青い石の少女  −5−



「アウイン、ひとつ聞きたいんだが」
 アゴルが、控えめな声で言う。
「何」
 アウインが顔をあげた。
「君は、石の波動を追ってきたと言っていたが、一体どうやって、
石の波動なんかがわかるんだ。もしかして、君も能力者か」
「違うよ。おれは能力者じゃない。見せてやるよ。水、ないかな」
 アウインは、剣をベッドに置いて、立ち上がった。
 部屋の隅の棚に、水差しと洗面器が置いてある。アウインはそれ
を取って、部屋の中央の床に置いた。洗面器に水を張ると、アウイ
ンは、自分の首から首飾りをはずした。それを、そのまま洗面器の
中に入れる。首飾りは、数回浮き沈みを繰り返したあと、小刻みに
揺れはじめた。水面に波紋が広がる。だんだんと揺れが激しくなり、
いつか首飾りは洗面器の縁にぶつかってしまった。不思議なことに、
首飾りはそのまま縁にくっついて離れない。
「石が、より大きな破片に引きつけられるんだって」
 アウインが言った。
「こうやって、方向を確かめて来たんだ」
 アウインは、部屋にいる者の顔を見渡した。
 アゴルとノリコは、床に膝をついて洗面器を覗いている。ジーナ
はベッドに腰掛けたままだったが、胸に下げた巾着を握りしめて、
こちらに顔を向けていた。バラゴは椅子から身を乗り出すように覗
き込んでいる。イザークは、窓辺に背を預けたままだった。
「この方角は、間違いなく、白霧の森の方だな」
 アゴルが言った。
「やっぱり」
 アウインも言う。
「盗賊の残党が、白霧の森に逃げたって話をしただろう。そいつら
は、青い石を持った剣士にやられたんだって。その剣士は、兄さん
だと思う。剣士は白霧の森の方へ行ったって話だったから、おれも
そこへ行こうと思ってるんだ」
「でも、盗賊が」
 ノリコが声をあげた。
「おれは剣士だ。盗賊のひとりやふたり、どうってことないよ」
 アウインが答える。
「先刻の話では、逃げたのは二、三人だったじゃないか」
 バラゴが、茶々をいれた。
 途端に、アウインの目が吊り上がる。
「あんた達も白霧の森に行くんだろう。だったら、ひとりくらい任
せてやるよ」
「お、自分の非力を認めるってか」
「悔しいけど、あんたの方が、おれより腕はたつようだ」
「ええ?」
 今度は、バラゴが、目を剥いた。
「師匠に言われたんだ。自分の力を過大評価するなって。おれは女
だから、どうしたって男の腕力には敵わない」
 アゴルが、そんなアウインに尋ねた。
「君は、いつから剣を習ってるんだい」
「小さいころからだよ。おれの村は、山間の小さな村だから、住人
も少ない。かわりに、盗賊や、無法者はしょっちゅうやってくるん
だ。みんな剣や体術の稽古を子どものときからしてるよ」
「ね、アウイン」
 今度は、ノリコが聞いてきた。
「その、男の子みたいな口調も、もしかして小さいときからなの」
「そうだけど、変か」
「え……変って……えーと、その、ね」
 アウインのハッキリとした物言いに、ノリコの方がしどろもどろ
になった。
「自分でもわかってるんだけど、すっかり癖になっちゃってさ。小
さいときから、村の男の子といっしょに、師匠に剣や体術を習うこ
との方が面白かったから」
 アウインが小さく笑ってみせた。かすかに揺れる亜麻色の髪は、
光沢はないが、柔らかく波を打って肩に垂れている。
 ノリコは、ジーナの隣に戻って腰掛けた。ジーナを見ると、巾着
を握りしめて、アウインの方に顔を向けたままだった。
 アウインは、洗面器から首飾りを取り上げて、軽く水を拭うと、
再び首にかけた。アゴルが洗面器と水差しを片づける。
「あ、ありがとう」
 アウインが、礼を言うと、アゴルが笑った。
「はは、つい体が動いてしまうんだ」
 アゴルがジーナの隣に戻ってくると、バラゴが、口を開いた。
「そんじゃ、明日、みんなで白霧の森に行くことに、問題はないな。
イザーク?」
 イザークは、腕を組んで壁に背をもたせたまま、アウインを見て
いた。
「なんだ。お前、アウインに何か聞きたいことでもあるのかよ」
 バラゴが、ニヤニヤ笑って言った。
 ノリコがイザークを振り向くと、彼は感情のない顔をしている。
立ち上がりかけたところを、イザークの手の合図で止められた。
 イザークは、何か言いたげなノリコを手で制して、話しだした。
「話したくなければ話してくれなくてもいいが。アウイン、あんた
の兄さんは、どうして村人を傷つけて逃げたんだ。しかも、魔石ま
で持ちだして」
 アウインの肩が、びくんと跳ねた。顔色がみるみる青ざめる。
「イザーク、今日はもう遅いから、その話は」
 ノリコが、アウインの様子を見て慌てた。
