宵明けの青空に -15- ロップじいちゃん

  









「メインエンジン点火、逆噴射用意。」

ギシン、ガタラン
ゾゾゾン、ゾゾゾン、ゾゾゾン
魚の換装されたロケットエンジンが火を吹いて。
月とは真逆の方向に機体を推進する。

第二リフトからのエネルギビイムを操縦し、
月へと押し進む。

ジラーが慎重にエネルギビイムを操る。
「む、むずかしい。」
そうして呻いている。

「何だか、回ってはいませんか。」
「確かに、どっちを向いているんだ。」
ジラーが、顔を上げた。
「向きね、なるほど分かったぞ、任せろ。」
目を覚ましたように、そのトリガーをぐいっと引く。

とたんに、
グワン、ガタタン
「わあああ。」

ものすごい勢いで回転する。
「もう一丁。」

ガガカカカ、ガカ
回転が緩む。
「もう2点欲しいな。」

ピタリ
回転が止まった。

操縦棹回りを覗いてみると、メインエンジンに、エネルギービイムが4機、出力されていた。

「もうちょっとですね、わくわくしますね。」
ハントの目が爛々としている。

「数日はかかるだろうよ。」
「分かってますよ、ライアンさん。誰が計算したと思っているんですか。」

そうですね、ハントさん。
そうして、僕らは月へ向けて飛んでいたのだった。

ヒッポが言う。
「何だい、神様なんていないじゃない。」
「神様なら、いますよう。」
「え、だって、神様は空にいるって聞いたんだけど。空は神様どころか、星だってまばらじゃない。」
「ハントは、神様を信じているのか。」
ハントが指を振る。
てってっ、って具合だ。
「神様はいますけど、神様を信じたって仕方ないですよ。神様は自信のある人のところにいるんです。」
「なるほどね、こんなのみんな自信なくしちゃうんじゃないかな。」

数日かけて月へ近づくと、今度は違う回転が始まった。

「流されてますよう。」
「了解、メインエンジンを一度切る。着陸まで、一時的に加速しよう。」
「了解。」

結局、予定着陸地点を大きく外れてしまったのだが。
僕らはついに月へ到着した。

月へ到着すると、早速お出迎えがあった。
「きさんら、何奴じゃい。」

もう、言うまでもない、ロップじいちゃんだった。
僕らは魚の夢を突きだすと、こう言ったのだった。
「僕らは魚の夢を叶えたのです。」
「魚だってえ、魚じゃ飛べんわい。」

「見てください、魚なんですよう。」
「僕らは空を飛ぶ夢を叶えた魚なんだ。」

「なんほどな、魚が飛んじまったってか。」
「うさぎだって月まではとびませんよう。」

「何言ってやんだい、おいらを見やがれ。」
「魚だって、月へ夢を見ます。」

「てえと、おめえら。魚で飛んできたってのかい。」
「だから、そうなんですよう。」

ロップじいちゃんはまだまだ元気だった。
ビットばあちゃんは喜ぶのだろうか。

「ロップさん、噂に聞いています。オーパーツを破壊しに月へ来られたのですよね。」
「ああん、よく知ってんな、誰から聞いたんでい。」
「パロさんから、聞きました。」
「ああ、あの若造か。良くできたやつでな、神ノ木で出会ったんじゃ。すると、おめえら神ノ木にも行ったってのか。」
「はい、そうです。」
「なんほどな、なんほどな。すげえな、すげえな。おめえさんたち、魚でここまで来たってか。いやぁ、たまげた。おいら、泣きそうだ。」
ロップじいちゃんは本当に泣いていた。

「で、地上はどうなんでい。」
「今、ルボータン王国では、協会が異端尋問を行っています。アカデメイは協会と決別し、錬金術師と手を組みました。」
「なんほどな、ウルの馬鹿たれもようやく動いたってえか。そうとなったら、話は早え。月の裏までいくしかねぇな。おめえら、名前はなんてんだ。」
「ライアンです。」
「ジラーです。」
「ヒッポです。」
「ハントです。」

「どうだ、爆弾でも持ってきたかい。しっかし、あの障害が強くて、オーパーツにゃ傷ひとつ付けらんねえよ。」

爆弾なんか持ってきてなかった。
しっかし、よくしゃべるじいちゃんだった。いささか、面倒くさいところはあるけれど、粋が似合う人だった。

魚とうさぎはピューンと飛んで、
飛んでった先は月の裏側。大きな穴が2つに、崖下り。
海が広がった先の影になっているところに、
無数の爆撃の後があった。
その中心には、オーパーツと思わしい小型装置が隠れていた。

「ここだい、爆弾を百発近く打ち込んだっけな。」
「良く残っていますね。」
「おめえら、あれどうしたら壊せると思う。どうやら、障壁で守られてるみてえなんだ。」

ロップじいちゃんが小型装置に向かって石っころをなげた。

ドーン(音にするならこうだろう。)

