宵明けの青空に -5- 魚の見ている夢のこと

  







ふよふよ泳ぐは、夜の海。
沈み込んでは宵の向こう側を探して、
浮き上がっては不安になる。



僕らの行く先には星が落っこちている、
1つ1つ拾い集めては、地図に書き写していった。


今日はいささか雲が多い、星繋ぎの法は機能するだろうか。
ハントが窓にぴったり張り付いては、カチカチと懐中時計のようなものを弄っている。
時折、地図を見ては時計を変えて、地図の上のコマの数を減らしていく。

しばらくすると、時計を見ながらポンポンのついた止めピンを地図に刺し始めた。
そうしてようやく、こう言ったのだ。

「魚は王国を外れて東に流されていますね、このまま東に流されると隣国の領地ですよ。」

僕らは王国の北にある辺境の地へ、船を向けていた。
そこは、錬金術師達が追いやられたと噂の秘境である。
しかし、錬金術師というものは、本来、王国と契約を結ぶものらしい。
王国から逃げ出した僕らと話をしてくれるかは、分からなかった。


「ジラー、代わろうか。」
「なに、まだいけるさ。と、言いたいところだが、代わってもらうかな。」
「とっと。」
ジラーがちょっと、よろけた。座りっぱなしだからしょうがない。

「そうだ、朝方になったら、それぞれ持ち物を確認しよう。」
そういえば、そうだった。
ただ、嬉しそうに言ったジラーは一体、何を持ってきたのだろうか。

実は動いている魚の操縦席に座るのは初めてかもしれない、
フィッシュ・ジェット2号は1号と異なり、メインエンジンの他に3つ動力源がある。
そして、鱗のように見える外装は油膜のような干渉縞を描き出している。
油膜を張っているわけではないが、魚の夢に出てくる処理に従うと、
そんな色に成ってしまったのである。

方向転換はフラップを出すことでもできるのだが、
基本的には尾びれを傾けることで行う。
燃料は液体燃料を用いているが、正直、問題である。
もう、すぐさま減っていくのだから。


それにしても、魚の夢の書き主は一体、誰なのだろうか、
ふとそんなことが頭をよぎっていた。
この魚の夢には、素晴らしいアイデアが沢山詰まっていた。
だが、いつも何処かしら重大な欠陥があって動かないようになっていたのだ。

それはそれで、今、思い出しても美しい。そして素敵だった。
しかし、いま、ふと思うのだ。
魚の夢で解釈できない事柄がまだいくつもあるのだ。
だが、魚の夢に書いてある大体は頭の中にあるような気がしている。

次に何を教えてくれようとしているのだろうか。
僕はもっともっと知りたい、そう思えたのだ。

だがその一方で、こうも考えてはいた。
現実に魚の見ている夢のことである。
つまり、何故魚になぞらえたのかということだ。

もし、僕が魚だったら、どんな夢を見るだろう。
今よりもっと速く泳ぎたいと願うだろうか。
今よりもっと強くなりたいと願うだろうか。
それってつまり、よりよい魚になりたいってことじゃないか。

いや、違うぞ。僕だったら、

「ライアンさん何、難しい顔をなさってるんですか。」
「高度は2500ですよ。」

「そうだったね。」

「うちの操縦士様ときたら、困ったもんだい。」
「すまない、魚の夢について考えていたんだ。」
「魚の夢ですか、私にもたまには読ませてくださいね。」
「そうだな。」
「魚の夢があるのかしら。」

「そうでした。」
アルバの声に思わず苦笑いしてしまう。

「いえ、責めているわけではないんです。」
「私も読んでみたくて。」
そりゃあ、そうだ。
アルバならもしかしたら何か新しく見つけ出すかもしれない。

「隠していてすまない、これが僕らの見つけた魚の夢だ。」
僕は一冊の手帖を手渡す。
「アルバさん、次は私に貸してくださいね。ライアンさんに返すとなかなか貸してくれませんから。」
「ふふふ、そうですね。」
ハントの声が聞こえたのか聞こえなかったのか、
アルバは嬉しそうに手帖を読み出すと、目をパチッとさせて感嘆の声を何度も上げていた。

「ああ、もうっ、羨ましい。一緒に読ませてください、アルバさん。」
ハントが飛んでった。楽しそうである。

仕方ないので、しばらくしてから。
「ハント、高度は。」

「は、はい。」
「2、千と。2450です。」
「はい、うちの副操縦士様ときたら困ったもんですな。」
「ぐっううん、そうですね、ライアンさん。」

ついにハントをやり込めたのである。
気分はいいが、ハントも疲れているのだろう。
「ハント。疲れたのだろう、ヒッポと交代しないか。」

ちょこっとだけ間をおいて、ハントは言うのである。
「そうですね、ありがとうございます。ヒッポさん起こしてきますね。」

段々と、夜が明けてきた目的地はもう近いのではないだろうか。


深海の様な暗闇を抜けて、また煌めく朝を迎える。
魚は上下にうねってはすいすいと秘境へ進んでいった。
その先に未知があり、
やがて知に繋がるだろうこと、それを信じて止まないのである。
ただ、見失ってはいけない重大なことはその先にある、
そんな気がするのだ。