宵明けの青空に -6- パンと私たち

  








しまったな、スプーンがない。
借りたくない、貸したくもないだろうけれど。

どうするか、潔く借りるべきだな。
「ライアン、済まないがスプーンの予備はないか。」
「ないな、代わりといっては何だけど、フォークでもいいかな。」

我ながら情けないが、嬉しい。
ライアンがしっかりしていて良かった。

そのときヒッポがこう言うのである。
「僕も忘れちゃった。」
「私のフォークを貸してあげましょう、大事に使うんですよ。」
ハントが揚々と言う。

仲間がいた。
わずかに落ち着きを取り戻して、カチカチのパンをかじる。

カチカチのパンといえば、
ほれきた。

ライアンがパンを金属ケースに入れ、
中に水で薄めたシロップをかけたものを、
ヒーターの前にぶら下げている。
柔らかくはなっているようだが、
パンが勿体なくて真似ができない。

ライアンはカチカチのパンより、
ずっといいというが、どうなんだろうか。
正直なところを言うと、一度食べてみたいんだ。

「ライアンさん、そのケースに予備は無いのですか。」
「ないな、あのケースは作るのが大変だったんだ。」

嘘でしかない、どうみてもただの箱だ。
今すぐ出来るものではないが、
ライアンの言う、大変だったんだには嘘がある。

「ヒッポさん、知ってますか。とあるですね、白いですね、」
ライアンの表情が変わる。
「まあまあ、待ってくださいハントさん。パン一欠でどうかな。」
「いやいや足りませんね。」
「だいたいが、守秘義務違反ではないかな。」
「何があったの。」

「ヒッポさんは待ってて下さい、交渉中なんです。」

ハントが吹っ掛け始めた、
これは面白い、さてどちらに乗るか。

「二欠でどうか。」
「んー、どうしますかね。」
完全にハント優勢だ、
ハントがちらりと俺の方を見る。なるほど。
ふふ、面白いじゃないか。

こそりとヒッポに耳打ちする。
「本当のことが知りたいなら、ここで手を打たせてはいけないぞ。」
「どういうこと。」
「さあな、自分で考えるんだ。」

ヒッポの反応が思ったより鈍い、
まだ気付いていない事件だ。
ライアンがすかさず言う。

「分かった、分かった。君たち、望みはなんだい。」
「そのケースをみんなの分も作ってください。」
「そうだな、一度食べてみたいよ。そのパンを。」

「分かった、作るよ。」

ライアンがしぶしぶ了承する。
「何だか良く分からないけど、ライアン何したの。」
「ごめんなさい、ヒッポさん。何かしたけど言えません。」
「ええ、ちょっと待ってよ。」

ライアンがケースから、パンを取り出す。
「ほい、パンが柔らかになりました。」
「みなさん、口を開けてください。」

ハントの口にパンの大きめな一欠が入れられると、
俺の口にも柔らかになったらしいパンが入った。

ああ、なるほど。
これはこれは、うん、カチカチのパンよりもだいぶ食える。
固いパンをかじかじしていたアルバも、
口にパンが入ると、
僕らの気持ちが分かったらしい。

ヒッポも口を開けると、四分の一くらいのパンの塊を放り込まれていた。
物理的な口封じだ。

「それはそうと、錬金術師を探さないと。」
早速、ライアンが話題を変えてくる。
「そうだな、一通り食べたら、行くか。」
「そうですね、ごちそうさまでした。」

ヒッポがまだ、ふがふが言っているが、
錬金術師を探しに、辺境の地に降り立ったのである。


「寒い。」
「また寒い。」

「そんなに必死にならなくても平気よ、きっと父なら降りてくるわよ。」
アルバが言う。

「でも、僕らだって頑張らないと。」
「そうね、でもお父さんにも頑張って欲しいかな。」
「待ってるわけにもいかないよ。」
「そんなに気負わないでほしいってことよ。」

「ありがとう。」
逆に気を使われてしまった。
お互い、寒さでジョンのことを思い出したのだろうか。

この辺境の地は、人の気配が少ない。
けれど、動物がいるわけでもない。
草木が合間合間に生えているが、鬱蒼としているわけでもない。
建屋が密集しており、風化している。
そんな言葉が似合っていた。

