青い石の少女  −4−



 少女剣士は、一言、驚きの声をあげる。宿に新しい客が入ってき
ていたことに気がつかなかったとは、迂闊であった。
「す、すまん」
 少女は、一歩下がって、男に向き直った。
「その、ちょっと慌ててしまって」
 かすかに顔を紅潮させた。
 そして、改めて、新しい宿客を見渡した。
 女の子とそのお姉さんらしい女性と、個性的な剣士が三人。誰も
が初めて会う人達だ。少女は、なぜ自分が声を掛けられたのか分か
らず、立ち尽くした。
 戸惑う少女の表情が気になったのだろう。女の子と手をつないで
いる女性が、話しかけてきた。
「ごめんなさい。びっくりさせっちゃったかしら。あたし達、実は
明日、白霧の森へ行くつもりなんです。あなたが先刻、白霧の森の
ことを話していたようだから、よかったら教えてもらえないかと
思って」
 ああ、と、少女はうなずく。
「近くの村を襲った盗賊団があったそうだ。雇われた旅の剣士が退
治して全員捕まえたそうだけれど、護送中に二、三人が逃げたって。
白霧の森に、逃げ込んだらしいよ。」
 少女は、次に、最初に自分に声をかけた男に話しかけた。
「今度はおれが聞きたい。あんたは青い石がどうのと言っていたな。
どういうことだ」
 男は、頭を掻く。
「つい、口がすべってな」
「口がすべった?」
 少女の目が険しくなる。
「あんたの剣の柄に、ほれ、青い石のはまってるのがみえたから
よ」
「聞くほどのことじゃなかった訳だ。失礼する」
「おい、待てよ」
 男は、少女の腕をつかんだ。途端に、男の顎に向けて、少女の蹴
りが上がる。しかし、すばやく手を離して一歩引いた男に、蹴りは
届かなかった。
「まあ、待て。落ちつけ」
 男は、両手をあげて後ろに下がっていった。代わりに、側に立っ
ていたもう一人の剣士が、話しかけてくる。
「失礼ついでに尋ねる。もしかして、他にも青い石を持っているん
じゃないか。例えば、首飾りについてるとか」
 少女は、はっとして、胸に手を当てる。
 服の下に隠しているのは、明らかだった。
  剣士は、にやっと笑った。
「失礼を言って申し訳ない。実は、数日前に占ってもらったんだ。
俺たちはどうやら君と一緒に、白霧の森へ行くことになるらしい」
「え?」
「だから、せめて、自己紹介くらいはしておきたいんだか。どうだ
ろう。宿代はこっちが持つから、今夜はここに泊まってくれないか。
俺の娘や彼女には、できれば夜道は歩かせたくないんだ」
 剣士が振り向く先には、先程少女に話しかけてきた女性と、女の
子がいる。
「悪いが、おれは急いでいるんだ」
 少女が告げても、剣士は、あきらめずに少女を引き止めようとす
る。
「青い石については、情報をもっている。拳より大きな青い石だ」
 少女の表情が変わった。
「あんた、兄さんを知っているのか」
「兄さん?」
「とぼけるな」
 今にも掴みかかろうとする少女に向かって、女の子の声が飛んで
きた。
「あたし、知ってる」

  ジーナは、宿に入ったときから、青い石の輝きを感じていた。光
は二つ。不思議なことに、数日前に占った大きな青い石と、かすか
に気色が似ている。
 だから、自分の目の前を通って、宿の外へ出ていこうとする気配
を感じると、何とか引き止めたいと思ったのだ。
「あたし、知ってる」
 父親のアゴルと少女剣士の話を聞いていて、思わず叫んでしまっ
た。ノリコとイザークの驚く気配が伝わってくる。
 ジーナは、かまわず続けた。
「あたしが占ったんだもの。あたし、知ってるよ。白霧の森の中で、
あたし達は会うの」
「あんたが占ったって」
 少女が、ジーナを見て驚いている。そんな彼女に、アゴルは名前
を名乗った。
「俺はアゴル。娘は占者で、ジーナハース」
「オレはバラゴだ」
 頭を掻き掻き、言う。
「あたしは、ノリコ。よろしくね」
 ノリコは、少女に、人懐っこそうな笑顔を向けた。
「イザークだ」
 ノリコの隣の剣士が、ぼそっと言う。ノリコがくすりと笑った。
「それで、君の名前は」
 アゴルが、少女に尋ねた。
「おれは、アウイン」
 少女は、まだ呆然としたまま答えた。

