宵明けの青空に -7- あひるとカエル

  














ギギギギ

「ひぃ。」

後ろを振り向くと、木馬がいた。
可愛らしい、くりんくりんの目がついた木馬である。
きっと正当なる血統の木馬なのだろう。

それよりジラーがにやついている、くそう。

「あらら、トロイア。」
「やあ、根暗の姉さん。」
「蹴っとばしてやろうかしら。」
「いいよ。」

流石に苦笑うしかなかった、木馬が喋っている。
そして、片方は筆談を続けている。

「君たちのことは聞かせてもらったよ。」

どうやら、ずっと後ろで聞いていたらしい。
「空を飛んできたんだってね。」

「を、知ってるかな。」
「を知らないかな、すごい人だよ。」

スノーがさらさら書いて、僕らに寄こす。
「トロイアは名前が奪われているの。」
名前が奪われるって、どういうことなのだろうか。

「ああ、そうか。僕は、が奪われているんだった。」
「トロイアさんは、木馬さんなのでしょうか。」

すかさず、ハントが聞く。
「今はそう、でも違うんだ。ちょっと待ってて。」
「めずらしいわね、出てくるわ。」

スノーが書いてみせてくれる。
いささか、紙がもったいない気もするが。

カツコツ、カツコツ音がすると、トロイアが現れた。
木馬からは想像つかないちょっと大柄の男性だ。

「の話をしてあげてほしいんだ、根暗の姉さん。」
眉をひそめて、スノーが「誰よ。」と短く書いている。
「ええと、。に行った。空を飛んださ。」
「誰よ。」
記録に残すわけ行かないのだろう、スノーは「誰よ。」としか聞かない。
「を壊しに行った人だよ。」
「なるほどね。」
「私には出来ないわ、」

そういって紙を指さし、スノーが足をトツトツと鳴らす。
「そうだった。」
「話しにくいと思うけど、僕の話を何とか読み解いてくれ。」
そういって僕の方を向いてトロイアは話し始めた。

「には、が設置されているらしい。君たちはさっき、と言ったね。」
「その、が、僕らに悪さをしている。その、を彼はぶっ壊しに行ったんだ。」

分からない、何をどうしたのかが分からない。
もう一度繰り返してほしいくらいだ。
アルバが言う。
「貴方たちに悪さをしている、何かをその人は壊しに行ったのかしら。」
「そう。その、の話を君たちにしようと思って。」

「その人は今、何処にいるんだ。」
「にある、をぶっ壊しに、へ行ったんだ。そして、帰ってこなかった。」

ジラーのおかげで話の訊き方が分かった気がする。
「何時ですか。」
「たしか、今から、は前の話だよ。確か、が見つかったばかりのころだ。」

みな、分かるような分からないようなトロイアの話を聞いていたが、
スノーがハントだけにこっそりと声を掛けて筆談を始めた。

猛烈に時間のかかるやり取りを終えて、
僕らが分かったのは、
その人が、錬金術師たちに悪さをしている何か、を壊すためにある場所へ向かった。
結局それだった。

ハントの側も何か得たようで、
何やらハントが複雑そうな顔をしている。

「どうしたんだ、ハント。」
「見てくださいよ、貰っちゃいました。」

ハントの手には、小さな陶器で出来たあひるが乗っかっていた。
トロイアが現れてから木馬は喋らなくなったが、
どうやら木馬と同じように、今度はあひるが喋るらしい。

「スノー、これは何処でも話せるのか。」
スノーは少し考えた後、
棚からあひるを取り出し頷いた。
その後、トロイアを指さし、もう一度頷く。

何という世界なんだろう。
と、思うと同時に、ある考えがよぎった。

「スノー、もう1セットないかな。」
ぎょっ、としたのが分かった。
「嫌よ。」
「お願いします。」
スノーがしぶっている。

「実は、僕らはレース「グレイトフル・ジ・アース」に出て、1等賞を取ってきたんだ。」
トロイアが続く
「、それで。」

「優勝賞金の半分でどう。」
「全部寄こしなさいよ。」
スノーが笑っている。

「お金ならあるわよ、たんまりと。私は錬金術師なのよ。」
持っていきなさいと言わんばかりに、
陶器で出来たカエルのセットを手渡してくれた。
「ありがとう。」

「何に使うんだい。」
トロイアが聞いてくれた。
「神ノ木と地上にこれがあれば、アルバたちと離れても話せるのかなって。」

スノーとトロイアは何かを考えている風だった。

「魚に戻るよ。」
「お達者で。」

薄暗くて、居心地がいい。
隠れ家みたいだった。

ハントはその仄暗さがよく似合っていた。
しかし、契約のせいだろうか、
錬金術師たちは、言葉だったり、名前だったりが奪われてしまっていた。
その悲しみの存在に気が付いてはいた。

だが、何が彼らを襲っているのか、
それが分からないのだった。


僕らは、魚に戻ると話をまとめていた。

「彼らは神ノ木については、知らなかったね。」
「そうですね。」
「ただ、神ノ木に暮らしている人々の祖先は地上の人ではないかな。」
「確かに、スノーはそんなことを示唆していたな。」
「オーパーツを集めろ、ということか。」

すると、
「ぐおーい、ぐおーい。」
あひるがしゃべりだしたのである。

ハントが応答する、
「トロイアさん、どうしました。」
「ぐきみたちの通っていた、ぐ、から連絡が入ったよ。」

「ぐ実は、僕たち、ぐ、の一部は、ぐ、とぐ、を取っているんだ。」
「ぐそれでなんだが、ぐ隣の国に、ぐ赤い帽子で教鞭をとる、ぐ、がいる。」
「ぐ何でも、ぐ、を預けてあるから、ぐ手伝いをしてほしいらしい。」
「ぐ、分かったかな。」

「トロイアさん。後、4度は同じ話をお願いします。」
ハントらしい応答だった。

魚が思わず2度聴きをしたくなるほどの成果だった。
錬金術師はみな優しかった。
そんな彼らが契約し、戦争に協力しているとは、
とても思えなかった。

月が僕らを見ていた、僕らもじっと月を見ていた。
しかし、月は決して裏を見せることはなかった。
ハントが言った、
「もしかくれんぼなら、月の後ろに隠れますね。」
「それは良いアイデアだな。」
「本当に見つからないから止めなさいよ。」
アルバが言う。

じゃあ、実際の月は、
一体、何を隠しているのだろうか。