宵明けの青空に -4- 錬金術師の契約

  





どうするかな、旅支度か。
何が必要になるんだろうか。

丈夫な袋が欲しいな。
次は、ボトル。
外套もあるといい。
マッチや小刀も便利だな。
となるとロープもいるか。

それにしても、旅か。
ライアンのことだから、本気だろう。
3日、4日じゃ済まないな。

猛烈に焦ってきたぞ、
まーったく準備が足らない。
まーったく考えたりない。

まーったく、アイツは、
このジラー様の旅支度をなめているな。
アカデメイ随一の優等生が旅支度の真髄を見せてやる。


という具合に、気張ったのは良いが。
レースに出るなり逃亡者とは、これいかにだな。

それにしても、錬金術師とは、また仰々しい名前だよ。

この先はアカデメイでの受け売りではあるが、
錬金術を禁止するのは教会の役目である。

だが、錬金術が異端というよりは、
教会が起こす奇跡を超えてはならないのだ。
それは、神の姿を借りて、
民衆からの支持を受けようとする王国の都合であり、
治安の維持からすれば、
未知なる自然科学への恐れでもある。

だから、城から追っ手が来るのだ。
「ライアン、賞金は手にしないといけないか。」
「苦しい旅になるだろうよ。」

ぼかした答えだな、さっきのアカデメイからの空砲がお祝いじゃないことなら、
きっとここにいるみながみな、察しているはずだぞ。
「そうだな、錬金術師の旅としては、まずどこへ向かう予定なんだ。」

高度が下がって行くのを感じる、
森に沼地が見える。

「ジラーは錬金術師の噂を聞いたことはないか。」
「強大な力を持った錬金術師達が各地でひっそりと暮らしているという噂だ。」
「彼らなら、魚の夢や鳥の夢、神ノ木について知っているのではないだろうか。」

彼らは追いやられた地で暮らしているところまでは、聞いたことがある。
それが本当だとして、僕らに力を貸してくれるのだろうか。
ライアンのことだから、何か考えがあるのだろうが。

そのとき、まずヒッポがこう言ったのだ、
「まだ、僕らが錬金術師に決まったわけじゃないんだから。」
「そうですよ、疑いはあっても本当ではないでしょう。」
とハントが続いた。

これは、大変だ。気付いていない。
「さっきの空砲で逃げろと聞こえただろう。」

「ジラー、何で言ってくれなかったんだ。」
「さっき、お祝いの空砲って言ったよね。」
「そうですよ、お祝いだって言ったじゃないですか。」
「協会に追われているなんて、知らなかったからさ。」

4人でやんややんや話を交わしていると、
アルバが言ったのである。
「広場が見えてきたわよ。」


結局どうするのか、決まっていなかった。
順当に行けばライアンに取りに行って欲しいものだが、
一瞬の静寂の後、普段、おとなしいヒッポが若干、口早になって言う。

「もし、ライアンが捕まったら、この先飛ばせないじゃない。」
まあ、ヒッポの言うとおりだ。
じゃあ不満はあるが、俺様が行くか。

「もし、ジラーが捕まっても、この先飛ばせないじゃない。」
ありがたい申し出だな、誠にヒッポの言うとおりだ。

「もし、アルバが捕まるようなことがあれば、ジョンさんに言い訳も何もないし。」
その通りである。
のってきたなヒッポ、頑張れ。
何故だかライアンが嬉しそうに見えるのは俺だけか。

「そうしたら、僕かハントのどっちかが行くことになるに決まってるじゃない。」
「僕からしたらハントは年下だし、行かせるわけ行かないよ。」

よく言ったヒッポ。
「ちょっと待ってくれヒッポ。」
「僕に作戦がある。」

ライアンが行くのか、実際、誰がいなくなっても困るのだが。

「ヒッポに魚の機関は任せるよ。」
「その上でハント、付いて来て欲しい。」

「はいよっと。」

良いのだろうか、良いのだろうかこれで、
まあ、良いだろう。
「ライアンがそう言うなら仕方ないな、総員着陸に向けて準備してくれ。」
「え、いいの。」
「ほら、ヒッポ、機関室行くよ。」


段々と広場が大きく見えてくる、
流石に今回、僕らは1位ではないだろうか。

操縦席からは人々が集まっているのが見える。
多くの人が魚に向かって手を振ってくれている。

「ようし、減速。ブレーキを出すぞ。」

バババババス、バババババス
ババス、バス、ババス、バス
「着陸。」

デシン、デン、シューン
「完了。」


その瞬間、大歓声が聞こえるようになった。

チッタカ、チッタ、チッタチッタ
ダラララ、ラララ、シャーン、ダン、ダン

僕らはマーチングバンドの祝福を受け、気分が高揚した。
「それじゃ、行ってくる。」
「いいのか、ここで作戦を設けた方がいいんじゃないか。」
「あまり魚に近づかれると、一網打尽だ。」
「誰がいなくなっても、僕らは致命的だぞ。」
「任せてくれ。」
「分かった。」

「行ってきます、賞金もらってさらっといきましょう。」
「準備しておくよ。」

そうして、ライアンとハントが魚から降りていった。
魚の窓から覗く2人は何だかぎこちない。

「ヒッポ、ライアンから何か聞いてないか。」
「そうだね、マッチと双眼鏡を渡されて、何かあったときは、とにかく逃げろって。」
「また雑だな。」
「そういえば、いざというときにはハントの席のビームライトを使ってもいいかもって言ってたよ。」

