宵明けの青空に -9- 本棚の整理

  






エデュケスに着いた僕らが任されたのは資料の整理をすることであった。
但し、資料の数は膨大だった。
新設される図書施設に諸々運ぶ必要があったのである。
カートに積んだ本の表紙を見ながら、次々と運び入れる作業をこなす。

角の丸くなった本から表紙の取れてしまった本、
装丁が為されていない本など、さまざまである。

「おおい、ここの資料を頼む。」

赤い帽子の先生に呼ばれる。
「はい、ただいま。」
「ええと、思い出せん。」

ちょっと、きょとんとしてしまう。
「そうだな、これとこれとこれで出来るかもしれん。」
「この本を緑の本棚に持って行って整理しておいてくれ。」
「はい。」
「それから、君たちは何故呼ばれたのか分かるか。」

「本を運ぶ為ですか。」
「後で分かる。しかし、君たちはよく働く。」
「預かりものは後でちゃんと渡すから、よろしく頼むぞ。」
「はい。」

何だか、予感がした。
何の予感かと言えば、魚の夢を読んでいるときのような感じだ。
とりあえず、図書施設で片づけているアルバの元へ向かう。

カートの中はといえば、鳥の本に隕石の本、である。
何処かで見たようなラインナップである。

図書施設に着くと、アルバに声をかける。
「本ですよ。」
「はい、本ね。」
めずらしく、メガネをかけている。
「これはどう分類したらいいのかしら。」
「緑の本棚って言ってたかな。」
「そこよ、緑の本棚って広いんだから。」

たしかに、緑の本棚は広かった。ゆうに100冊は入る。
さてどうしたものか。
戻ると、赤い帽子の先生はこう言っていた。
「ええと、思い出せん。」
「すみません、本はどう分類したら良いですか。」
「ん、君たちに任せる。これも持って行ってくれ。」
「はい。」

カートには、雷の本に猫の本、マグロの本、が入っていた。
何となく分かってしまった気がする。
ハントを連れてくれば良かったかもしれない。

「アルバ、これはレースに出場する魚の夢ってことでまとめてくれ。」
「それで本当に、いいのかしら。」

非常に不思議だろうな。
「いや、書いちゃ駄目だよ。」
「そうまとめるだけね。」
「そう。」

「でも、これのどこがレースに出場する魚の夢なのかしら。」
「この世界で空を飛ぶ生き物の代表といえば鳥じゃないか。」
「なるほどね、でも隕石の本は何に使うのかしら。」
「隕石のスピードときたら凄まじいさ、1位が狙えるよ。」
「雷はどう。」
「雲の中を突き進むこともあるだろうよ、そのときはきっと大嵐だ。」

アルバが苦笑いながら神妙な顔をしている。
「猫はどうなのよ。」
「着地を考えてほしい、いつでもお腹側からだ。」
「マグロはどうなのかしら。」
「レースなんだから、長距離遊泳だって考えないと。」

「分かったわ。」
「いや、実はこれは以前フィッシュ・ジェット2号を作る前に、ハントが貸してくれた本のラインナップにそっくりなんだ。」
「じゃあ、この本たちが魚を作るのに重要だってことね。」

「そうなんだけど。ここから先、分類できる自信がないんだ。」
「まずは自分たちでやってみましょうよ。」
「そうだな。」

僕らは、赤い帽子の先生が選んだ本を自分たちなりにまとめることにした。

すると、
レースに出場する魚の夢、ご飯時に現れる新大陸、鯨の自動迷宮、
鋏で読みとく地図の使い方、53枚の宇宙シミュレータなど、数々のカテゴリーに分けることが出来た。
でたらめな感じがすると言えばでたらめだが、
夢の大きさで言えば、圧巻だった。

「伝えたいことは、分かったかね。」
ライアンが話しかけられる。
「そうですね。」
「君はちょっと気が弱くていかんな、そこがいいところと言えば良いところだが。」
「ティータイムにせんか。」

僕らは赤い帽子の先生に街一番のショートブレッドを分けてもらって、
少々休みを取ることにした。

「私の名はラークだ、エデュケスで教鞭をとっている。」
「ルボータン王国で何があった。」

僕らは空を飛んだ日のことから、錬金術師たちに会った日のことまでをラーク先生に話した。
「なるほど、君たちは契約から逃れた錬金術師ということか。」
「ラーク先生、錬金術師たちは戦争に加担しているのでしょうか。」
「錬金術師たちは加担していない。と、言いきりたいが、そう見えないこともある。」

