宵明けの碧空に -15- D

  








言葉とは何だろうか、何となしに使っては居た。
感情とは違うんだということに、僕らは気付いた。
言葉があり言葉で表現する感情があり、
感情があり、感情を表現する概念としての言葉がある。

ポトフの話で出てきたけれど、
きっと、ナニジンと変わりない何かではないだろうか。

しかしそれにしても、言葉が伝わらないし、
別の言葉に置き換わって伝わってしまう。

何時ものように、頭の角度を下げて、
この海底神殿の奥で
背を丸くし、うろうちょろう、うろうちょろうしていたのだが、
なかなかいいアイデアが浮かばない。

ジーィイイン スパ

何かがこめかみから入り、抜けていくのを感じた。
なるほど、無茶すぎるだろうか。

「ハント、今日の朝食はポトフなのか。」
「何なんですか、今日の夕食はポトフだって言いましたよね!」

めずらしくハントに怒られてしまった。
ハントでこの様子かと思うと、大変だと思った。
でも、懲りずに続ける。

「みなさん、夕食はポトフですか。」

「そうだ。」
「そうだってば。」
「そうだね。」
「そうよ。」
「そうでい。」

みな、答えてくれたが。
異常であることに気が付かなくてはならなかった。

このライアン、夕飯がポトフだなんて許すわけにはいかないのだ。

ここでDについて考えてみよう。
事実上、内容はDとしか聞こえないわけだが、
その実際として、Dだなんて許すわけにはいかないのだ。

つまり、
みんなは僕がポトフが苦手であることを知っていながら、
平然と「そうよ。」
と言う可能性について論じているのではない。

そういう可能性であれば、70パーセントはゆうに超える。
みな、僕がポトフが苦手なことを知っているのだ。

そして、僕が知らねばならないことってのは、
そういうことなのだ。


誰かの振りをして情報を引き出す話し方をし、
上手くいかなければ催眠術で惑わし、
都合が悪ければ、脅迫でその存在を消してしまおうとしていたのは、
ラーク先生ではないということが分かった。

〇〇は××です。とラーク先生の声で聞こえると、
それは、誰かが僕に、
「それは正しいですか、Yes or No?」と、
聴いているようにも感じるのである。

一つ考えておかねばならないのは、
ラーク先生の声、とは言葉でも感情でもない何かである。
このことは、この海底神殿において不思議すぎることの一点である。
見抜くことのできる変換においては、
精度の高いボイスチェンジャーとしか言いようがないのである。

話を戻すと、
「〇〇は××です、どう思いますか?」
という質問があるけれど、
こちらの話を引き出そうとしているだけなのである。

結局のところ、YesもNoも答えてはいけなかったのだが。
よくよく考えると、僕らが何をすべきかと言えば、
そういうことなのだ。

さてはて、もう一度考えてみよう。
何かの為に情報を引き出そうとしているらしいが、
よくよく考えると、
YesとNoを答えさせるために居たということが分かる。
すると、答えてはいけないはずのYesとNoは答えて構わない質問ということになる。
さらには、情報を引き出すことなんて、どうでもいいということが分かるのだ。

そうか、僕らはどうでもいい存在なのだ。
では、でたらめに答えてよいのかというとそうでもない、
僕らの存在そのものに関わる問題なのだ、きっと。

それを考えると、コンピュータに誰かが何かを任せたのかもしれないと考える。
僕らが聞いているのは、ラーク先生の声かと思っていたが、
如何やら、ラーク先生の声と言うよりは、
総和の声としか言いようがないのだろう。

ラーク先生の声が何者かにかき消されたのは、
ピンポンパンの原理に近いと考えられる。

ピンを打つとポンが返ってくる。
それと、ピンとポンがぶつかると?見たいなことだといえる。

つまり、わかるのことである。
しかし、遅延が生じるだけで、その内容そのものが全て変わるとは何事なのだろうか。

「もう、ライアンさん。いつまでも考えてないで動いてくださいよ!」
「もう、ちょっと。もうちょっと待ってくれハント。」
「いいえ、もう待てません。さっさと答えだしてくださいな。」

