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Saudi この現実

サウジアラビアの抱える問題から

 Arab News の記事の中から、これこそサウジの抱える問題かと思われるような事柄を気のついたところから拾ったものである。

誤解や偏見があるかも知れないが、短いサウジに滞在の間に強く印象に残ったのでこれを紹介する。 

 

糖尿病

Mersと共に、サウジアラビアの大きな問題に肥満がある。Mers を媒介しているのはラクダであることは、明白だが、サウジ人にとっては、ラクダは家族も同然。だから、ラクダに対しては、家族としての接し方をする。病原菌を持ったラクダを処理することもできないと言うのが現状だ。そのMers 以上にサウジの社会で大きな問題となっているものに肥満がある。生活が裕福であることばかりでなく、問題はその食生活の様式によるのではないか。

 

驚くのはサウジアラビアでは3人に一人は肥満症である。10代のサウジの子供たちの30%が肥満であるとの報告もある。

 さらに深刻なのは、糖尿病だ。サウジ人の16.8%が糖尿病であるといわれ、2079才の成人のでは、5人に一人の割合だという。また、1014才の子供たちでは、31%。サウジり子供の300万人が太りすぎであり、そのうちの50%は糖尿病だ。

 

 

 

子供たちの薬物依存と喫煙の問題も深刻だ。

15%の若者が喫煙している。高校生はもちろん、中学生も喫煙している。深刻なのは、女性の喫煙だ。 

サウジでは、誰もが大學にいける。サウジの大學の定員は30万人程度。大學に進学を希望する人は、25万人程度。大學に入学するための試験など入らない。

大學側では、大學にきたら、宗教学、語学、そして、科学の教育をしっかりやる。だから若者は勉強などする必要はない。若者がインターネットで余分な知識を身につけないように、との認識だ。

 

サウダイゼーションの裏にある実情

  サウジ人の失業問題の実情

 政府は、サウジ人に適した仕事は、管理的な仕事、セキュリティー関係の仕事としている。つまり、事務屋か、国家の安全に繋がるセキュリティーの仕事だ。サウジでは、シティーリミット、石油化学コンビナート、空港、ホテルなどは勿論のこと、いたるところにセキュリティーゲートがあり、IDのチェックをしている。従を携え、いざというときには、治安活動もするこの仕事は、海外からの出稼ぎ労働者に任せるわけには行かない。

 

若者が就職を希望する職業は、官公庁の公務員だ。実に75%の者が役人志望なのだ。役人になれば、給与は保証され、休みは何時でも自由に取れる。仕事が滞ってもクビにはならない。しかし、こんな役所は、トップが替われば、ごそっと担当者まで変わってしまう。新しいトップは、自分の縁故のもの、一族から事務員を連れてくるからだ。失業者して、役人になりたいものはいくらでもいるし、わが身可愛さ、部族優先から、こうした現象が繰り返される。トップが代われば、仕事は一からの出発となる。こうして役所の事務手続きにやたらと時間がかかるのだ。役人の机の上には、処理しなければならない書類が山積みされている。上から順番に処理していくとなると、何年かかるか分からない。だから、処理の順番を早くしてもらわなければならない。そのためにどうするかは、悪知恵と、袖の下であることは何処の国でも同じだ。

 

ガルフ沿岸諸国で働くエンジニアの8割は、海外からの出稼ぎだ。

サウジではエンジニアの15%がサウジ人といわれているが、実際は、その3/4は、医療関係の仕事。だから、いわゆる我々のイメージする産業界でのエンジニアは、ほんのわずかの数lだ。

何故、これほどまでにエンジニアが敬遠されるのか? その理由は、

  エンジニアには、責任が伴う。失敗したら、言い訳が出来ない。

  時間の制約される。家庭生活が維持出来ない。

  初等教育がなされていない。数学、物理、化学の教育レベル

   親、部族がこうした職業にアレルギーを持っている。

などの社会的な背景がある。

若者の実情

  若者たちは何を考えているのか?

