青い石の少女  −6−



  ノリコは、アウインの隣に移動して、剣を握っている彼女の手に、
そっと自分の手を添えた。
「お兄さんじゃないかもしれないわよ。盗賊の仕業かも」
 ノリコが慰めるようにいうと、アウインは、首を振った。
「家に戻ったら、青い魔石がなくなっていた。家の中も荒れていた。
魔石を持った兄さんが、暴れたんだって。制止も聞かずに外へ飛び
出していって、蔵も壊して、この剣を持ち出したそうだ。言っただ
ろう、魔石に触れると、気が狂うって。兄さんも知っていたはずな
のに」
 アウインは、剣を抱きしめて言った。
「兄さんを助けなきゃ。あの石を持ったままだと、兄さんはどんど
んおかしくなってしまう。止めなくては」
 アウインの決意を聞いて、イザークが再び口を開いた。
「アウイン、あんたは、実の兄に剣を向けられるのか」
 アウインは、イザークに向き直る。そして、ゆっくりと言葉を口
にする。
「できる、と思う」
 イザークは、そんなアウインに感情の見えない視線を突きつけて
いたが、やがて一言、「わかった」とつぶやいた。
 これで、その夜の話は終わった。
 翌朝、白霧の森へ向けて出立することを確認すると、それぞれが
部屋へ分かれて休むことになった。
「アゴルとジーナは、この部屋を使ってくれ」
「ああ」
「はい」
 ふたりの返事をもらったイザークは、次にバラゴの顔を見る。
「バラゴは、おれたちといっしょでいいな」
「ノリコが、オレが床で寝ても文句を言わないならな」
「バラゴさんたら」
 ノリコが、真っ赤になった。
「それでは、アウインは、隣の部屋を使ってくれ」
 イザークが言うと、アウインは首を振った。
「おれは一人部屋じゃなくてもいい」
 アウインとしては、女性と同室でもかまわないというつもりだっ
たのだろう。しかし、言葉を返したのは、バラゴだった。
「んじゃ、おれといっしょに寝てくれるか」
「はあ?」
 当然のごとく、バラゴは、部屋中の者から白い目で睨まれる。
 すると、ジーナが動いた。アウインの方へ、手を伸ばして歩いて
いき、腕をつかんだ。
「いっしょに寝よう」
 と、アウインを誘う。
「お父さん、いいでしょう。イザークもかまわないよね」
 ジーナは、にこにことアウインの腕につかまった。
「アウインは、それでいいか」
 イザークに聞かれて、アウインは、しばし考えていたが、
「いいよ」
 と、返事をした。
「よかった」
 ジーナが、アウインの方に顔を向けて、笑う。
「それじゃ、おやすみなさい」
 ノリコの言葉を合図に、バラゴが先に部屋を出ていく。
「ジーナ、アゴル、ゆっくり休めよ」
「ああ、おやすみ」
  バラゴの言葉に、アゴルが答えた。
「お姉ちゃん、おやすみなさい」
「おやすみなさい、ジーナ」
 ノリコとイザークが部屋を出るのを見送ると、ジーナは、先刻ま
でアウインが坐っていたベッドの端に腰掛けた。
「今日は、いっしょのベッドで寝てもいいでしょ、アウインさん。
あたし、お姉ちゃん以外の女の人と、同じベッドで寝るの、はじめ
てなんだ」
「きょうだいじゃないのか、ノリコさんと」
「ちがうよ。あたしのお母さん、小さいときに死んじゃったから。
ずっと、お父さんとお姉ちゃん達と、旅をしているの」
 そこへ、アゴルが、ジーナに櫛と鏡の入った袋を手渡した。
「ジーナ、ほら」
「ありがとう、お父さん」
 ジーナに袋を渡すと、アゴルは、洗面器と水差しを持って部屋の
戸に手を伸ばした。
「すまんが、お湯をもらってくるから、アウイン、しばらくジーナ
を頼むよ」
 アウインがうなずくのを確認すると、アゴルは部屋を出ていった。
 ジーナは、袋から、櫛と、ビーズ細工の小さな鏡を取り出した。
「きれいだね」
