宵明けの碧空に -1- 僕らの居場所

  









日も届かない位の海の底、砂塵はほろりほろり。

丸く灌がれた粒のきめの細かさは、火星を思わせるのです。


魚の挙動に乱れはなくて、

一度、調子が狂ったならば、

そのスピード足るや私達では、到底敵わないでしょう。


神様、私達は何億年分の文明でしょうか。

私はたった今、ちょっぴり怖くなったのです。




むむ、なんか居ますね。

おおお、これは大きなイカです。

「あれは、もしかしてイカですかね。」

「何じゃい、ばれたか。」

「ロップじいちゃんめ。」


私の後ろでは皆がみなゲームをしてくつろいでいるのですが、

如何やら、ロップじいちゃんがイカサマでもしたみたいですね。


こういうときは大抵、ライアンさんが怪しまれるものですが、何もないんですよね。

余裕のあるところには無駄がないと言いますか、

何もないところに、「何もないのは何故だ」と聞くのは、片付けられてしまったからであって、

いつまでも、何もないのは何故なのかを聞いている本人が怒っているとすれば、

もう至極当然なことで、真っ正直に申し上げれば「何もないのは何故だ」と聞いている本人がイカサマをしているからに他ならないのです。


片付けられた跡をみて、ライアンさんのせいにするのは本人にできる対処の限界なのでしょうが、

本来、イカサマをしようとした犯人は怒られるべきであって、そんなことを言い出せる立場にはないのです。

しかし、イカサマに気付いたタコサマが怒られるようでは、みんなの努力は涙ぐましいとしか言いようがなく、

そんな状態では、ライアンさんでさえ涙ぐましい一人に数えられること間違いなしなのです。


ただし、ライアンさんもライアンさんで、誰だか分からない状態でのイカサマの発生について、声を上げられる人ではないのです。

そこに救いがあるのでしょう、ライアンさんでは「気 付 け ま せ ん」が、

タコサマはライアンさんとて自分と同じ、そう思ってしまっているのです。

そうして、声を上げることもない哀れなダミーに引っかかるのです。


少々考えすぎなのかもしれませんが、よくよくお考えいただきたいのです。

何故、彼らがライアンさんを疑ったのかを。

自分の所にはあるはずの何かが、其処には無いからです。




「俺はライアンが怪しいと思ったんだけどな。」

「そういうジラーは、何枚持ってるんだ。袖の下とか。」

「ん、1枚。全部で5枚だ。」

「これじゃ勝てるわけないわよ、ライアンもじゃないの。」

「スノーさん、分かってます。コマを間違えていませんか。」

「何を言うのよ、赤でしょ、青でしょ。ん、黄色ね。誰のコマよこれ。」

「ライアン、何が分かってるの。やっぱりライアンが怪しいね。」

「ヒッポ、その赤はスノーさんのコマだ。」

「?」

「黄色が僕のコマだ、分かるかな。」

「じゃあ、僕のコマは何処に行ったのさ。」

「さあ、その前に。ロップじいちゃん、何で明後日の方角ばかり見ているのですか。」

「んっ、おっ、おう。紫が3枚だから。緑が1枚だな。」

「ロップじいちゃん、誰の手札の話をしてるんです。」

「何でい、バレてるんかいな。」

「ほい、ヒッポ。さっき取られた紫のコマ。」

「はいはい、そういうことですか。」

「それじゃ、ライアンは何をイカサマしているんだ。」

「何も。」

「なーるーほーどー。」



「ハントちゃん、後ろは盛り上がっている様だけど。何か見つかったのかい。」

「トロイアさん。何だかでーっかいイカがいたんですよう。」

「どれどれ。おっ、これは凄いものを見つけたね。うん。」

「早く、ライアン達を引っ叩いておいで。」

「ほいなです。」


機関室が静まり返る中、妙な盛り上がりを見せる操縦室。

熱を帯びたみなさんの頭を地図で軽くはたく。


ぺし、ぺし、ぺし、ぺし、ぺし。

Good! 良い力加減です。


「みなさん、でーっかいイカを見つけましたよう。」

「やっぱり、ライアンか。」

ジラーさんが嬉しそうに宣うので、

ぺし、ぺしぺし。

「いたた、何だ。潜望鏡の先か。」

「イカね、ダイオウイカだったりして。」

「あの光り方は魚じゃないか。」

ぺし、ぺしぺし

ライアンさんは分かっていてそういうことを言うから、いじわるに聞こえるのです。

「つー、イカですよ。」


「いいですか、ライアンさん。今、私達は何処にいるのでしょうか。」

「はい、海中ですね。ハントさん。」

ライアンさんが、水深度を見ながら言う。


「その通りですね。でも、よく考えてください。いまは昔この海、何処に在ったでしょうか。」

「そうじゃ、山かもしれんよ。」

「じゃあ、何処から海水は湧いてきたんだ。」


今いる場所が、その昔、山だったとしたら湧いたのはどうして海水なのかってことですね。

「なるほど、ジラーさん。その例えでは、地殻変動では答えにならないが答えでしょうか。」


「でも、ちょっと待って、ジラーは海水が湧いてくるって言ったよね。ということは地底に海水がたーくさんあるってことでいいの。」

「ヒッポさんの疑問は良く分かります、何故ならそれじゃ私たちはプカプカ浮いていることになりますからね。」

「そうね、ハントちゃん。例えば、火山の中身ってどうなっているのよ。」


出てきましたね、淡水ではなく海水、果ては金属のドロドロが流れているのでしょうか。

そう考えると、淡水、海水、金属の泉があると考えていいのかもしれません。

「そうですね、スノーさん。金属が湧いて出てくることを考えると、プカプカ浮いていないことの説明になりますね。」


「なら、ハント。質問だ。この星はメロンの様なものか。」