たちまち、石は砕けてしまった。
「ひえええ、怖いですよう。」
ハントがおののいた。
「あんな、爆撃はこんなもんじゃ済まねえよ。」

ジラーがピストルのようなものを格納庫からとってきた。
「ピストルかい、やってみい。」
ロップじいちゃんが促した。
「いきます。」
ジラーが構える。

チュン

ドーン(先程と同じ爆発がした。)

「どうするんだよ、これ。」
ヒッポが考察を述べる。
「速さじゃないんじゃないの。」
「じゃあ、何だろうか。」
「威力とか。」
「それはつまり、速さってえ事かもな。」

あの壁を貫く威力のあるもの、だとすると。
メインエンジンだろうか。しかし、あの装置を無事に破壊できる自信はまるでなかった。

「むむ、ライアン。壊せなかったとしても。あれを持ち帰る方法はないか。」
「それこそ、無理があるだろう。あんな危険なもの、どうやって運ぶどいうんだ。」

「エネルギビイムでも送ってみるか。」
ロップじいちゃんが面白そうに聞いている。
「エネルギビイムかい、なんほどな。よくみとけい。面白いぞ。」
これまた、ロップじいちゃんに促されるまま、僕らはエネルギビイムの照準を装置に向けた。

「ジラー、何が起きるんだろうか。」
「分からん、壊れたりじゃないと思うんだが、怖いな。」

恐る恐るジラーがトリガーを引いた。

ジイイイイイイン

一瞬、僕らの視界が真っ暗になった。
「なんほどな、これはおいら達の視野ってもんに、エネルギビイムが作用してるってだけよ。危ねえからそれ以上は撃つなよ。」
視界が無くなった、一瞬、遅れて装置の周りを半透明な四角い箱が覆い被せているのが見えた。

おそらくエネルギビイムに関係した何かで守られている。

動力源はきっと装置の中だろう。
ということは、何かを突破しないと、これは破壊できないことになる。

「むむ。」
しかし、動力源も分からなければ、箱が生じる原因の何かも全く不明であった。

協会の奇跡。つまり、結局はオーパーツなのである。
こいつをぶっ飛ばすくらいぶっ飛んだ技術がないと、もうどうもこうもいかないのだった。

「参ったな、オーパーツを越える技術が現代に存在するとは思えないな。」
「ライアンらしくない言葉だな。」
「爆撃でも壊れないんだぞ、何をしても無理かもしれない。それに、地球に帰らなければ、僕らはここで干からびてしまう。」

「まだ、3日はあるでしょう。それまでは考えていてもいいのではないですか。」
「そうだよ、教会の奇跡で困っているのはライアンだけではないんだし。粘るだけ粘ったっていいんじゃないの。」
「分かってる、味のする食べ物が恋しいんだ。」

「そうですよね。けど諦めるのはどうかと思います。」
「ハント、分かるさ。けれど、帰りのことも考えておく必要はあるってだけで。」
「そうですね。あれ、味のする食べ物ですか。ん、んん、んう。」

ハントが口ごもった。
「ライアンさん、んー、星の実って覚えてます。」
「ん、あるよ。」

「え、あるの。」
「あるのかよ。」

「これってまだ、正体不明でしたよね。」
「そうだっけ、食べ物だったような。」

4人の目がちょっとだけ怪しい。
「こんな怪しいものオーパーツじゃないわけありませんよう。」
「確かに、でもただの鉄の塊にも見える。」
「ただの鉄の塊が、ずーっと光ってるわけないだろ。」
「確かに、けど何に使うんだ。」
「だから、食用じゃないの。」
「誰が食べるのさ。」
「星に住む人々ですよう。」

「「分かってるよ。」」

食用オーパーツな訳がない。

「何だい、楽しそうじゃねえか。ライアン、なんだその光ってるのは。ってえ、それはそれはなんだこれは。何だ、新種の爆弾かい。」
「えと。」
「撃ち込むにはピッタリの形じゃねえか、ただよう、1発しかねえのかい。」
「そうなんですけど、爆弾かどうかは定かではないので。」

「何かに使うのかい。」
「いえ。」
「だったら、撃ち込むってのも悪くはねえよな。」
「お守り、なんですけど。」
「そうかい、じゃあ、止めだ。けれど、重さと言い硬さと言い、この世のもんとは思えねえな。」

なんですと。
「本当ですか。」
「ああ、おいらの目に狂いはないぜ。こいつはきっと旧文明の爆弾だ。」
「撃ち込んでみましょうか。」
「いいのかい。」
「ええ。」

あっさりとそそのかされたあと、もう一回聞かれたのだった。
「ライアン、1発しかねえのかい。」
「ないです。」
「そうかい。」

ピロプロパロ
うさぎの主砲が起動する。

ガッタン、5人はうさぎに乗り込んでいた。
「ハントちゃんよう、照準はいいかい。見えねえんだ。」
「ばっちりですよう、私は目が良いのです。」
「はい。ヒッポ、エネルギーは溜まったかい。」
「95%です、あと5%で溜まります。」
「ほい。ライアン、星の実爆弾はセットできたかい。」
「ええ、できました。入っています。」
「よし。ジラー、100%になったら、トリガーを引いてくれな。」
「ジラー、100%だよ。」
「了解、発射します。」

