宵明けの碧空に -4- ジュースおごって

  







ゴポン、ゴポゴポ
ルイーン、ワワワワワワワワ

真っ暗闇の海深く、冷たい水の流れに。
海藻の原を越えて行くと、出会ったのは砂地。
途中をライトで照らし示せば、
光射す方向からは、鈍い音色がゆっくりと近づいてくる。

あーあ、私は何をやっているのだろう。
そう思うこともある、
通称「協会の奇跡」によって、私は随分悩み、生きた。

しかし、世界は許容する。
はっきり言って、全てお構いなしに許容されてしまうのよ。
だからこそ、格別の努力が必要よ。そう思うの。


そんなことを思っていたら、音が止まった。
「ライアン出力下げて。」
「はい。」
「ジラー、交信は。」

「こちらは、エデュケス。こちらは、エデュケス。これから海底遺跡に着底する。とのことです。」

「へえ、海底遺跡ね、面白いじゃない。」
「ハントより報告です、北の方角に下弦50度。灰色の潜水艇を発見しました。」
「ハントちゃん、遺跡は。」
「ええ、見えますね。何だか平たいです。」

着底するかどうかね、けど。
協会もルボータン王国も私たちのことを見向きもしない。
海底遺跡まで一直線だった。
何か、嫌な予感がするわね。

シュー、ゴゴウゴゴゴウ、ゴゴゴ、ゴゴゴゴ。

「ジラーより報告、エデュケスより着底要請。」
「了解。ライアン、着底準備。」

「着底準備開始。」

平たいと思われる遺跡はいかつい門構えだった。

ドヅイン、デシンデシン、ギィン

「トロイア、操縦ミスかしら。」
「いいや、違うね。あの海底遺跡付近にはガス状物質が流れているよ。」
「なんほどな。」

「しょうがないわね、多少無理でもいいから、着底よ。」
「そうしますか。」

ゴゴーン、ゴゴーン、バスン

「総員、出るわよ。」

海底用の服と呼ぶべきなのか、深海を歩くための身に着ける宇宙船で、
私たちは船外に飛び出す覚悟を決めねばならなかった。

「意外と怖いわね。」
「だよね、計算ではこの水圧で合っているはずなんだけど。」
「何を、ライアンは確かめてるのよ。」
「いや、本当に大丈夫かなって思ったんですよ。」

「そうです、その服は大丈夫でも、見ているゲージは駄目かもしれませんね。」
「ん、駄目じゃな。海底でこの気圧はおかしいのう。」

「分かってるのよ、ただ、念には念を入れてるのよ。」
「地上でも泳げるスーツってことさ。」

「なんほどな。」
「では人柱は一人で良いのではないですか。」

嫌な予感がしたのよね、どうして私が最初に飛び出さなきゃならないのよ。
だいたいおかしいのよ、あのトロイアと言いライアンちゃんと言い。

「「どうして自分が行きます。」」が言えないのよ。

おかしいでしょ、全くどうしてこんなにか弱い私が、
先陣を切らなきゃならないのよ。帰れなくなったって知らないわよ。

「もう、みんな嫌いよ。まったく。じゃ、行くわよ。」

ガッコン、ググーン

私はこの後にとっても驚くことになるの、
海底に空気があったのよ。

そして、ラークに会うことになったのよ、はっきり言ってコレはラーク最大のミスなのでしょうね。
みんな私をなめくさるからこういう事になるのよ。

トロイアや、ライアンちゃんじゃ分からないでしょうね、
ハントちゃんなら分かるかしら、見ていて欲しいものよ、私の勇姿を。

「これはこれは初めまして、ライアン君御一行だね。」

ん、なんか変ね。私を知っているわけではなさそうね。

「そうです。」
「ここには空気があるんだよ、そのスーツをとっては如何だい。」

「いえいえ、結構です。それよりも、エデュケスより、救難信号を受けっとたのですが何用でしょうか。」
「オーパーツが危険なんだ、一刻も早く協会の手から守らねばならない。分かるね、ライアン君。」

「なるほどね、どんなオーパーツなの。」
「聞こえているかい、ライアン君。一刻も早く協会の手から守らねばならないのだよ。」

「分かったわ、それでいいとしましょう。それで手を組むとして、何をしたらいいの。」
「君は本当にライアン君かな、随分物分かりがいい。まあいい、君たちは彼らに付いて行ってもらいたい。」

「彼らとは誰よ。」
「勿論、カブラークス王国、そしてルボータン王国だ。」
「何故なの。」
「この二国が戦争の為にオーパーツを利用しようとしているに決まっているからだ。」
「協会の手から守らねばならなかったのではなかったの。」
「協会の奇跡も忘れたのかい、協会がルボータン王国において実権を握っているに決まっているだろう。」
「ではそれもそれでいいとしましょう。」
「分かってくれて嬉しいよ。」

ラークと、名前が分かったのはしばらく後だったけど、
どうやらあのライアンちゃん無しに、今回の事件が暴けたとは思えないのよね。

「エデュケスと話が取れたわ。」
「え、外はスーツ無しですか。」
「何でスーツ無しだって分かるのよ。」
「だって、ラーク先生がスーツ無しで歩いているのが見えたよ。」

「けれど、私たちはスーツありにしましょう。」
「ライアン君、暑くても我慢だ。」
「はい、分かりました。」
「それと、あひるとカエルを持って頂戴。」
「何じゃい、これ。」

