青い石の少女  −8−



……だめだ、近づいたら……
 朝湯気の木の精霊イルクの止めるもの聞かずに、アウインが走っ
ていく。
 ジーナは、その先に、青い光があることを感じていた。それは、
アウインの首飾りと剣の柄にはまっている青い石と、かすかに似た
気色を持っていた。しかし、明らかに、輝きの大きさが違う。それ
は、まわりの光をも吸い取って、膨らんだような感じだった。
「きゃっ」
 アウインの悲鳴が聞こえる。
 そして、イザークがアウインの側に走っていく気配。
 青い石から、また、衝撃が放たれる。それをイザークが受け止め
て、人気のないところへ散らした。
 ノリコお姉ちゃんは、と、探すと、イルクに守られて無事だった。
 このとき、ジーナは、後ろから近づく、異様な気配に気づいた。
声をあげる間もなく、馬から引きずり下ろされた。気がつくと、殺
気をまとった男に、腕を掴まれて身動きがとれない。顔の前に、冷
たい物を感じる。
「ジーナハースっ」
 ノリコの、自分を呼ぶ声が聞こえた。

 アウインとイザークが、ノリコの悲鳴に驚いて振り向くと、ジー
ナが男に捕まって、剣を突きつけられてた。
 盗賊だ。
 アウインは、起き上がると、ジーナの元へ駆けだした。
 後ろから、青白い光が迫ってきたのと、盗賊が何事か叫んだのと、
同時だった。
 衝撃の風が、アウインの横を通り抜ける。アウインは、必死で手
を伸ばした。ジーナを抱きかかえて、地面に転がる。盗賊は、衝撃
に吹き飛ばされて、茂みの奥へ転がり、そのまま動かなくなった。
 顔を上げたアウインが見たものは、青い魔石を抱えて立ち上がっ
た兄と、膝をついて肩で息をしているイザークだった。おそらく、
イザークが楯になって、衝撃をやわらげてくれたのだろう。自分と
ジーナは無傷だが、まわりは地面がえぐれ、木の葉は吹き飛んでい
た。
「兄さん?」
 アウインは、兄の姿を見て驚いた。体は、記憶のそれよりも細く
なっていた。顔の肉は削げ落ち、目は落ちくぼんで虚ろだった。
 どういうことだろうか。兄は、確かに能力者だった。それは、普
通の人より、少し力が強いだけのものだ。家に伝わる魔石に触れる
と、それが何十倍もの力に変わった。だが、ほかの能力はなかった
はずだ。
「アウイン、青い石よ」
 ジーナが、アウインの腕を引いた。
「お兄さんは、青い石の波動に引きずられているの。本来使えるは
ずのない力を使わせているのは、青い石よ。あれは、人の命を食べ
て光ってるの」
 ジーナの言葉が終わらないうちに、また魔石から衝撃の風が放た
れた。今度は、イザークも耐えきれず、後ろに吹き飛び、衝撃はア
ウインとジーナに迫った。
 アウインは、ジーナを庇って地面に伏せた。
 ところが、一向に衝撃は襲ってこない。おそるおそる目を開けて、
アウインは、目を瞬いた。
 青い光が、自分とジーナを包んでいたのだ。まわりでは、風が吹
き荒れているというのに、光の中は何ともない。よくよくジーナと
自分の体を確かめてみて、アウインは、目を見張った。
 首飾りと剣の柄の青い石が、輝いていた。ふたりを包み込む光は、
この二つの小さな石が発していたのだ。衝撃の風は、その光を避け
るように逸れていく。
 そのとき、アウインは、遠くから自分を呼ぶ声を聞いた。
 振り向いて、兄の方を見ると、風の向こう、兄の後ろから黒髪の
剣士がひとり、走ってくるのが見えた。
 剣士は、アウインの兄に、後ろから取りついた。
「やめろ、やめるんだ」
「師匠っ」
 アウインは、男を呼んだ。
 見ている間に、彼は、青い光に弾かれた。後ろに飛ばされ、木に
頭をぶつけて動かない。
 アウインは、首飾りの紐を引きちぎると、ジーナに押しつけた。
「持ってろ」
 言うが早いか、アウインは剣を引き抜いて、兄に向かって走り出
した。
 風が、アウインを避けていく。
 アウインは、剣を頭上に掲げて、青い魔石めがけて切りつけた。