若者の30%は、肥満だ。

25%が学校でいじめを受けている。

18%が、許可なく、親の車を運転。

ウィークデイに、スーパーに行くと、町の中を運転手のいない車が走っている。よくよく見れば、小学生の小さな子供が運転している。他の車からは見えないほどだ。危ない限りだが、夫が帰ってこなければ、買い物にいけない。これがサウジの現状だ。

 

若者の間で早って居る遊びは、ドリフター族という遊び

四輪自動車の、片側二輪だけで突っ走り、その下に若者が座っている。度胸試しにしてはあまりに危険だ。この遊びで死亡が耐えないので、政府は躍起になって規制しようとしているが、若者はそんなことにはお構いなしだ。

 

サウジの貧困の格差の現実

ベッカー

ジェッダの町中をドライブしていると、水のペットボトル、花、お菓子、などの物売りがやたらと目につく。もっと深刻なのは、ベッカーと呼ばれる物乞い。早い話が乞食だ。彼らは、信号待ちしている車にさっとよってきて、人差し指を一本突き出して、窓をトントンと叩く。1SR、恵んでくれと言うのだ。こうしたベッカーは、不法入国で国境を越えてきたり、あるいは、ハジで入国し、ビザが切れても帰国しない連中だ。16歳から25歳までの若者が25%26歳から45歳までの人が23%程度といわれているが、女性のベッカーが実に多い。同情に訴えるには、か弱い者のほうが良いからだ。だが、こうして得られた金は、すべて仕切り屋の手に渡る。困るのは、窓を叩かれて、目が合い、そのまま、立ち去ろうとすると、腹いせに車に傷をつけられるのだ。こうしたことから、サウジの町中の交差点は、ラウンド式になっており、車が止まらないようになっている。ちょっとした隙間があれば、ここに割り込むテクニックが必要だ。これが、また、女性がなかなかドライバーの免許を取れない理由にもなっているようだ。難しい話。

子供の強制労働

サウジでは、複数の女性を妻とすることも可能であるが、子沢山の家庭では、経済的に余裕がないと、子供に強制労働をさせるケースがある。強制労働をさせられている子供の半分は、8人以上の家族の家庭だ。そして、2割は、子供のそうした収入を頼りに生活している。彼らは収入は、50SR/day程度といわれる。

 

先進国、それとも、・・・?

 雨のないサウジでは、水の確保は深刻な問題。現在では、海水の淡水化がすすんでおり、生活のための水は何とか確保されているようだ。淡水化技術でサウジに多いに貢献しているのが東洋紡だ。サウジの淡水化プラントの75%を締めており、さらに近い将来、サウジで最大級の淡水化プラントを立ち上げる計画だ。紅海に流れ込む淡水の川がほとんどない。その結果、ここの海水の塩分濃度が非常に高い。通常の海水の塩分濃度より一割程度濃い。この水を最も効率よく、淡水化出来るのが、東洋紡の逆浸透膜と評価されている。 しかしながら、年々人口が急増しているサウジでは、水はどうしても少ない。そんな状況だから、いまだに雨乞いが盛んに行われている。この雨乞いの儀式を執り行うのは、国王の大事な仕事。雨が降るのは、国王のおかげというシナリオが浸透しているからだ。観測技術と情報網が発達し、気象情報は刻々世界中から入ってくる時代。ジェッダからメッカに繋がる街道の脇に、数個のパラボラアンテナを備えた立派な天文台がある。天気図を作れば、容易に気象予報が正確に出来る時代だ。サウジでも、克明に天気図をインターネットで見ることができ、又、天気予報もしっかりとしている。今では素人でも、サウジにいつ頃雨があるのか暗いは予測がつくが、専門家の気象台の予測を元に、メディナの僧侶が国王にそろそろ雨乞いの時期ですよと進言する。と、国王が、神のお告げがあったと、即座に主要な州の知事に、政府の主な機関、主要なモスク、大學で雨乞いの儀式を執り行うように指示する。天気予報が外れるはずはないのだが、問題は、折角の雨雲が雨を降らせなかったり、雨乞いをする前に雨になってしまうことがある。理由は明確、サウジの山は標高が低い。雨雲が雨を降らすほど高くはないのだ。また、雨雲がやってくる方向により、サウジに到達する時刻が違う。とりわけ、西から来る雨雲は、サハラ砂漠をこえ、エジプトからサウジの北部を通ってくるものと、アフリカのケニヤやエチオペアのサバンナを越えてくる南からの雨雲がある。特に北からの雨雲は、低い山では雨を降らせないのだ。しかも、ジェッダと言うのは、この両方の雲の丁度境目にあるから、予想が外れる。予想が外れれば、インシャラー。国王もこの天気の気まぐれはどうしようもない。無理もないこと。