「人なんか住んでいるのだろうか。」
「僕らの暮らしとは、異なりそうだな。」

人々が住んでいるとするなら、この古代文明の跡のような、
カチカチの四角い建屋の集まりだろうと思われた。

1-Cと書かれた区画で中を覗くと、本が管理されていた。
綺麗に並んでいるのである。

右に曲がると6-Aと書かれており、何やら大きなマシンのなりかけが置いてあった、

小声で話す。
「ライアン、あのマシンどうだ。」
「どうって、分かるわけないだろ。」

どうって聞かれても、分かるわけない。

ぐるぐる回っているうちに3-Cに着いた。
「誰もいないな。」

ギギギギ
「「ひぃ。」」

後ろで木馬が風に揺れていた。
誰もしゃべることが出来なかった。

ライアンが足早になった。
「どうしたんだ。」
「ちょっと怖くなったのさ。」
「絶対に置いて行かないでくださいね、もう怖いったらないですよう。」

「いや、そうじゃないんだ。しばらくしてから話すよ。」
スタスタ、スタスタみんなで歩く。

しばらく進むと、2-Bと書かれている区画を見つけた。
そこには、暖炉があり、1人がソファで本を読んでいる。

早速、ライアンが声を掛ける。
「失礼します、錬金術師の方ですか。」

すると、その人は驚いて飛び上がっちゃってしょうがなかった。
声にするとこんな感じらしい、
「ひぃ、いいいいいいいい。だ、だれ。きみたちはだれよ。」

僕らには全く聞こえなかった。
沈黙が流れた後、
向こうがペンを取り出し、さらさらと書いて僕らに見せた。
「そうだが、君たちは何者なの。」

僕らはきょとんとしたが、
やがてライアンがこう言ったのである。
「僕らはアカデメイの学生です。」
向こうは怪訝そうになり、
「アカデメイの学生が何の用でどうやってここに入って来て、」
そこまで書いて、書き直した。

「私の名前はスノー、残念ながら喋ることができないの。君たちの名前は。」

みな、一様に自己紹介をした。

スノーは、ほっとしたようで、
「驚かせるんじゃないよう全く、ところで。」
アカデメイの学生が何の用のところをつんつんしている。

「神ノ木について何か知りませんか。」
「神ノ木って何。」
「雲の上にある街です。」
「興味深いわね。でもその前に、どうやってここに入ってきたの。」

「私たちは空を飛んできたのです。」
「空を、錬金術師なわけね。」
「いいえ、協会から逃げているのですよ。」
すると、スノーは驚いて、
「此処にいてはいけないわ、君たち。」

「ここは危険なのですか。」
自分も思わず聞いてしまう。
けれど、スノーはしばらく考えてから、
「街に比べたらさほど。」と書いてくれた。


錬金術師と聞いて僕らは危険なイメージを持っていたが、
スノーはまともだった。

「何故しゃべることができないのです。」
「奪われてしまったからよ。」
「教会にですか。」
「そんなところよ、王国と言った方が正しいかしらね。」

僕らが喋ろうするのを、スノーが身振りで制した。
「私の技術がこれ以上広まらないように、それに尽きるわ。」
「何を作ったかなんて書かないわよ。」

今、思えばとても静かな会話だった、
「あなたたちは非常に若いわね、一体、何に気が付いたの。」

ライアンが答えようとする、
「僕らは魚の夢を読んでここまで来ました。」
すると、スノーが首を振って微笑む、
「答えになってないわ。でも、後で見解を聴かせて欲しい。」

魚の夢を知らないのかと思うと、
分かってないのはスノーの方ではないか、そう思えた。

ハントがゆっくりと問いかけた。
「どれが良いでしょうか。」
「とっておきを頂戴。」
「この地球においては、私たちこそが時代錯誤な遺品(オーパーツ)なのではないですか。」
「私にはそう思えてならないのです。」
「なるほどね、面白いわ。」

「じゃあ、そのオーパーツは何処からきて、どう残ったっていうの。」
「きっと、何周もしているのでしょう。」
「高度な文明が無かったことになってしまうのはなぜ。」
「作ることの出来たものが作れなくなってしまうからでは。」
「なるほどね。」

ハントが普段考えていることに、ほんの少しだけ触れることが出来た気がした。

「ライアンくん、魚の夢は誰が書いたと思う。」
「僕らの祖先ではないかと。」
「そうね、今の話を聞いてどう、どのくらい祖先だと思う。」

オーパーツと魚の夢の話が繋がった、気がする。

「それじゃあ、魚の夢について見解を聴かせて。」

1拍、間をおいて、ライアンが答える。
「魚が、より良い魚になるという夢を持つでしょうか。」
「なるほどね。」
スノーが言った。

「ジラーくんは魚の夢って何だと思う。」
「空を飛ぶことではないですか。」
「それは、その手帖に載ってる魚の夢よね。」
そうだけれども。
「答えは自分たちで見つけ出さなければならないわ。」

あまりピンと来なかったが、ライアンが続ける。
「自分たちの可能性を追求したい。」
「僕が魚だったなら、よりよい魚になるのも勿論いいけれど、
まず、僕は僕になりたい。僕という存在にできる最高のことをしたい。
それこそが僕なんだ。」
「私も、同じよ。」

ライアンの答えに僕は驚いていた。
そういう意味で言えば、僕はよりよい人になることを目指している節があった。
しかし、ライアンの「僕は僕になりたい。」の声で、
「答えは自分たちで見つけ出さなければならない。」という、
スノーの言葉が分かるようになった。

「貴方たちはこの文明に何をもたらすのでしょうね。」

そのときスノーは、はっとしたように答えた。
「神ノ木ね、魚の夢と同じく夢を見ているのよ。」



僕は僕になって、何をするだろう。
ただ、スノーと話して、何となく分かったことがある。
僕という存在にできる最高の夢を見たい。
そう考えると、
空に住居を構えた神ノ木に住む人々の祖先は、
よりよい何かを目指す人々と、
さらに自分を追求した人々の結果なんだと思うんだ。