宵明けの青空に -11- 市場での買い物

  







キャラン、キャラン、キャラン
キョロン

街の至る所で使い古されたベルの音が降り注いでいる。
市場はフェスティバルが近いとあって、活気づいていた。

エデュケスは教会と決別した組織であるため、名目上、収穫祭や神を祭る祝いではない。
カブラークス王国は科学技術をより重んじる国であった。
しかし、その知性を祭るというフェスティバルの主旨には信仰に似たものを感じていた。

「ほい、兄ちゃん。何が欲しいんだい。」
突然声を掛けられた。
この手のタイプは街案内だ、完全に苦手なのだが、
ハントに「彼らと交渉出来なくては良い買い物はできませんよ。」と、
なじられて以来、なるべく会話をするようにしている。

「そうだな、硬くなっても日持ちするパンあるかな。」
「お、日持ちね。あるよ、着いてきな。」

これは当たりじゃなかろうか。
「ちょっと待ってくれ、パンと一緒にもう一つ何かを買うよ。セットで安くなるよう交渉
してくれないか。」

彼はちょっと考えた風にして、
「そうだな、それなら駄賃もらってもいいかい。馴染みの店で良ければ俺が行くよ。」
「ああ、ちょっと号外なんかあると助かるな。」

「ほい、ここだ。」
「1人100トラスで300トラスでいいかな。」
「兄ちゃん、色つけてくれないのか。」
「何を言います。セットで安くなるよう交渉してくれるんだから、
1人あたり、90トラスで270トラスさ。駄賃は30トラス。とっておいてくれ。」
「なるほど、分かった。」

パンを3本と紙ぺらを3枚、シロップを3つ買った。
普段は失敗して懐を痛めるのだが、今回はそこそこ上手くいった。
だが、交渉があまりに上手くいってしまうとそれはそれで、申し訳なく思うのだった。

ドーグさんが言う、
「ライアンは普段はもの静かだが、交渉ができるとはな。」
「アルバは市場での買い物の経験はあるか。」

「ないけれど、やってみたいわ。」
「そうだな、ビットばあちゃんへ手紙を出そうか。便箋を買ってきてくれるかな。」
「分かったわ。」

アルバが便箋を買いに行っている間に僕らは、
紙ぺらをみて驚いた。

アカデメイが協会に宣戦布告と書いてある。
そして錬金術師と手を組むと書いてあるのだ。
「ドーグさん、これはどういうことです。」
「私も聞かされていない。そうだな、私はこの国にしばし残るつもりだ。ライアンはどう
するんだ。」
「僕は、」

「やったー、やったぞ。」
僕の声を書き消す物凄い大きな声に、
思わず僕は振り返った。
「ライアン、君はライアンさんだね。」
「ジョンさん。」
僕の声も思わず、上ずったけれど、
ジョンの意外な声の大きさに圧倒されていた。
しかし、そんなことよりも、ついにジョンが地上に下りてきたのだ。

「アルバはいますか。」
「いますよ。いま、便箋を買いに行ってます。」
「ああ、もう。嬉しくってしょうがない。」
ジョンは一目散にアルバのもとへ行く。
「はじめまして、ライアンさん。」
「私はガル、ジョンの家内です。長男のロビに、おじいちゃんのパロです。」
僕も言葉が溢れちゃってしょうがない。
「ご家族で魚を直されたのですか。」

ジョンに聞きたいことは山ほどあるのだ。
「はい、4人で参りました。」
「よくご無事で。地上にようこそ、ロビさん。」
よく考えると僕は迎える側ははじめてだった。
「ライアン君、はじめまして。君が魚で飛んできてくれたおかげだ。」
「ペンギンの夢の事情はアルバから伺っています。」
ものすごいしっかりとしたおじいさんだった。

アルバが便箋を片手にジョンさんと物凄い速さで飛んできた。
「ライアンさん、お父さんが、お父さんが。」
飛び跳ねちゃってしょうがなかった。

喜びも束の間、ドーグさんの声で僕は青ざめたのだった。
「ライアン、紫色を身に着けた人々に気を付けろ。」
かぶりを振って僕はジョンに話しかけたのだった。
「ジョンさん、一緒に喜びたいところですが、僕らは教会というものに追われています。」
「どういうことです。」
「魚の技術が狙われているのです。」
ジョンがぎこちなくなると、耳打ちしてこう言うのである。
「すまない、この街の掲示板に張り出してしまった。尋ね人のところに。」
「何て張り出したのです。」
「空を飛んだライアンという男を探していますと。」

心なしか紫が見える気がする。
「ドーグさん馬車はどちらに。」
「係留所だ。」

ちょっと遠いな。
「ジョンさん、みなさん。歩きながら話しましょう。」
「わかった。」

「魚はいまどこに。」
「隣の国の海の上です。」

僕はますます、早足になる。
「エデュケスという学術施設に向かいます、みんな走って。」

僕はときどき振り返って全員を確認しながら、
通りを風を切って走った。
「ドーグさん急いで。」
しかし、僕らははじめから四方を教会に囲まれていたようで、にっちもさっちもいかない
進路だった。
「アルバ、エデュケスに着いたら、オーパーツを見せてラーク先生を呼んでもらえ。」
「ライアンさん、どうするつもりです。」
「アルバをエデュケスに送りましょう。みなさん、分かりましたか。」
「嫌よ、もう。やっと会えたのに。」

エデュケス方面の街道に教会の人物が何人いるかは分からなかった。
しかし、ここはカブラークス王国だった、ルボータン王国の騎士がいるわけないし、
教会も派手には動けないはずだという安易な考えのもとに動いていた。

僕らは道一杯に広がった。
ドーグさんが捕まってしまう。
「何様か。」
「あなたに用はない。」
「何だと。」


次に捕まったのは僕だった。
「お前がライアンだな。」
「そうだが。」
「手荒な真似はしたくない。」
そう言って教会の男は妙な首飾りを手に取ると、祈り始めた。
「神よ、文明社会の秩序を乱す錬金術師に所業を改めさせなくてはなりません。」
「力をお貸しください。」

そう言って、妙な首飾りをこちらに向けて握りしめたのである。
何が起きたのかよく分からなかった。
「これで、お前の罪は神々の知るところとなった。」
「他の仲間は何処にいる。」
「分からないな。」
「ほざくな、ジラー、ハント、ヒッポは何処にいる。」
「今は別行動をしている。」
「まあいい、すぐに分かる。」

僕らの中に3人がいないことは確かだった。
「ルボータン王国の土地に足を踏み入れようものなら、神の裁きが下るであろう。」
「神に祈りを捧げよ。」

そう言って、彼らは去っていった。
「大丈夫かライアン。」
「ドーグさんこそ大丈夫ですか。」

「ジョンさん、巻き込んでしまって申し訳ありません。」
「いいえ、申し訳ないのはこちらです。」
「ライアンさんを探すのにあの紫色の者たちの力を借りてしまったのです。」

どおりで簡単に見つかってしまったわけだ。
アルバが複雑な顔をしている。
「しかし、なんなんだね彼らは。はったりだけかまして帰るだけとは。」
「おじいちゃん違うの、大変なことなのよ。ライアンさん、記憶はあるかしら。」
そうだった。教会の奇跡とやらが僕に働いているはずだと思った。
「あるみたいだ。」
「まずは、エデュケスに行きましょう。みなさん話はそれからです。」


安心していたわけではないが、
まさか本当に、教会に捕まってしまうとは思わなかった。
皆、無事でよかった。
ただ、朝ご飯のパンにシロップは不味くて仕方なかった。
そう、全く味がしなかったのだ。