「彼らの多くはみな、この自然世界への純粋な愛を持っているんだ。」
「その自然世界への理解は文明を築く助けをする。」

「しかし、その文明が自然科学への理解を失ったとき、科学技術の濫用に人々が傷付くだろう。」

「人の手には余るということでしょうか。」
「私たちはここにいるのだ、科学技術への理解を促し、この自然世界は素敵だったと言ってみせる。」

「私の意見を聞くのもいいだろう。だが、君はどうなんだね、ライアン君。」

僕はちょっと考えてしまった。
「僕は、自分の可能性を追求したい。そう思っています。」
「可能性というと。」

「僕という人が僕を目指して生きるのです。」
「僕が目指す僕という存在はもしかしたら、世界を滅ぼしてしまうかもしれないし、何の一役にもなれないかもしれません。」
「それでも、捨てたくないのです。僕はそんな僕を肯定します。他に誰が居ましょうか。」

「世界を滅ぼすような僕を肯定することは、危険思想の様にも感じるが、どう思うかね。」
「立て直さなければならない僕に気付いてあげられるのは僕だけなのだと思います。」
「自然世界は時に冷たくその目を閉じることもありましょう。だとすれば尚更です、他に誰が居ましょうか。」

「僕は僕を信じます、そしてそのとき僕はこの自然世界と共にあるのだと思います。」
「それは何故かな。」
「存在したい僕とこの自然世界に存在する僕が一致するからですね。」

ラーク先生が薄く笑みを湛えて仰った。
「それは素敵な事だと思わないかね。」


「ところで、君たちは未契約の錬金術師だったな。」
「錬金術師たちは、見つけ出した科学技術が王国の目に留まると、教会から錬金術であると疑いを掛けられる。」
「錬金術でない証明をしてはいけない、生きる道は契約だ。だが彼らが欲しいのは科学技術だ。」
「契約をすれば、命の保証が与えられる。だが、技術を明かしてはならない。」
「技術を明かしてしまえば、処刑だ。」

「契約をしない場合はどうなるのかしら。」
「本来ならば、すぐに捕まってしまうだろう。だが、すぐに処刑されるわけではない。」
「さっきも言ったが、彼らの狙いは科学技術だ。」

「契約の代償として、言葉や名前を失うのですか。」
ラーク先生の目付きが鋭くなった。
「それは違う、教会の奇跡とやらだ。」
「実は私も記憶を奪われている、君たちにはそのことで協力してもらったのだよ。」

「私は、作り上げた技術に関する記憶がすっかり抜け落ちてしまった。」
「そこで、ひらめきによって、それを補う実験をしていた。」
「もし、私のひらめきと、君たちのひらめきが少しでも一致していたなら、実験は成功だ。」

「それでは図書塔へ行くかね。」


僕らは驚いた。
まさか、実験だったとは思わなかったのだ。
だが、図書塔に着いて驚いたのはラーク先生の方だったのだ。

「では、緑の本棚について聞こう。」
「緑の本棚に入れるように指示した本について、私は何の技術をイメージしたのか教えてくれ。」

アルバがやや緊張して答える。
「は、はい。」
「まず、魚の夢。空を飛ぶ技術。つまり、飛行船についての技術です。」
「そうだ。良くぞ当ててくれた、それは君たちへの導入みたいなもんだ。」

「君たち、次を頼む。」
ラーク先生も緊張しているのが分かる。
「はい。」
「次は、ご飯時に現れる新大陸。昼に現れる海の上の国。つまり、幻の海中都市です。

「はて。」
「何だったかな。」

一瞬考えたのち、
ラーク先生が飛び上がった。
「そうだ、それだ。ぐぅうううん、何だっけのう、思いだせんのうと、いつもいつも思ってたわ。」
「君たち、それは雲の上だ。つまり、幻の空中都市のことなのだ。」

「次を頼む。」

アルバが何かを物凄く言いたそうにしていたが、
実験を続けることにしたのだった。
結果としては、先生は本棚から得た結論の4割を回復することができた。

「ありがとう、君たち。最高の成果だ。」

アルバが堰を切ったように聞いた。
「先生、神ノ木について何かご存じありませんか。」
ラーク先生が面食らう。
「空中都市のことか。」
「君はそこの出身だったな、今も生きる古代都市だと思っておる。」
「如何したら、行けるんです。」

「あれに行くのは大変だぞ、ルボータン王国に接している、日中の海に白い雲が溜まっている所に突入し、
それを越えてなお、上空へ向かう必要があるだろう。」
「そうだな、風に乗れば或いはたどり着くかもしれんな。」
「でなければ、オーパーツの力か。」

ラーク先生が何かに気付いたように席を立つ。
「君たちにアカデメイから預かりものがある。」
一冊の本が手渡される。
「何ですかこれは。」
「古代人類によって書かれた本だと思っている。」
文字が全く読めない、それに挿絵が高度である。
「限りなくオーパーツだ、君たちに託したい。」

「君たちは錬金術師たちの希望と成り得るか。」


エデュケスの時計が鳴る。
大きな流れに来ると、
魚は泳いでいたのか流れに乗っていたのか分からなくなった。
それでも行くのだった。
きっと僕が僕であれば、頑張った先に待つのが運命かもしれないからだ。