カチ
ズキュリイインリイインリイイン

ギイン、ギインギインギイン
カチカチカチカチ

バシュン

ガチャン

「あんりゃ、爆発しねえな。」
「しませんねえ。」
「でも、装置まで届いたよね。」

「石でも投げてみようか」

ひょん、カタン

「あっけないですねえ。」

どうやら、障壁は壊れ、装置も壊れたようだった。
なぜなら味覚が戻ってきていたのだ。本当によかった。

そして、星の実は形をとどめ、まだ光っていた。
お守りとしては上等、上等、最上等だった。

「おめえら、よくやったじゃねえか。けえるぞ。」
ロップじいちゃんは素直じゃなかったけど、
スキップするかのように身体が弾んでいた。
けれども、後姿がやっぱり泣いていた。

「ロップさん、これからどうします。」
「これから、ってえと、何だい。」
「僕らは地上へ帰ります。」
「おう、おいらも連れて行ってくんねえか。」
「ただ無事に帰れるかは分かりません。」

「何とかするっきゃねえな。」
「それでは、帰りましょうか。」
「「おうよ。」」


僕らは魚に乗り込むと、地球に向かってメインエンジンで飛んで行ったのだった。

魚はついに第二の夢を叶え、ウサギの夢を叶えた。
次に挑むは人類の夢か、人の夢とは何処にあるだろうか。

旅する魚は一体何を見つけたのだろうか。
それはきっと、自分なのではないだろうか。



















「ブースターロケットエンジン始動。」

「そんなのついてたんですか。」
「ありましたよ。」
呆れて僕が言うと
「分かってますよ、ライアンさん。」
ハントは相変わらずだった。

「ハント、月を間近で見てどうだったんだ。」
「月、ですか。そうですねえ、予想通りでしたね。」

「予想通りか、なるほどね。」
「私は目が良いのです。ただ、本当にうさぎさんがいるとは思いませんでしたけどね。」
「なんじゃい、うさぎがいちゃ悪いんか。」
「違いますよう、月にはうさぎはもともといなかったんですよう。」
ハントがロップじいちゃんにシメられている。


どうやら、真っ先にシリンダーを塞いだのはハントかもな。

「ライアンさん、あなたに賭けて良かったと思っています。次は何処へ連れていってくれるんですか。」
「何だ、もうリクエストが何処かに潜んでるんじゃないだろうな。」
「そ、そんなことないですよう。」

「おーい、そろそろ座ってくんないか。地球が近いぞ。」

圏内に入った僕らは、座席に着いた。
「ぐ、ぐわ。アルバです。ロップさん、ロップさんはパロおじいちゃんの師匠だったんですね。」
「そうさ、パロはおいらの弟子さ。」
「ぐぐわ、それでは、地上まで誘導するわ。」


沈まぬ星の観測点を抜けて、
僕らは物凄い速さで空へと戻っていった。

それこそもう、流れ星みたいな速さだった。

ギューン


「パラシュートを展開するぞ。」


シューン

ドーン

僕らは海に落ちた。
海鳥が通過してゆく。
魚は波に揺られている。
アルバからの連絡で、僕らは救助を待つことになった。

2時間ほど経っただろうか。

辺りの波がうねり始めたのだった。
「おおおう、うねるねえ。」


カン
何だか急にハッチが出て来て、開いた。
「ライアン、久しぶりね。」
「たっすけっにっきったよん」

「スノーさんにトロイアさん。」
「喋れるようになったんですね。」

「よくやったわ、褒めてあげるわ。」
「すごいよ、君たち。ロップさんもいるんだよね。」
「おうよ、錬金術師たちかい、あんたらもよく我慢したねえ。」
「本当ね、それはあるわ。」

「ところで、ライアン。ハントちゃんから、次の冒険については聞いてるの。」
「いえ。」
「次は、海なんてどう。」
「海、ですか。」
「おーたかーら、さーがしーだよー。」

「いいなあ、おいらも宝探ししてえなあ。」
「行くならこの船に乗せてあげるけど。」
「根暗の姉さん、さっすがあ。」
「スノーさんとお呼び。」
何だか、何だかみんなニヤニヤしている。


「もちろん行きますよ、まったく。機関士も無しに旅しようなんて甘いんですよ。」
「おっ、ライアン君来るのかい。」
「え、めずらしい、ライアンさん一番乗りですか。」
「操縦士も入れてくれよ。」
「整備士だっているんじゃないの。」
「航海士も要りますよう。」
「天才技術者のおいらだって要るだろ。」

「はい、決まりー、みんな乗って。ザクザク海の底は広いわよー。」
「の前に一旦帰るよー。へとへとでしょ。」


トロイアさんの言う通り、もう、僕らはへとへとだった。

空は海みたいで海は空みたい、
僕らときたら、泳げないし、飛べないし、
それでも、冒険しようよ。
歴史に残る巨大惑星(メガスター)、そんなの今だけなのだから。