 ところが、アウインは、剣を手に握りなおすと、語りはじめた。
「かまわないよ。ノリコさん。先刻も話したけど、魔物の化身とさ
れる青い石に触れると、能力者の力は増大するんだ。だけど、代わ
りに精神が侵されて、終いには発狂する。そうして死んでいった者
が、おれの家には何人もいたんだ。こうやって、お守りにするため
に小さく削った石でも、効果は同じだ。これは、魔物を退治した剣
士の子孫にしか効かないから、本当のところは、生まれた子どもが
能力者かどうかを確かめるために、持たせるものなんだよ」
「なるぼど、あんたの兄さんは、能力者とわかったから、剣を蔵に
しまわれて」
 バラゴが口を挟んだ。
「違う」
「え?」
「兄さんは、生まれたときは何ともなかった」
「なんともないって?」
「能力者とは気づかなかったんだ」
「はあ?」
「兄さんは、力持ちなんだよ。青い石は、大人の拳位の大きさだけ
ど、見た目よりもずっと重いんだ。大人がふたりががりでやっと持
ち上げるんだ。それを、兄さんはひとりで、しかも持ち運びができ
る」
「よくわからんな」
 ほうと、アウインは息を吐いた。
「おれの家は、代々、能力者ではない者が跡を継ぐしきたりだ。お
れたちの父は、去年死んだ。だから、跡を兄さんが継ぐはずだった
んだ。それなのに、ばれてしまった、兄さんが能力者だってこと
が」
「ばれたってことは、隠してたってことか」
 アゴルが、聞いてきた。
「そう。おれは知っていた。たぶん父も知っていたと思う。兄さん
だって当然自分のことだから」
「それじゃ、どうしてばれたんだ」
「父の葬儀のとき、柩を埋葬場所まで運ぶときに、馬車の車輪が外
れかかったんだ。馬車が揺れて、柩が落ちそうになった。すぐ横に
は、葬儀に参列してくれた村の人がいたから、兄さんは柩を支える
つもりで……持ち上げてしまったんだ」
 聞いている者は、言葉が出なかった。
 しばらくして、バラゴが気を取り直して言う。
「でもよ、それまで、よくばれなかったな。子どものときにでも、
わかんなかったのか」
「いくら能力者でも、赤ん坊が椅子や机を持ち上げることはしない
し、少し大きくなってからだって、ほんのはずみにしか見えなかっ
たと思うよ。兄さんだって、うすうすわかっていただろうし」
「そうか」
「でも、ばれてしまったら、どうしようもない。家は、おれが継ぐ
ことになったんだ」
「それで、お兄さんはどうなったの」
 ノリコが問うと、アウインは首を振った。
「どうもしないよ。いいや、あの日までは、どうもしなかった」
「あの日?」
「能力者だからって、村を追い出される訳じゃない。家を継げな
いってだけだ。ただ」
 アウインは、言いにくそうに身をよじった。
「ただ、おれの結婚が決められた」
「結婚?」
 その言葉を口にして、ノリコの頬が、うすっらと赤くなった。
「村の長老達の申し合わせでさ。兄さんの意見は、何も聞いてもら
えなかった。もちろん、おれも」
「ちょっと待ってよ」
 ノリコが叫んだ。
「それじゃ、勝手に、無理やり決められちゃったの? 大事なこと
じゃない。それを、本人にも、そのお兄さんの意見も聞かないで」
「うん。そうなんだ」
 アウインは、他人事のように言った。
「従うつもりは毛頭なかったけど、おれ、結婚式の前に、納屋に閉
じ込めこれちゃって。なんとか逃げ出すことを考えていたら、外が
騒がしくなって、だんだん騒ぎが大きくなって。血の臭いが近づい
てきたと思ったら、納屋の戸が叩き壊されたんだ。外に、兄さんが
立ってた。この剣を構えていた」
 ジーナが、小さな悲鳴をあげた。アゴルが、そんなジーナの肩を
抱きしめる。
「ごめん。怖がらせるつもりじゃなかったんだけど」
 アウインは、声を詰まらせた。
 ノリコが、アウインを気づかうように話しかける。
「お兄さんは、あなたを助けにきてくれたのよね」
 アウインは、ノリコを見た。
「兄さんは、この剣をおれに向かって投げつけて、走って行ってし
まったんだ。おれは、すぐに剣を拾って、兄さんの後を追ったよ。
でも、村の様子が酷くて。家は何件も壊れていたし、怪我人もたく
さんいた。みんな、兄さんがやったって言うんだ」
 アウインの剣を握る手に、力が籠もる。
「信じられなかった。本当にやさしい兄さんなんだ。剣の修業なん
かより、牛の世話をしている方が好きだって笑ってて。師匠に怒ら
れて。それなのに」
 とうとうアウインは、うつむいてしまった。肩が震えている。



(C) 飛鳥 2003.7.16.

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