされたステージから、さらにステージをリフトする。
ルルルルル、フイイイイ
「高度、35400ですよう。」
「ぐわわ、アルバです。第二リフトを稼働したわ、どうかしら。」
「こちらはヒッポ。高度35400、第二リフト稼働成功だよ。」

フイイイイ、フイイイイ

もう空とは呼べなかった。
真っ暗、真っ暗。辺りは一面、夜だった。
僕らの惑星が帰って眩しいくらいに。

僕はやっぱり思う、無事に帰ることが出来るだろうか。

「高度40000越えました、高度計が揺らいじゃってしょうがないですよ。」
ハントが落ち着かなくなってきた。

「ライアン、魚の出番だ。」
「了解。」

間もなく第二リフターのエネルギビイムの出力を制御して、魚は宇宙を泳ぐことになる。
この真っ暗な海で、魚はついに泳ぐことを始めるのだ。

「ジラー、初めてじゃないか操縦らしい操縦なんて。」
「どういうことだライアン、いままでもちゃんと操縦していたぞ。」
ジラーが笑いながら言う。

「いや、空気の抵抗もなく、本当に自由に泳ぐことになるからさ。」
「風があるのも素敵だっただろうよ。」
「そうだな。」
ハントが割って入ってきた
「道すがら何を感じるのも自由ですが、無事に目的地には着いてくださいね。
いま、一番ジラーさんが頼りなんですよ。」
「そういうこと。」

ジラーが思わずきょとんとおどけた後に言ってのける。
「分かってましたよ、ハントさん。」

ヒッポがにやにやしながら言う。
「地上に連絡を入れるよ、僕らは宇宙に出たようだって。」
「「おう。」」


沈まぬ星を見に来たのだろうか、
遠くの空を見下ろして、地上はおぼろげになり。
ときに渦を巻いて、所変われば風が叩きつける。

月、月、月よ。月よ。遂に我々はやってきた。
少なくとも、ロップじいちゃんには会える、そんな気がしていた。