青い石の少女  −9−



  青い魔石は、砕け散った。
 アウインの手元には、兄の形見の一振りの剣が残った。柄には、
衝撃に耐え抜いた、小さな青い石が光っている。

  あれから数日、ジーナ達とアウインは、白霧の森で過ごした。
 その間に、アウインの兄の葬儀が、少ない参列者で営まれた。そ
の中には、アウインを追ってきた剣士もいた。彼は、アウインの村
の、剣の師だという。バラゴと歳はたいして違わない。驚いたこと
に、村の連中が決めた、アウインの婚約者ということだった。
「師弟の関係で結婚するつもりはないが、承諾しないと、アウイン
の身が危ういと思って」
 照れながら、そう語った剣士は、アウインを情愛あふれる瞳で見
つめていた。
 また、ノリコは、ジーナとアウインを伴って、朝湯気の木の精霊
イルクツーレを訪ね、アウインの兄が森へやって来たときの様子を
聞いてみた。イルクの答えは、とても曖昧なものだった。
……最初、全然、気がつかなかったんだ……
 イルクは、そう言った。
……不思議なことだけど、ぼくが気づいたときには、もう、朝湯気
の木のすぐ近くまで来ていたんだよ。青白い光に包まれて、ふらふ
らしていて。見ているうちに倒れてしまった。まるで、眠っている
ようだった。その後すぐ、盗賊が入り込んで、変な気をまき散らし
はじめた。ノリコ達がこの森に来てくれたことも、すぐにはわから
ないくらいだったんだよ……
 アウインは、イルクの話を聞いて落胆したが、このとき、すでに
決心をしていたようだ。
 アウインは、兄の遺体を白霧の森に埋葬すると、遺言に反して、
故郷の村へ帰ると言った。
「兄さんのことや、青い魔石が砕けてなくなったことを、知らせな
いといけないと思うんだ」
 決意を語るアウインは、出会った最初のころのように、剣士の顔
つきに戻っていた。
 ジーナは、胸の巾着を握りしめて言う。
「あたし、占ってみようか」
 この申し出に、アウインは首を振った。
「ジーナの気持ちはありがたいけど、先を知ってしまったら、怖く
て前へ進めなくなるような気がするんだ」
 小さく笑うアウインの前で、ジーナは堅い表情をしていた。
 アウインは、先のことを知るのが怖いと言う。
 ジーナには、思いもつかない言葉だった。

 近在の町の警備隊に、盗賊の残党を引き渡すと、ジーナとアウイ
ンの別れのときが来た。
 アウインを追ってきた剣士は、すでに馬上にある。
 アウインは、ノリコ、イザーク、バラゴ、アゴルとそれぞれに挨
拶を交わすと、最後にジーナハースの手を取った。
「怖い思いをさせちゃって、ごめんね」
 アウインの言葉は、どことなくノリコの口調を思わせた。
「それから、兄さんを見つけてくれて、ありがとう」
「アウイン、あたしの方こそ、守ってくれて、どうもありがとう」
 ジーナは、胸が痛んだ。自分には、やさしい父や仲間がいる。し
かし、アウインには、もう親も兄もいないのだ。頼れる人がいない
村へ帰って、これから、アウインはどうなるのだろうか。
  ジーナは、思いついて、腰に下げていた小さな鏡をはずした。そ
れは、先日もらったばかりの、12歳の誕生日の贈り物だった。
「アウインにあげる」
 そう言って、ジーナは、鏡をアウインの手に押しつけた。
「お守り、なくしちゃったでしょ」
 アウインは、戸惑った。確かに、首飾りは、青い石とともに砕け
てしまっていた。
「だめだよ。大事なものだろうに」
 アウインは、鏡をジーナに押し返した。
「大事なものだから。それに、あたしのお守りは、ここにあるも
の」
 ジーナは、胸の巾着を触ってみせた。
「この鏡は、アウインのお守りにして」
 アウインが、ノリコとアゴルを見ると、ふたりともうなずいてい
る。
「……ありがとう。でも、おれ、返すものがない」
「それじゃあね」
 ジーナは、笑った。
「今度、会ったときにちょうだい。アウインの宝物を」
「え?」
 アウインは、ジーナの顔をまじまじと見つめる。
「きっと見つけてね」
 アウインを見上げるジーナの顔は、12歳の少女のそれだった。
「……ジーナ……」
 アウインは、もう一度、ジーナの手を握りしめた。
「約束する」
 どちらも泣き笑いの顔になっていた。



 こうして、ふたりの少女は、別れた。
 その後の様子を、少し触れておこう。

  故郷の村に帰り着いたアウインは、そこに長く留まることはな
かった。家財をいっさい処分して、再び旅に出る。
 一方、ジーナハースは、ノリコやイザークとともに、各地を巡る
旅を続けた。
 そして、数年後、青い石を持つふたりは、約束通り再会を果たす。
 後に、アウインが白霧の森に定住を決めたとき、ジーナハースも
父親のアゴルとともに森へ移り住んだ。
  長じては青い石の占者とも、白霧の森の占者とも呼ばれた、ジー
ナハース。旅の途中でも、占者として多忙な日々を過ごしていても、
彼女のまわりにはいつも、家族や仲間の笑顔があったことを記して
おく。



(C) 飛鳥 2003.7.16.

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