宵明けの青空に -13- まんまるの月

  








エデュケスで合流した僕らは、これからのことを話し合っていた。
ハントが望遠鏡を覗く頭の上には、
まんまるの月が浮かんでいる。

ハントが問い掛けてきた。
「どうしたら、あの月の裏側が見えるのでしょう。」
「大きな鏡でもあればいいけどな。」

ジラーがスプーンを削り出しながら、相槌を打ってくれる。

「鏡なんか在りっこないですよう。」
「じゃあ、月が回るのを待つか。それとも、僕らが回るか。」

「もちろん、私達が回りましょう。」
「まあ、待つよりましだな。」

「だけれど、オーパーツがあることが、はっきりしない以上月に飛んで行くのは賢明とは言えない。」

「そうですけども。」
ハントが焦れったそうにしているが、実際、空振りになってしまったら、帰るのも大変である。

お月さまとともにジラーが顔を上げて言う、
「ライアン、結果にこだわりすぎてないか。」
「それとも言いにくいことだが、食べものの味がしないのが辛いのか。」

確かにそうではあった、月に飛んで行くだけでもひとつの成果だってのは分かっていた。
しかし、僕はどうにか味覚が元に戻らないか、それが気にかかってしょうがなかった。


そのときだった、
「む、むむむむむ。」
「どうした、ハント。」
「何かいます。」
「え。」
「ライアンさん、月の端の方の海に動くものが見えますよ。」
「嘘だろう。」

思わずハントに促されるままレンズを覗くと、
何やらこそこそと黒光りする板を日当たりのよい角度に向けては、
クレーターの影に潜む良く見えない何かが見えた。

「これ、何だ。」

直感ではもう、そこに誰がいるのか分かっていた。
しかし、大きな声で言うのは憚られた。
何せ、僕でさえこんなにも驚いたのだから。

ジラーにヒッポが飛んでくる。俺が解いてやるよと言わんばかりに見せ掛けて、
新しい発見ではないかとわくわくした顔である。
「何だ、うさぎでもいたのか。」
「レンズに虫でも付いているんじゃないの。」

ハントが抑えきれずに言ってしまうのだった。
「宇宙人ですよう。」

4人でわいのわいのしていると、
席を準備していたジョンさん達一家が、ゆったりとこちらへ歩いてくる。
「何です、何か見つかりましたか。」

僕は観念してジョンさんに言うことにした。
「月にロップじいちゃんがいます。」
「またまた、冗談もほどほどですよ。」

そうしてジョンさんはレンズを覗いて驚いた、
「この腕みたいなのは、う、うさぎの夢ですか。」
「ロップさん、ロップさんなのか。」
いつのまにやら、パロおじいさんも見に来ている。

「これは、いけません。今すぐですよ、今すぐ。」
そう、今すぐ、今すぐどうしたらいいのだろうか。
ビットばあちゃんに教えてあげたいがそうもいかない。

そのときパロおじいさんが言うのだった。
「ライアンくん、雲雀の夢を追ってみないかね。」
「鳥の夢ですね、しかしすぐには難しいでしょう。」
「もちろん、すぐには難しいだろう。」
「だが、もっとたくさんの人の力を借りてみてはどうかな。」

「そうね、ドーグさんだって協力してくれるって言ってたじゃない。」
「ラーク先生だってそうよ、それにアカデメイの皆さんなら、きっとものすごく心配しているはずよ。」
アルバが見回して言う。
「秘密の冒険で終わるのもいいけれど、ライアンさんならできるはずよ。」

「ほれほれ、言った通りではないですか。だいたいライアンさんの夢が私の夢に大きさで負けては困りますよ。」
ハントが僕にとどめを刺した。


「そうですね、何とか月へ飛んでみましょうか。」
「じゃあ、まずどうするよ。」
ジラーが椅子にまたがってこちらにあごをしゃくる。

「どうするかな、まず魚が空を飛ぶには翼を選ぶ必要があったのを覚えてるだろうか。」
「覚えてるよ、最初は魚の夢は全然読めなかったよね。でも、たしかハントが泳ぐのにはひれが要りますよう。
だから、飛ぶには翼が欲しくはないですか。って言ったのを覚えてる。」
「そのあたりからだよな、魚の夢が読めだしたのって。」

