青い石の少女  −3−



 気配にさといイザークが、最初にジーナの異変に気がついた。
「ジーナ、どうした」
 ジーナは、青い石の入った巾着を握りしめて目をつぶり、動かな
い。
 父親のアゴルの顔から笑いが消えた。ノリコもバラゴも、ジーナ
を見つめている。
「……朝湯気の木が見える」
 ジーナが、小さな声で言った。
「すぐそばに、男の人がいて、その前に剣を構えた人がいるの。ふ
たりとも知らない人。男の人は、大きな青い石を持ってる……」
 それから、ジーナは、少し首を傾げて言った。
「剣を持っている人は、女の人だよ。でも、男の人みたい。男の人
の服を着ているの……ええと、この人も、青い石を持ってる。首飾
りに付いてるよ。それから、剣の柄にも付いてる」
 間をおいて、ジーナはまた話しだす。
「男の人は、なんか変なの。体のまわりがぼやけてて、よく見えな
い。大きな青い石が光ってて……あれ、消えちゃった」
 ジーナは、目を開けると、アゴルの方を見た。
「お父さん、あの人達、これから会う人達だよ」
「これから? じゃあ、ジーナは先見をしたのか。なんで急に」
 目を開けたジーナを見て、ほっとしたアゴルは、娘の手を握りし
める。
「あ、ごめんなさい。あたし、青い石さんに話してたの。これから、
ずっとこんな毎日が続くといいなって。そうしたら、朝湯気の木が
見えてきて」
 ジーナが、顔を赤らめて、口ごもる。
「怒ってるんじゃないんだよ。お父さん、ちょっとびっくりしたん
だ。急に黙り込むから、気分でも悪くなったかと」
「だいじょうぶよ」
 ジーナが、笑いかける。
「朝湯気の木が見えたってことは、白霧の森だな」
 バラゴの顔つきが、厳しいものに変わっている。
 白霧の森は、西大陸の内陸方面、ザーゴ国とグゼナ国との国境に
ある、広大な森である。
 イザークもうなずいた。
「ああ。これから、何かが白霧の森で起こるということだろう」
「イザーク、どうしよう」
 ノリコが、不安そうな顔をイザークに向ける。ノリコは、朝湯気
の木の精霊イルクツーレのことを心配していた。ノリコとイルクは、
とても仲が良いのだ。
「心配するな。悪いことが起こると決まった訳ではないだろう。お
れとバラゴで、明日さっそく行ってみよう。アゴル、ノリコを頼む。
先にザーゴの宮殿へ向かってくれ」
 このとき、イザークの言葉に反対の声をあげたのは、ジーナだっ
た。
「あたしも行く」
 ジーナは、きっぱりと言い切った。
「イザーク、あたしも連れてって」
「ジーナ、何を言うんだ」
 アゴルは、あわてて娘を制した。しかし、ジーナは譲らない。
「お父さん、あたし、行ったほうがいいと思うの。あの男の人、変
だったもの。それに、あたしと同じ青い石を持ってた」
「それは、守り石だから。他にも持っている人は、たくさんいる」
「ちがうのよ、お父さん。あの石はちがうの。うまく言えないけど、
ちがうってことは、わかるの」
「しかし」
「アゴル」
 イザークが、アゴルの言葉をさえぎる。
「ジーナの話を聞いてみよう。大切なことかもしれん」
「……ああ。イザークがそう言うのなら」
 アゴルは、しぶしぶと椅子に坐りなおした。
「さあ、ジーナ、話してくれ。石が違うとはどういうことだ」
「うん。あのね」
 イザークに促されて、ジーナはゆっくり言葉を考えて話しだす。
「男の人が持っていた石、大きいの。これくらい……かな」
 ジーナは、両の手の拳を並べて見せた。
「それが、光ってるの。その光が、男の人を包んでて、男の人の体
がぼんやりしているの。はっきり見えなくて、もっとよく見ようと
したら、消えちゃった。それが、ええと……押し戻された感じ……
ええと……男の人は……石といっしょなの……」
「石といっしょ?」
 バラゴが声をあげた。
「男が、石と同調しているということか」
 イザークが問うと、ジーナがうなずいた。
「そう。きっとそうだよ」
 娘の話を聞いて、アゴルがつぶやく。
「そうすると、その石は、ジーナの占石と同じってことかな」
「力を高める媒体ってことか」
 バラゴが、後に言葉を続ける。
「それは、やっかいなのか」
「場合によっては、そうなるな」
 イザークが、険しい顔で言う。
「よくわかんない」
 ジーナが答える。
「もっとよく見ようとしたら、消えちゃったから。でも、あの石は、
とってもあぶない気がするの」
「もし、本当にその石が危ないものなら、ジーナは来ないほうがい
い。危険なことかもしれん」
 イザークが断ると、ジーナはノリコを仰いだ。
「白霧の森のみんなのことが心配」
 ノリコがはっとしたように顔をあげ、イザークを睨む。
「そうよ。イルクのことが気になるわ。イザーク、あたしも行きま
す」
 話は決まった。