「ぐこうすると、ぐしゃべれるのよ。」


日の当たらぬ真っ暗な海の底に、存在するは海底遺跡。
何か胡散臭いのよ、遺跡にこんなマーク誰がつけるのよ。

どう見ても人類以外にあり得ないじゃない、
でもこんなところにいるなんて、エビだかカニだかそんなんに決まってんじゃない。

この矛盾、胡散臭いのよね。

この入り口だってそう、こんな扉みたいな洞穴、
人間以外の何が作るってのよ。
その割には、このスケール。作れっこないわよ。

何よ、人類は小っちゃくなったっての、違うでしょう。
もう分かってんのよ、分かってんのよ、分かってはいるの。

でもね、なかなか行きつかないのよ、「私たちはこの星に感謝する。」
そのことに気付くところまでね。
勿論、その先だってあるのよ。
だから、「この星に感謝すること」を忘れてはいけないのだと思うのよ。


「ライアン君。おーい、ライアン君。」

ライアンは壁の絵を見ているようだったのよ。
何を思っているんでしょうね。

どうせ、私と同じようなこと考えてるのよ、トロイアだって変わりはしないんだから。
これに至っては間違いないと思うのよ。

「何ですか、トロイアさん」
「そんなに壁ばかり見つめてどうしたんだい。」

「いや、この壁の絵なのですけど。」
「まさか、自動販売機に似てるなんて言いませんよね。ライアンさん。」

「ハント、それなんだ。自動販売機の前にルートが二つあるように見えるんだ。」
「でもなんて読むのよこの字。」
「読めませんね。」
「その辺はさらっとで良いじゃろ、協会がオーパーツを見つける前に気付き、ラーク先生に預けるべきじゃろ。」
「むむう。」

「ライアン、目的が変わってしまうぞ。」
「いや、でもこの壁の絵、妙なんだ。」
「だから、緊急救難信号を受けたろ。」

「ジラー、僕を置いて行ってくれ。」
「駄目だよライアン君。」

「なら、僕に提案が。」

ライアンちゃんにしてはずいぶん駄々をこねるわね。

「左の道へ行けば自販機で80%の確率でジュースをおごることになり、右の道を行けば90%の確率でおごってもらえることになる。」
「結局、絵の解読じゃない。」
「つまり、どういうことなんですか。」

「つまり、ジュースをおごることになる確率と、ジュースをおごってもらえる確率さえ決まれば、どっちの道を行くのか分かるという計算手法だ。」
「じゃあ、うーん。良く分かりませんね。」
「ん、絵に色が付いているね。確かに自動販売機に見えるけれど、古代文明に自動販売機があったのかな。」
「あら、トロイアにしては鈍いこというじゃないの。」
「何さ、根暗の姉さん。」

「自販機が古代文明に無いとは言い切れないわ。それに分かるわよね、トロイア。」
「分かってるよ、根暗の姉さん。先を急ぎたいんだよ。数字だよね。」
「そうよ、崩れているけど、アルファベットでもないわ、どう見ても私たちからして数字でしかないでしょう。先入観に負けすぎなのよ。」
「で、ライアン。どうなんだよ。」

「か、確率管理ですか。どうなっているのです。古代遺跡とは恐ろしいですね。ライアンさん、そう思いませんか。」
「意味が分かってしまった、そういうことか。」
「我々は入り口からすでに進めないということか。分かったよライアン。」

「おう。」
「そうね。」

「ライアンさん、こっちは何でしょう。」
「むむう、分からないな。二人が、話している。」
「んー、左と右で同じ文字が書かれているよ。模様じゃないの。」

「いや、違うじゃろう。この遺跡の造りを考えてみるのじゃヒッポ、海底遺跡に空気があるのじゃぞ。我々はスーツを着ておるがの。」
「え、どういうこと。」
「つまり、空気を海底遺跡に存在させることが可能な文明と言うことだろうよ。」
「じゃあ、この絵は何さ。」

「んー、何だろう。」
「ライアンちゃん、こっちも見なさいよ。」
「円の円周上に丸が書いてあるね。さっきの二人が居る。」

「まさかね、同じこと話していれば過去に戻ったり未来に行けるってか。何だか記録媒体みたいな方法だな。」
「もう、じゃあ。この月と地球みたいな絵はなんなのさ。」

「ん、俺分かっちゃった。マジか。インコースとアウトコースだよ。すげえ。地球総民タイムトラベルだ。」
「ただの時間感覚じゃない、ジラー君。30日に1周か其れがズレるんだね。でも時間感覚がズレるってことだね。」
「何よ、それじゃ30日に1度の基準を持って、ジュースをおごることになる確率が決まれば紫色の左の道を行くことになるっていうの。」

「どういうことだ、紫色の人になるとおごることになり、赤色の人になるとおごられてしまうということか。」
「じゃあ、このババババババババっ書いてあるのは何なんだ。」

「何じゃなんじゃ、お宝だらけじゃないかい。どうするんじゃ。」


海底遺跡は静かに眠っていた。
その裏で動く支配者たち、
事実上の発見をした私たちだったけれど。
どうしたらこの事実を守り通せるのか分からなかった。

この地球に感謝する、その為に戦うことは、
自然科学を愛する、この地球と呼ばれる自然世界を愛する者にとって、
やぶさかではなかった。