ライアンさん、そう来ましたか。相変わらずですね。

「んん、そうですか。ライアンさん。側に為るほどカッピカピでメロンには近いですね。」

「もし、メロンなら底は種ばかりだってんだ。」


ロップじいちゃんも面白い例えをするものです。

「ん、ん、でも一番甘くておいしいところなんですよう。」

「そこがメロンの不思議よね、蟻さんなんて真っ逆さまでも落ちないでしょうね。」

「んー、そうですね。水槽というよりは、一回りよりも大きくて僕らが生きているこの星は凄いのですよ。」

しまったなぁ、これは私だけの秘密にしておくつもりだったのに。


「話を戻そうかハント。メロンというよりはレーズンパンのような気がしているんだがどう思う。」

何ですか、ライアンさん。私はこう見えてご機嫌斜めですよう。

レーズンパンだと始めから思っていたなら、レーズンがお宝かもしれないということに言及しても良いのではないですか。

「レーズンパンですか、ではレーズンが点在していてもいいのではないですか。」

「その通りだ、レーズンは確かに点在している。しかし、注目しているのは海水だったろう。」


足踏みですか。んん、レーズンはお宝では無いのかもしれませんね。

「ぬう、意図が汲みかねますね。つまり、中のジャムということですか。」

「違うよ、ハントちゃん。もちろんジャムは大事だよ、その前に何処にジャムが詰まっているのかな。」

「なるほど、それはカップケーキではないでしょうか。」

「そうすると、どうなるのかしらね。」

「ドーナツ+カップケーキ=レーズンパンになるからですか。むむむ、私たちの星はドーナツにジャムが詰まっているだけかもしれませんね。」

「ちょっと待って、僕らはお宝探しに来たんじゃないの。」

「もちろんお宝さがしよ、その前にここが何処だか把握しなければいけないの。」

そういうことですか、ライアンさんはわざと回りくどい道を進んだのですね。ずいぶん理解のあるチームです。


「ハント、もう一度頭を整理しよう。」

ほれ、来ましたよ。

「ほいな。私たちはいま、海中に居ますね。海中には地上に湧き出した海中と、ドーナツの穴の中に注がれた海中の、2つの海中があるのではないでしょうか。」

「え、本当かよ。地上に湧きだした海中ってなんだ。いや、ちょっとまてよ。ドーナツの穴の中に注がれた海中ってのも変じゃないか。」


ジラーさんが慌てていますね、ちょっと聞いてみますか。

「ジラーさん、メロンを外側から掘り進んでみては如何です。」

「むむう。それってあの硬い皮を掘っていくってことだよな。」

「なるほど、幸せな食べ物になるな。」

ライアンさんが出てきましたけど、どうも例えが行き過ぎてますね。

本当にメロンの話をしているんでしょう。どの果物も皮は大抵硬いのです。


「なんほどな、そんじゃドーナツの穴に詰まってる海水は裏っ側と繋がってるってえのかいな。」

「ニライカナイ伝説ですか?そんなの知りませんよ。そんなところ行って居なくなっても知りませんからね。」

「じゃあ、僕らは何処にいるの。」


さすがはヒッポさんです、大事な時に大事なタイミングで聞いてくれました。

「私たちは海中にいるのですよ。」

「え、だってそれはさっきライアンが言ったじゃない。」

「ヒッポさん、私がなんて言ったか覚えていますか。「でーっかいイカを見つけましたよう。」って言いませんでしたか。」

「どういうことさ。」

「イカは海を泳いでいるのです、そして小さな魚達は群れで海を泳ぎます。」

「そうだね。」


やっとみんなが聞いてくださるようになりました。

「では質問します。もし仮に、彼らが進化して今の形になった生き物だとしたら、彼らは何処から来たのでしょうか。」

「海にいたんじゃないの。だって、イカは泳ぐための器官がある気がするし、魚は泳ぐようなフォルムを持っているよ。」


そこに、ライアンさんが合いの手を入れる。

「僕らは月の裏側に飛んで行ったとは言え、月でイカを見かけた覚えはないな。」

「そうだな、空にもイカはいないし、やっぱり、イカは海にいるんじゃないか。」

「そうじゃないんですよう。海の中を泳ぐイカと障害物競走でどっちが速いとしたら彼らのスタートは、何処にあるのかを聞いてるんですよう。」


すると、ライアンさんがむくっとこっちに起き上がっていうのです。

「まずい、何でハントはそんなことを黙っていたんだ。」

「どういうことだ。」

驚いているジラーさんとヒッポさんは置いておくとして、

「どういうことですかね、うちの機関士様ときたら困ったもんだい。」

「もう、どうするのよ。ハントちゃん。今更よ。」

ライアンさんたちが話を積み立てていたのが分かるのですが、どうも私には話を聞いてくれていなかったようにしか思えなくてぷんぷんなのであります。

「そうだね、もうだめかもしれないな。ハントちゃん、イカはどのくらい大きかったの。」

「でーっかいイカですよう、でも、どうして海中にいるのでしょう。それくらい大きなイカでした。」


そのとき、ジラーさんが閃いたように言うのです。

「何だ、どういうことだ。イカに困ってるとしたら、いっそのこと捕まえてしまったらどうです。」

そのとき私も何となく思ったのです。

「それは悪くない算段ですね。」

「え、いいの。」

スノーさんが一言云うのです。

「で、結局ここは何処よ。」




魚が宇宙から帰ってきて、広い海から私たちは見つめていた。

私はイカではないかと言ったけれども、それは結果についての話であって、

ライアンさんが見た、過程の話がやっぱり面白くなってきたのです。

私は私であって、私でなく、あなたに微笑む月ともなるのでしょう。