アイスココアがみんなの席に行き渡った。
「そうだね、だから今回、雲雀の夢に翼は要らないと思う。他の何かを選んでいるはずだ。
その方針で雲雀の夢を追っていこう。」

ココアをひとすすりしてパロおじいさんが僕に声を掛ける。
「ライアンくん、鳥の夢、魚の夢はもともとオーパーツだというのは知っとるかね。」
「オーパーツなのですか。」
「つまり、君が持っている魚の夢、私どもの持っている鳥の夢という手帖は実は現代語に翻訳されたものだ。」

な、なんですと。
僕らの持っているこの手帖は翻訳されたものだったとは、知らなかった。

「じゃあ、この手帖は誰かが訳したものなのですね。」
「おそらくロップさんだろう。」

「ライアンさん、ラーク先生から受け取ったオーパーツをパロおじいちゃんに見せてほしいの。
鳥の夢の一部をロップひいおじいちゃんと一緒に、むかし翻訳したから、
もしかしたら、読むことができるかもしれない。」
そういえば、僕らはアカデメイからオーパーツを受け取っていた。


僕はオーパーツを袋から出してパロおじいさんの前に広げた。
「むう、何だろうかね。昆虫の夢といったところかな。」

昆虫の夢、昆虫が夢見ることと言ったら何だろう。
言葉を話すこととかだろうか。

パロおじいさんがペラペラとページをめくっていく。
「ん、これは、太陽、だけじゃないな、エネルギビイム伝送といったところか。」
「エネルギビイム伝送ですか。」

ジョンさんがココアを一息に飲むと、
「それ、ロップおじいさんのうさぎの夢についているものではないでしょうか。」
「そうだそうだ、まさしくそれだ。」
「だとしたら、ロップじいちゃん燃料切れとかで帰ってこれないとかだったりするんじゃないの。」
ヒッポがココアの残りをつつきながら言う。

ジョンさんが立ち上がる。
「大変だ、どちらも今すぐ完成させないといけない。」
「まずは落ち着きましょう、完璧に完成させるそれが何よりの近道です。」
ラーク先生がアルバに呼ばれてやって来てくれた。

「ライアン君をはじめとした君たちは雲雀の夢を完成させたまえ。」
「ジョンさん、はじめましてラークと申します。もしよろしければ、
こちらでそのオーパーツに記載の古代技術を完成させてはみませんか。」

願ったり叶ったりだった。

「それから、ライアン君。」
「はい。」
「エデュケスとアカデメイは協力関係にある、カブラークス王国もルボータン王国との戦争を避けたい。
つまり、協会の奇跡を食い止めないと戦争につながりかねん。よろしく頼む。」
「いま、ルボータン王国では、神への信仰がない者へは神罰と称し、
従来、協会の奇跡と呼んだ、錬金術師への攻撃を繰り返しているそうだ。」
「その関係もあり、アカデメイの学生がエデュケスへ逃げ込んでくる。
彼らと協力し、雲雀の夢を完成させてほしい。」

「ラーク先生、月にオーパーツが存在するという根拠はどこにあるのでしょうか。」
「実は何処にもない、あえて言うならば、カラスの証明のようなものだ。」
「きっと、その根拠を見出すために探し尽くすことなどできない。だから、まずは月からなのだよ。」


僕もやっと感覚で理解ができた。



魚の夢が鳥の夢が昆虫の夢が、僕ら人類の夢が。
いずれはきっと同じ一つの夢を見るのだろうか。

いいや、全くそんなことは無さそうだ。
この空は、遊びつくすには広すぎる。そんな予感がしてならない。