5. Saudi の抱える社会的問題

 以上、サウジでの生活の中で、あれっと感じられるさまざまな現象を主として新聞記事から抜粋したが、こうした記事の裏に隠されているサウジの社会

の現実の姿、それは何処から生まれてくるのか、それを探った。

Saudiの 社会的な問題を彼らの価値観から考えてみたい。

石油から生まれてくる潤沢な国家財政。サウジの統治のためにサウド家がしたことは、これらのお金を国民にばら撒くことだった。それは、イスラムのザカートが教えるように、イスラム教徒としての最大であり、かつ、二つの聖都の守護神としての国王のしなければならない美徳であるのだ。このため政府は国民に対して、

 税金はなし、

 教育費、医療費は只。

 働かなくとも食っていけるだけの失業保険

こんな福祉政策を取った。金はいくらでもある。これは、国民に政治に不満を持たせず、イスラムの盟主国としての認識を自負をさせるために必要だった。

 

その結果、サウジの社会には、 

働かない

やる気がない

食うには困らない

風潮が広がり、そして、これが出稼ぎ天国の国にとなっていったのだ。

 

そんなサウジには、ないものはない。金さえあれば何でも手に入るという考えがはびこっている。何も、自分で作る必要はないのだ。こうして、海外からの安かろう、悪かろうの商品が市場の出回る。欠陥商品は、売る側に責任があるのではない。買う側の責任だ。とにかく、市場を仕切っているのは、大手の財閥。店のオーナーはサウジ人、でも店員は、出稼ぎ労働者。こんなところに文句を言っても始まらない。言葉は通じないし、風向きが悪ければ、インシャラーで、「はい、これまで」だ。

 

若者にやる気がないのは、困ったものだ。力仕事などしなくても汗が出てくるから 汗のでるような力仕事は、自分たちの仕事ではない。働くことは必ずしも美徳ではない。汗をかくような仕事に就くと親は、部族の中での面子がつぶれると、小遣いをやるからその仕事には就くなと言う。、親の世代は、ある時までは生活をすることが精一杯であったのに、ある日、突然、国が裕福になり、働かなくともお金が入ってくるようになった。政府はサウジ人でないとつけない仕事、とりわけ、役所の仕事など、実務は出来なくても、サウジ人というだけで働くことが出来る職をつくり、これで、サウジ人が潤った。とにかく管理職、マネージャー、名義人貸しの仕事が沢山あった。でも、今はそんな時代ではない。

にも拘わらず、彼らは、そうした仕事に固執している。大學を出れば、直ぐに管理職になりたい。でなければ、部族の中で面子が立たないのだ。仕事がないわけではないが、彼らが望む仕事がないのだ。望む仕事を広くするようにすれば良いとの考えで、政府は彼らの望む仕事を増やせと企業を指導している。働く能力のない若者、やる気のない若者、つまり、効率の悪い労働者を雇っても、資本主義の世界では通用しない。いつまでもいたちごっこだ。