ビームライト、そんな使い方はしたくないな。

「僕とアルバとハントだけでも魚が飛ばせるようにしたいとも言ってたけど。」
「それには賛成だな、アルバ、興味はないか。」
「面白そうね。でも、いいのかしら。」
「いいさ、是非覚えてほしい。」
「それなら、是非。」

アルバは地図を見ながら、溜息をついた。
「どうにも、神ノ木は地上からは見えないのね。」
「ああ、地上にいる間は見たことがないな。」
「一体どういうところなの。」
「寒くて、チョコミルクの美味しいところだ。」
「空の実が恋しいわ。」
「地上の木の実はどうだい。」
「ちょっと重たいわ、でも種類が豊富で素敵ね。」

神ノ木の話をヒッポにしながら、
ライアンとハントを双眼鏡で追いかけること2時間。
ハイ・ホワイトシュプール12号がゴールした。
彼らは全身すすだらけだった。

それから、ロケシアン14号が3位に、
エアロクラフト8号が4位に入賞したのだった。


表彰式が始まった。


ダララララッタ、ダッタン
ダララララッタ、ダッタン

ハントが表彰台に上がっている。
一方、ライアンは後ろでスワロと話をしている。
ジラー様としては、遠くからみる表彰式に違和感を感じるが。
ライアンの動きが気になって仕方がない。

ハントがメダルを授与された。
ライアンはというと、ドラゴさんと話をしている。
トロフィー、楯が送られ、遂に優勝賞金が贈られる。

「ジラー、広場の隅に教会の紫色が見えるよ。」
「分かった。」

ついに教会が現れたか、と思っていたらウイニングランが始まった。
ハントはスワロ兄弟とハイ・ホワイトシュプール12号に、
ライアンはエリマさんとエアロクラフト8号に乗っている。
「なーるーほーどー、そのまま帰ってくるのか。」
僕らは安堵した。

だが、ハントを良く見ると何やら見覚えのある合図を出している。
「え。」
「嘘だろ。」

「飛ばすんでしょ、しっかりして2人とも。」
「何で、そのまま帰ってくればいいのに。」
「アルバ、ハントの座席についてくれ。」
「分かったわ。」
「ヒッポ、点火してくるんだ。」

その時だった、教会が動いたのだ。
紫色の鞍を付けた馬が広場に入ってきた。
マーチングバンドが止んで、物々しい雰囲気になってきた。
騎士が魚に向かって走り出している。


ピィー
ガン

ヒッポからの合図が聞こえた。
「出力するぞ、アルバはライアン達から目を離さないでくれ。」
「分かったわ。」

ガシコンック、ガシコンック

ガシコン、ガシコン
ガシコン、ガシコン

魚が浮き上がったのだろう、また歓声が上がっている。
「追われているわ、何だかレースみたい。」
「まずいね、どうにも。」
ヒッポが戻ってきたんだな。

このまま、魚に乗れるような状態ではない。
どうするんだ、どうするんだよ。

ビームライトで邪魔するか、いやいや無理だ。
ん、そうだ、ビームライトだ。
「ヒッポ、上昇だ。街が見渡せる高さまで上昇する。」
「え、2人が乗れないじゃない。」

「それからアルバ、ハイ・ホワイトシュプール号の前を強くビームライトで照らしてやってくれ。」
「そんなことしたら、邪魔になるわよ。」
「違うんだもっと前だ、」
「2人で地図を見ながら魚が再び降りられるところまで、ガイドしてやってくれ。」
「「なるほどね、大役じゃない。」」

「じゃあ、出力を上げるぞ。」

ガッシン、ガッシコン
ガッシン、ガッシコン

エアロクラフト号が2つに分かれて騎馬隊を攪乱して何とか凌いでいる。
「そうだね、街の東の草原にしよう。」
「ジラー、街の東の草原まで誘導するわ。」
「マシンは馬より速いわ、だから、最後に真っ直ぐな道を使って草原で合流しましょう。」
「了解。」

アルバがビームライトを握ると、ヒッポがナビゲートを始めた。
広場から光に従って、街の中をマシンが通り抜ける。
人々は広場に集まっていたので人通りはほぼなかった。

ドラゴさんのマシンが後ろで騎馬隊を足止めしてくれている。

「ジラー、草原に繋がるストレートに来たよ。」
「分かった、下降の準備に入ってくれ。」

「減速、ブレーキを出す。」

バババババス、バババババス
ババス、バス、ババス、バス

「着陸。」
ゼシン、ゼシン、ゼン

「完了。」


すると大した間もなく、ハッチが開いてハントとライアンが飛び乗ってきた。
そしてエリマさんが顔だけ出してこう言った。
「ジラー、出発だ。」
「エリマさん、ありがとうございます。」
「いいか、今から言うことをちゃんと心にとめておいてほしい。」
「はい。」
「錬金術師は王国と契約を交わすことで生き延びているのが現状だ。」
「そして、その契約された錬金術の多くは戦争に使われている。」
「え。」
「君たちは錬金術師達の希望と成り得るか。」

「僕らのことなら心配はいらない、その技術について何も知らないからだ。」
「そうだな、とりあえず行って来るんだ、さよならだ。後輩君。」

バン
ハッチが閉じられた。
スパロ・スワロ兄弟が手を振っている。

「先輩方も、独自で魚を開発するらしい。」
「そうなのか、しかし。」

ぼやっとしている暇はないか。
「ライアン、点火を頼む。」
「了解だ。」


魚の真ん中に火が灯るとまた、僕らは飛び出した。
もう、引き返せない。
けれど、1匹だったはずの魚には仲間がいた、
そんな予感がしたのである。