  風が止んだ。
 アウインは弾かれて後ろに下がったが、持ちこたえて踏みとど
まった。
 ジーナも首飾りを手に持って、アウインの後を走った。
 石が呼びあう、波動を感じる。
 ジーナは、青い魔石が、再び風を起こそうとしているのを感じた。
首飾りを、魔石の気配へ向けて投げつける。
 風が飛び出す瞬間、首飾りの石に魔石の気配がぶつかり、ふたつ
の石は、同時に光を放って弾けた。
 ジーナは、咄嗟に地面に伏せる。
 アウインの気配を探ると、彼女も地面に伏せて、衝撃をやり過ご
している。
 ジーナは、アウインの持つ剣の波動が、柄の石と重なるのを感じ
た。同時に、青い魔石の気配が、少し弱くなった。アウインの兄も、
突然の衝撃に耐えられず、石を手放してしまったらしい。
「アウイン、石を壊して」
 ジーナは叫んだ。
  アウインは、ジーナの声を聞くと、まだおさまらない風の中を走
り抜けて、転がっている青い魔石へ剣を振り下ろした。
 一瞬の抵抗の後、剣は弾かれて吹き飛ばされ、アウインも転がっ
た。
 ジーナは、そのとき、玻璃の砕ける音を聞いた気がした。
 事実、青い魔石は、同じ魔石の波動を持つ剣に叩かれて、耐えら
れずに砕け散った。
 嵐の後の静寂を破ったのは、ノリコの声だった。
「ジーナ、ジーナ。大丈夫?」
 ノリコが、ジーナを抱き起こす。
「お姉ちゃん」
「ジーナ、怪我はない、痛いところは」
 矢継ぎ早に聞かれて、ジーナは声が出なかった。ノリコが、心配
をして、ジーナの手足に触れていく。
「どこも痛くない」
 ジーナは、やっとそれだけ言えた。
 アウインは、と、気配を探すと、こちらはイザークが側について
いるようだ。アウインも大きく息をしているが、ひどい怪我はして
いない。
「よかった」
 ジーナの声に、ノリコの声が重なった。自然と笑みがこぼれる。
 しかし、まだすべてが終わった訳ではなかった。
「兄さん、師匠」
 アウインが呼んでいる。
 ジーナは、胸の巾着に手を触れた。巾着の中には、ジーナの占石
の青い石が入っている。
 脳裏に、アウインが師匠と呼ぶ、剣士の姿が浮かんだ。黒髪を後
ろで束ねて、馬に跨がり、白霧の森を背にして、去っていこうとし
ている。隣には、アウインがやはり馬に乗り、振り返りながら手を
振っていた。
「大丈夫、あの人は大丈夫だよ」
 ジーナは、アウインに声をかけた。
「ジーナ、無事か」
 アゴルの声がした。茂みの奥から走ってくる。バラゴもいっしょ
だ。
「お父さん」
 ジーナは、アゴルへ手を伸ばした。アゴルが駆け寄ってきて、
ジーナを抱きしめる。ジーナはようやく、体の力を抜くことができ
た。

 アウインは、しばらく呆然として坐りこんでいたが、バラゴが、
剣士の無事を確認すると、倒れている兄の元へ駆け寄った。
「兄さん、兄さん」
 アウインは、倒れて動かない兄を呼びつづけた。
 呼吸はしている。だが、ひどく浅くて苦しそうだ。
「兄さん、しっかりして」
 何度か体を揺すると、やっと兄は目を開けた。
「兄さん」
 アウインは、兄に呼びかける。
「……アウイン……」
 かすかな息の中で、彼は言葉を告げようとする。
「……このまま……行け……」
「兄さん、何を言ってるんだ」
「……村を、出て……帰るな……行け……」
「兄さん」
 その後、何度もアウインは兄を呼びつづけたが、とうとう次の言
葉を言わぬまま、彼は息を引き取った。



(C) 飛鳥 2003.7.16.

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