 アウインは、剣帯をはずしながら、ジーナの手元の鏡を見て言っ
た。
「ありがとう。これ、誕生日の贈り物なの」
「誕生日?」
「うん、この間、12歳になったよ。アウインさんは、何歳」
「おれは、17歳」
「小さいころから、剣を習ってたって言うけど、何歳からやってる
の」
「5歳くらいかな。おれ、身が軽そうだって、剣の師匠に親が勧め
られたそうなんだ。普通、女の子は、体術だけなんだよ」
「そうなの」
 アウインは、ジーナの隣に腰掛けた。
「ジーナは、何歳から占いを?」
 ジーナは、少し首を傾げた。
「おぼえていない。小さいときはリェンカに住んでいて、そのとき
から、占いができたの。こうやって」
 ジーナは、胸の巾着を手に持った。
「青い石を手に持つと、いろんなものが見えるのよ。アウインさん
の顔も見えるよ。少し日焼けした肌に、亜麻色の髪の毛、手足がす
らっと長くて、背も高いね」
 アウインは、感嘆の声をもらした。
「アウインでいいよ。おれもジーナって呼ぶから。ところで、ジー
ナも青い石を持っているのか」
「そうよ、これ、この巾着の中に、いつも入れてるの」
「見せてくれる?」
「うん」
 ジーナは、巾着から青い石を取り出して、手のひらにのせた。
「守り石なんだね、これ」
 アウインが言った。
「お母さんの形見なの。それから、あたしの占石」
「じゃ、これがないと、ジーナは占えないのか」
「そう」
「ふーん」
 アウインは、じっとジーナの青い石を見つめていた。
「アウイン、どうかした」
 ジーナが、声をかけると、アウインははにかんだように笑った。
「あ、ごめん。もういいよ、見せてくれて、ありがとう」
 ジーナは、そお?とでも言いたそうな目を向けたが、黙って青い
石を巾着にしまった。
「ところで、聞いてもいい?」
 アウインが、遠慮がちに声を出す。
「なあに」
「ノリコさんのこと。その」
 言いにくそうにしているアウインに、ジーナが言った。
「ノリコお姉ちゃん、とってもきれいでしょ。もうすぐ結婚するん
だよ」
「結婚……やっぱり、イザークさんと?」
「そう。バラゴさんやお父さんが聞いても、ふたりとも黙ってるけ
ど、あたしはわかるの。アウインもわかったでしょ。とってもすて
きなふたりだもん」
「そうだね。他の人とは、なんだか感じが違うね。結婚するって、
あんな感じになるのかな」
「お姉ちゃんとイザークは特別なの。愛しあってるんだから」
「ジーナ、顔が真っ赤になるようなこと、平気で言えるんだな」
 そこへ、戸を叩く音がした。入ってきたのは、ノリコだった。湯
気のたつ水差しを抱え、洗面器を手に下げている。
「よいしょっと」
 棚に水差しを置いて振り向いたノリコは、ジーナとアウインの顔
を見てびっくりした。
「どうしたの、ふたりとも、顔が赤いよ」
「ええ?」
「なんでもない」
 慌てて顔を隠すジーナ、頭や手を振って答えるアウイン。そんな
ふたりを訝しく思いながらも、ノリコは、言った。
「アゴルさんに頼まれたんだ。イザークがアゴルさんに、少し話が
あるんだって。だから、この間に、顔や手足を拭いちゃおうね」
 ふたりがうなずくのを見て、ノリコは笑った。

 あとで、ノリコはイザークに、こんな風にふたりの様子を語った。
「顔が真っ赤だからどうしたのかと思ったけど。何を話していたの
かしら、照れる姿がね、不思議と似ているのよ。あたしが声をかけ
ると、もうずっと前からの親友みたいに、首を降るタイミングがね、
ぴったりなの」
 話題のふたりは、そのころ夢の中。
 アゴルが、そっとずり落ちた毛布を掛けなおして、娘の顔を眺め
ていた。



(C) 飛鳥 2003.7.16.

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