それでも、サウジの人たちは食うにはこまらない。物価が安い。施しの世界だ。何もない人でも食っていける社会なのだ。極端な例になるが、政府は、若者の失業対策に、海外からの資金援助で、いくつかの訓練校を作っている。日本の企業が支援して、自動車の修理工の訓練校、冷蔵庫やエアコンの修理をする技術者の訓練校、樹脂加工の技術を学ぶ訓練校などが作られている。ドイツのGMW、ベンツやフォルクスワーゲンがジェッダに工業短期大学を作った。こうした訓練校には、就職を条件に 企業スポンサーがついて、訓練生には、月2000SRの奨学金が支給される。腕に技術が付くのであるから、とても良い条件だと思うが、これがうまく運営されていない。このような学校に行かなくとも、親からの小遣いと、遊んでいても政府からの失業保険が、月に3000SR入る。誰が見ても結果は明白。これ以上の説明は要らないだろう。

 

サウジ人の名前には、親の名前がつけられる。日本の苗字のようなものだが、それでも区別が付かない場合には、おじいさんの名前がその後ろに付く。これに特に違和感はないが、しかし、部族社会、そのしきたりと風習が依然として残っているサウジにとっては、大変、難しい問題だ。しかも、名門には、○○家という意味の「Al-」という称号のようなものがつく。名門部族や、部族の指導的な立場にある家には、この定冠詞のようなものがつくが、問題は、この称号が付かない家族だ。一流の企業の幹部のメンバーにはほとんどこのAl-という称号が付いている。つまり、名門家族のでなのだ。そういう人たちには、アラムコでも出世の道が開けている。しかし、そうでない若者たちの出世の道は厳しい。特に、他人よりも優れた技術や才能を持っていなければ、どんなにかんばっても重要なポストにつけない。

ジェッダは、もともと商業で栄えた町だ。西海岸には、初等教育がしっかりしているといわれるイェーメン、ヨルダンからの移民が多い。彼らの名前には、彼ら独特の部族名が付いている。だから、名前をみれば、彼らの先祖がイェーメンであるのか、ヨルダンであるのかが一目瞭然だ。歴然として部族社会が存在しているサウジアラビアにとっては、当然のことであり、これにより弊害はないと思われるが、これから先、どうなるであろうか?

 

サウジには、王位継承権を持ったプリンスが1500人以上居るといわれる。政府の要職に就いたり、また、経済界と結びつき活躍するプリンスは多い。しかし、そのプリンスたちの中にも、競争がある。部族というより一族が結束し、自分の家系を優先しようとしたとしても決して不思議ではない。政府の要職について活躍したいと頑張っているという王子もいるが、このプリンスたちのボストにも本人の能力よりも、親の威光や家系の力による人事が行われているような気配がないわけではない。これからは能力のあるプリンスがその力を存分に発揮できるような社会になることを期待する。

 

サウジでビジネスを進めていく上で、一つ注意しておくことがある。

 それは、サウジアラビアは、東海岸と西海岸では、歴史も違うし、文化も全く異なることである。だから、ここで述べていることは、サウジの西海岸の文化を整理したもので、これが、そのまま、サウジアラビアの東の海岸地域の文化を表しているものではないことに注意していただきたい。

 そのように前提に立ち、サウジでビジネスを進める上で、とりわけ、若者の労働意識について、気のついたことをまとめた。

これは、とくに、サウジに設立された外国からの企業の休暇についての実例だ。

 

 

 企業の労働規約を見ても、必ずしも、我々の世界とあまりかわらない。国民の祝日もそれほど多いわけではない。これなら取り立てて労働市場が悪いというわけではない。が、しかし、とにかく、遅刻とシックリーブが多い。これは、成人の男しか、ドライバーの免許が取れないことと関係している。家族の中で、誰かが病気になり、医者に見てもらおうとすれば、タクシーを利用するか、あるいは、亭主が会社を休んで病院に連れていくしかない。本人が病気であれば、これは病欠として認められている。その病欠は、医者の証明書があれば上限はない。もし、仮に、自分の部族のなかに知り合いの医者がいて、診療証明書を書いてくれるなら、いくら病欠をしてもこれを認めないわけにはいかない。その結果がどうなるかは一目瞭然。あまりにもひどいと、ジェッダの州知事は、三日以上継続して病欠を取るときには、企業の専属医者の証明書が必要と公布した。それでも、週に三日も会社に来ればよいほうだ、と言う例もある。

 

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