 結局、アウインは、ジーナ達と同じ宿に泊まることになった。
ただ、空き部屋は三部屋しかなく、部屋割りが問題だが、取り敢え
ず一部屋に集まって、話をすることになった。
  その部屋は、二人部屋だった。
 ベッドにアゴルとジーナ、そして、ノリコが坐った。アウインが、
向かいのベッドに腰掛けた。窓辺にイザークが立ち、バラゴが部屋
の戸の近くに椅子を運んで坐った。
「さて、まずは俺たちの方から、話した方がいいだろう」
 アゴルが、みんなを見回して言った。イザークが首を縦に振り下
ろしたことを確認すると、滑らかな口調で話しだした。
「アウイン、俺たちは、ついこの間まで、東大陸にいたんだ。向こ
うの知り合いを訪ねて帰ってきたところでね。それで、今度は、白
霧の森にいる知り合いを訪ねようと思っている。それと言うのも、
ジーナが占ったからなんだ。俺たちの知り合いが、どうも俺たちの
知らない二人組と関わりを持つらしいので、心配になってね。二人
組のうちのひとりは、女剣士だと言う」
 そこで、アゴルは、ジーナをちらと見た。
「ジーナが言うには、その女剣士は、青い石のはまった首飾りと剣
を持っているそうだ。アウイン、俺たちが君に声をかけたのは、そ
ういう訳なんだよ」
 アウインは、黙って聞いていた。
 アゴルの話は、続く。
「もうひとりは、男で、その手に、大人の拳くらいの青い石を持っ
ているそうだ。その石が輝いていて、光が男を包んでいたから、男
の姿がはっきり見えないと言っていた」
 アゴルは、アウインに言った。
「アウイン、君は、この男に心当たりがあるんじゃないか。もし、
知っていたら、教えてほしい」
 アウインは、じっとアゴルを見つめて、話を聞いていた。ほうと
息を吐き出すと、下げていた剣を膝におきなおし、服の下から首に
掛けたままの、首飾りを取り出した。それは、木彫りの細工物で、
小さな青い石がひとつ、はまっていた。
「おれは、兄を探している。アゴルさん、あんたが話した通りの青
い石を、兄は持っているはずなんだ。この剣と首飾りにはまってい
る石は、その石から削って細工したもので……」
 アウインは、一瞬顔を歪めた。
「元の石と波動がつながっている。おれはそれを頼りに兄を追って
きたんだ」
  そして、アウインは、少女らしい澄んだ声で昔話をはじめた。

 昔、山の中に魔物がいた。村人は魔物を恐れて、山の幸を採りに
行くことができず、皆貧しかった。
 あるとき、旅の剣士が、その魔物を退治しようと申し出た。村人
は、魔物の怒りを恐れていて、剣士が山に入ろうとするのを止めた。
 剣士は、お守りに、自分の鏡をひとつ、村に残して山に登った。
 数日後、剣士が、一抱えもある青い大きな石を持ちかえった。そ
れが魔物の成れの果てだと言う。
 村人は、その魔石を祀り、剣士の偉業を讃えた。そして、剣士は
村の娘と結婚して、魔石を護り続けた。

「おれの家は、その剣士の子孫の家系なんだ。村の中で、おれの家
の者だけが、その魔石のかけらを守り石として持っている。こんな
風に、首飾りにしたり、剣の柄にはめこんだり。そして、村人は、
鏡をお守りにしている。そら、剣士が村に残していったと言う伝承
にちなんでさ」
 でも、と、アウインは続ける。
「魔物は、生き続けていたんだ。石の中で、魔物はときどき目を覚
まし、剣士の子孫に害を成した」
 ここで、黙ってしまったアウインに、アゴルが問う。
「どういうことだ」
 アウインは、膝の上の剣に目を落として、また話しはじめた。
「剣士の子孫には、能力者が多く生まれたんだ。青い魔石は、それ
に触れた者の、能力を増大させる。制御できない者が、数多く死ん
だと言われているんだ。そして、おれの兄も能力者で、その魔石を
持って、逃げた」
「逃げた?」
 アゴルが、声を上げる。
「ああ、そうだ。逃げたんだ」
 アウインは、剣を握りしめた。
「この剣は、もともとは兄の物で……でも、兄が能力者とわかって
からは、この剣は家の蔵にしまってあった。兄は、突然おかしく
なったんだ。剣を持ち出して、村人を数人切りつけて、怪我を負わ
せて……そのまま村を出て行った。兄は、とてもやさしい人なのに、
訳がわからなかった。そして、家から、青い石がなくなっていた」
「誰か、見たのか。君の兄さんが、青い石を持ち出したところを」
「いいや。でも、兄さんしか持てないよ。あの石は、見かけより
ずっと重いんだ。今は、お守りのかけらを取るために削られて小さ
くなってるけど、それでも、大人二人がかりでやっと持ち上げるん
だ。兄さんは、細い体の割に、力が強くて。でも、ずっと石を持ち
続けていたら、能力を使い続けていたら、兄さん、死んでしまう」
 アウインの言葉の最後は、消え入りそうなほど小さな声だった。



(C) 飛鳥 2003.7.16.

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