宵明けの青空に -8- 馬車にゆられて

  












馬車にゆられて、ガツゴツした荷台から空をみる。
良い天気だ。
道の両脇は小高くなっていて、如何にも国境だろうか。

隣に積んである荷物を見れば、大きなワイン樽が6つある。
僕は、と言えば、革のエプロンにちょいとした帽子をしている。
これはお手伝いさんの格好だろうか。
前にはアルバがいるが、似たような格好である。

「ライアンさん、カエルを使ってみたいのだけど、いいかしら。」
「駄目かな。もう、じきに検問所に着くだろうよ。」

ヒシャンヒシャン
ルイッヒヒヒ

馬車が止まった。馬を操っている先の方で話をしている。
「ここから先は隣国カブラークスの領地である、何の様だ。」
「カブラークスのエデュケスでは、近々フェスティバルが開催される。」
「お祝いにワインを持って行く。」
「証書を見せろ。」「これだ。」
「何人だ。」「3人だ。」

「確認させてもらう。」

物々しい恰好をした男が3人荷馬車の裏にくる。
「3人だな、他に乗り込んでいるものはいないか。」
「一度、降りてくれ。」

こういう時は何も言わないに限る。

「お前たち、名前は。」
「ドーグだ。」
「スワロです。」
「ビットです。」

「この証書でカブラークスの検問を通れるだろう。」
「よし、通れ。」


アカデメイからの証書は強力である。
これで、またのんびりと馬車にゆられていられる。

「ビットさん。」
検問所の男の一人がアルバに声をかける。

「良き旅を。」
そうして、右目でウインクしてみせた。
アルバは二コリと笑って軽く会釈をした。

そうして、僕らは荷台に乗り込んだ。
ヒシャン

ガツゴツとまた荷台が揺れ始めたのであった。

僕らは、隣国カブラークスにあるエデュケスに行こうとしていた。
エデュケスとはルボータン王国で言うアカデメイであり、
非常に親密な関係にある。

アカデメイは教会とは一線を画しながら、
教会とも付き合いがあるのに対し、
エデュケスでは、教会の介入を快く思わないという伝統があった。

僕らが2人だけなのには理由があって、残りの3人はフィッシュ・ジェットでお留守番をしていた。
あの辺境の地で錬金術師たちに迷惑を掛けないように過ごしているはずである。
アカデメイから僕らにドーグが派遣され、
赤い帽子で教鞭をとる何者かの手伝いをするために僕らはこの馬車に乗り込んだのだった。

暫くして、ドーグが言うのである。
「お前さんたち、しばらく元の名は使いなさんな。」
「そうですね、気を付けます。」
「その前に、ビットばあさんは元気か。」
「ビットばあちゃんを知ってるんですか。」
「そうか、存命か。」

驚いた、ドーグさんはどうやら僕らに近い存在かもしれない。
「ライアン、お前が飛んだ時。きっとばあさんは嬉しくて悲しかっただろう。」
「ばあさんには旦那がいた、もちろんのことだがな。」
「生きてりゃロップもじいさんになるか、お前さんと同じように何だかよく分からんもん作って飛んでってしまったんだ。」

「ロップ、ロップひいおじいちゃんのことですか。」
アルバがびっくりしたように言う。

「何だい、ひ孫さんなのかい。こりゃあおどろいた。」
「ロップさんは、今どちらに。」
「いないさ、文字通り空に飛んでっちまったのさ。それから見ないな。」

「いつのことです。」
「そうだな、時計塔ができる前のことだよ。」
僕の生まれる前だった、少なくとも20年は前だ。

「ライアンさん、私、ビットひいおばあちゃんにもう一度会わなくちゃ。」
「まさか、その為にペンギンを作っていたのか。」

「そうよ。」

「あのね、ロップひいおじいちゃんは神ノ木から更に飛んで行ってしまったのよ。」
「その話を地上にいるひいおばあちゃんにして欲しいって。」
「それを私のおじいちゃんが託されたのよ。」

そうだったのか、何故気付かなかったのだろう。

「すまない、もっと早く気付いていれば。」
「しかし、これも何かの縁だ。私にも何か出来ることがあれば協力しよう。」

「ありがとうございます。」

もうしばらく行くと、カブラークス王国側の検問所だった、
馬車のガツゴツした荷台にも慣れてきた頃だった。

「ビット、カエルでちょっと連絡しておいたらどうかな。」
「分かったわ、スワロさん。」
アルバが右目でウインクしてみせた。
ご機嫌なのだろう。


魚はちょっぴりおやすみをとって、空を見上げていた。
先人が飛んだ空の果てに、思いを馳せて。
しかし、その背後に蠢いている支配者達の思惑に、
僕らはまだ気付くことが出来ずにいた。