「やっぱり、話す以外にないのだろう。」
「ラーク先生、今日の夕飯はポトフですか。」

「何を言っているんだ、答える必要などない。」


完全に内容が違っていた。
だが、つじつまが合うのだろう。
ピンポンパンの原理が働いているからなのだろうか。
しかし、あからさまな内容の相違が発生しているのにも関わらず、
つじつまが合うとしか言いようがないのはどういうことなのだろうか。

「ハント、ping!」
「pong!」

何で、ハントがポンなんて言ってるんだよ。
内心そんな気持ちでいっぱいだった。

「ラーク先生、ping!」
「pong、何か変わるかい。」

ラーク先生もポンと言ってくれた。
どうなっているんだか、分かってきた。

僕らは、姿かたちが見えない状態では、
受け取ってしまうのだろう。

「ぐジラー、電子レンジとテレビって似てないか。」
「ぐ似てないだろ、というより言葉通じないのわかってるだろうが。」

僕らが何かによって、コントロールされているのが分かった気がしてきたので、
ジラーに振ってみる。

「ぐジラーさん、ほいなです。」
「ぐライアン?、何を言っているんだ。」

ジラーが混乱してしまったので、もうちょっとやってみる。

こしょこしょこしょ、スノーさんから隠れてみた。
「ぐスノーさん、ほいなです。」
「ぐライアンちゃん、何やってるのよ。」

ただの奇行になってしまったが、ハントが飛んでくる。

ペチン!
「痛い!」

「何をするんだ、ハント!」
「馬鹿じゃないんですか!一体全体、こんな大事な時に何をしているというのです!」

全く分からなくなった、けれど。
ここで、ぐっとこらえ、さらにうたを歌った。

「飛びたがり屋なら続けるさ、見果てぬ尽きないページ、
繋ぐよ秘密をほんの一部だけど驚いて、大きくて青い星を生く。
歴史に残るメガスター、そんなの今だけさ。」

すると、みんな殺気だって。
「ライアン!何をしているんだ!」
「こんな時に、歌っている場合か!」

えらい勢いで怒られてしまったが、今回は負けない。
「ぐハント!聞こえるか。」
「ぐロップじいちゃん!聞こえますか。」

しかし、応答はなかった。
「ぐジラー!聞こえるか。」
「ぐヒッポ!ヒッポ!聞こえないか。」
「ぐトロイアさん!聞こえますか!」

しまった、気付きすぎたのか。
「ライアン君、気付いたのかい。」
「い、いいえ。」

「そうよね、ライアンちゃんは何にも気付いてないものね。」
「ぐうう、は、はい。」
「ほら、ライアンさんこっちですよ。」

ハントが優しくてムカついたので、もう一撃かますことにした。
「ハント、ちょっと待って。」
「待てませんよ、ライアンさん。」
「スノーさん、ちょっとこっち。」
「嫌よ、ライアンちゃん。」

うまくいかない、どうなっているんだ。
そこで、また一つ気付いた。
このままでは、世界は話すことができないと。

「げライアン、聞こえるかの、もう一息じゃい。頑張りい!」

待て待て、僕は誰と話しているんだろう。
コンピュータだらけだ、そして仲間は何処へ行ったのだろう。
YesとNoだけで世界を滅ぼそうとしてる奴らって誰?
どうなっているんだ。

一体、誰が何を作ったのだろうか。
確かめたので分かったが、
とにかく質問を浴びせる装置を誰かが作ったのだきっと。
腹がクツクツする。

答えの一つとして、それはある。
しかし、問題はその先だ。
この世界で本当に喋れなくなった仲間たちだ。

コンピュータが代わりに喋っているのが分かったが、
何処に行ったのだろうか。
もしかして、何かによって、
コンピュータ化しちまったんじゃないか。

ああ、分かった。
「げ分かったかの?」
「ぐなんでロップじいちゃんしゃべれるの?」
「げなんでかしらね、いろいろあるのよきっと。」
「ぐライアンさん、また会いましょうね!必ずですよ!」
「ぐライアン助けに来てよ!」
「げもうしょうがないよ、でも頑張るんだよ。」
「ぐライアン、これが命綱なのかね、寒いよ。」


まさか、ここにきて一人旅になるとは、
想像もしなかった。

誰かといるということは暖かかったのだ、
こんな海底神殿のど真ん中で、
何とか生きながらえているのにも関わらず、
これに気付くなんて、

寒くて堪らない、ジラーの言う通りだった。