 翌日、ジーナ達は、日が昇ると同時に宿を出た。馬を用意すると、
一頭にジーナとアゴル、もう一頭にノリコとイザーク、そして、三
頭目にはバラゴが跨がり、朝靄の中を白霧の森へ向けて発って行っ
た。
 この日、訪ねていくはずだったジェイダ左大公へは、昨夜の中に
手紙をしたためて、宿の主人に送ってくれるよう頼んである。
 手紙には、東大陸から皆元気に帰国したこと、白霧の森の異変が
ジーナの占いに顕れたので、それを確かめに行くこと、そのために
帰国の挨拶に赴くのが遅くなる詫びの言葉が綴ってあった。
 送り先は、ジェイダ左大公の警備隊長アレフとした。一介の旅人
が手紙を出すには、左大公の地位は厄介であったからだ。手紙を受
け取れば、アレフが上手く説明をしておいてくれるだろう。
 数日かかって、一行は、白霧の森へあと半日の距離にある、町へ
入った。
 時は、夕暮れ。
 今夜は早めに宿を取って、翌早朝、白霧の森へ向かうことに相談
が決まった。
 食事を済ませて宿に向かうと、奥が騒がしかった。
「どうしたんだろうね、イザーク」
 ノリコがイザークの顔を仰ぐ。
「ああ。うるさいようなら、他の宿を探すか」
 来た道を戻ろうとしたとき、漏れ聞こえる声の中から、盗賊、白
霧の森という言葉を拾った。イザークとバラゴ、そして、アゴルが
素早く視線を交わす。バラゴが先に立って、宿屋へ入っていった。
その後ろにイザーク、ノリコ、アゴルとジーナが続いた。
 宿の中では、商人風の男が数人と、ひとりの剣士とが話をしてい
た。剣士の方が、彼らに何やら尋ねている様子である。
「では、白霧の森に、盗賊の残党が入っていったのは、確かなんだ
な」
 剣士が念を押すように、問いかけている。甲高い声が部屋に響く。
「そりゃあ、見たもんがいねえから、はっきりそうだとは言えねえ
よ。ただ、護送途中に逃げ出した奴らがいて、村に仕返しに来ねえ
ところからすると、例の気違い剣士を追っ掛けて行ったんじゃねえ
かって噂なんだ」
「気違いなんて言うな」
 剣士が叫ぶ。
「でもよ」
 別の男が答えた。
「きれいな恰好している割に、ひどく残忍だったって話だぞ。動け
ないのにさらに痛めつけて。そいつを雇った村の連中も、恐れをな
して、さっさと追い出したっていうから」
 剣士の視線に押されたのか、男は、それ以上、話を続けることが
できなかった。
 剣士は、男達に背を向けると、宿を出ていこうとする。残された
男達は、そそくさと階段を登って行った。
 出入り口の側で様子を伺っていたバラゴは、剣士の顔を見て、目
を見張った。剣士は、肌の色は浅黒いが、亜麻色の髪に縁取られて、
いくぶん幼さを残した顔だちの少女だった。しかし、すらりと伸び
た手足は、数年間剣の修業をしたことを窺わせる、張りがあった。
 バラゴは、少女剣士に声を掛けた。
「おい、今から外へ行くのかい」
 いかつい男に声を掛けられて、少女は一瞬足を止めた。しかし、
一瞥をくれただけで、戸口をくぐって行こうとする。
「白霧の森へ行くつもりか」
 バラゴがさらに話し掛けると、少女はぶっきらぼうに答えた。
「あんたには関係ない」
「青い石とは関係あるってか」
「なんだって」
 少女は振り返って、バラゴを睨み付ける。
「おいおい、そんな怖い顔すんなって」
「あんただって、充分怖い顔してるじゃないか」
「ああ、なんだと」
「よせ。バラゴ」
 アゴルが見かねて、間に入ってきた。
「あんたの顔が怖いのは、今にはじまったことじゃないだろう」
「……失礼なこと言ってるってことに、早く気づけよ、アゴル」
「おい、あんた、青い石って言ったよな。どういう意味だよ」
 少女がじれたように言う。
「え……ああ、それは」
 バラゴは、少女に詰め寄られて、その視線をノリコと手をつない
でいるジーナに向ける。
 すると、少女もつられて顔を向けた。その視線の先には、妙齢の
女性と彼女より少し背の低い女の子、そして美丈夫の剣士が立って
いた。



(C) 飛鳥 2003.7.16.

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