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童話 天上の宮  (二)






 花園に異変がおこりました。
 女神フランソワーズが竪琴を奏でても、大天使ジョーが現れなく
なったのです。
 そんなことは、フランソワーズが花園で竪琴を奏ではじめて以来、
なかったことです。
 そもそも、竪琴は、天上神ギルモアの愛器でした。
 その竪琴を、成長なさった女神フランソワーズに託されました。
フランソワーズは、毎日竪琴の練習をしましたが、なかなかギルモ
アを満足させられる演奏ができませんでした。
 ある日、フランソワーズは竪琴を抱えて、花園にやって来ました。
そこには、一人の天使の姿もありませんでした。あるのは、一棟の
東家のみ。フランソワーズは、竪琴を奏ではじめました。
 一心不乱に奏でつづけ、ふと顔をあげたとき、フランソワーズは
はじめて東家に、天使がひとり、坐っていることに気がつきました。
それが、大天使ジョーでした。
 以来、フランソワーズが花園で竪琴を奏でるときは、きっとジョ
ーがやって来ました。また、ジョーがひとり、東家で休んでいると、
フランソワーズがやって来て、きっと竪琴を奏でるのでした。
 女神フランソワーズの竪琴の調べは、やがて天上界中に響きわた
るようになり、天上神ギルモアをいたく満足させました。
 その竪琴の音が、日に日に小さくなっていきました。しまいには、
まったく聞こえなくなりました。
 花園には、フランソワーズの姿も、ジョーの姿もなく、ただ風に
舞う花びらが、虹色の光を放っていました。
 その様子を、キューピット=イワンは、寂しそうに見つめていま
した。その手には弓矢を持っていません。しばらくすると、キュー
ピット=ジェットが、弓矢を二揃い抱えてやって来ました。
「イワン、外に出るときは、弓矢をきっと持つようにって言われた
だろう」
 ジェットが、イワンに弓を押しつけました。
「うん、ありがとう」
 イワンは、素直に受け取りました。
「なんだよ。元気がないなあ」
「うん」
 イワンの返事は、生返事です。
「地上界で、怪物が暴れているんだって」
 ジェットが言いました。
「天使軍は、ほとんど地上に降りてるんだって」
「うん」
「大天使も降りてるんだって」
「うん」
「だから、フランソワーズも来ないんだよ」
「……うん」
「イワン。元気だせよ。天使軍の勝利で、もうすぐに戦いは終わる
さ。おれたちも、きっとすぐに地上に降りられるよ」
 ジェットは、イワンを慰めます。
 見習いキューピット達は、今回の戦いが起こらなければ、今頃は
実習のために地上に降りていた筈でした。
 恋の矢で以て一組の恋人達を引き合わせること、それが今回の課
題であり、及第すれば正式にキューピットになれるのでした。
「ほら、イワン。教室へ戻ろうよ」
 ジェットが促すと、イワンはよろよろと体の向きを変えました。
 そのとき、花園で、風が動きました。
 女神です。
 フランソワーズが、花園に立っていました。そして、彼女は、い
つもの場所で、竪琴を奏ではじめました。
 すると、金色の光がきらめき、天空から大天使ジョーが舞い降り
てきたのです。その腰には、いつものように、真理の剣を帯びてい
ました。
 しかし、ジョーは、東家へは入りませんでした。
 彼はフランソワーズの方へと、歩を進めます。それに気づいたフ
ランソワーズも、竪琴をひくのをやめて、じっとジョーを見つめて
います。
  突然、二人の間を裂くように、花園の土が盛り上がりました。
 フランソワーズが、悲鳴をあげました。ジョーが咄嗟に金色の羽
を広げて飛び上がり、フランソワーズを抱えると、そのまま彼女を
東家へ非難させました。
 盛り上がった土は黒く裂けて、その下から、赤い羽根を伸ばした
黒い竜が飛び出してきました。地上の怪物です。怪物が、天上界ま
で攻めて来たのです。
 竜は、裂け目から、八匹現れました。
 一匹は、ジョーが素早く、真理の剣で打ち倒しました。竜の体は、
黒い塵となって消えました。
 二匹目と三匹目が、同時にジョーに襲いかかりました。二匹目の
胸をジョーの真理の剣が貫いたとき、三匹目の顔に、フランソワー
ズの竪琴が投げつけられていました。
 それまで、花園の上空を旋回していた五匹の竜たちが、爪を剥き
出しにして、一斉に東家へ降下していきます。
 ジョーは、三匹目を相手にしていて、駆けつけることができませ
ん。
 それを見ていたイワンは、叫びました。
「ぼくたちも、戦おう」
「どうやって」
 イワンとジェットの手元には、キューピットの矢しかありません。
 イワンは、迷わず、弓を構えました。矢をつがえると、力一杯引
き絞り、天空の竜目掛けて放ちます。矢は、過たず、四匹目の竜に
当たりました。
 つづけて、イワンは二矢目を放ち、それは五匹目に命中しました。
 それから、不思議なことが起こりました。なんと二匹の竜は、空
中で前足と首を絡め合い、そのまま落下してしまいました。落ちた
場所は割れて、二匹の竜はそのまま落ち込んでいき、天上界から地
上界へと落ちていきました。
「そうかっ」
 ジェットも弓矢を構えます。
 矢を避けて一旦上空へ舞い戻った残りの竜が、急降下してきまし
た。
 ジェットの狙いも外れることなく、矢は六匹目と七匹目の竜に命
中しました。そして、先の二匹と同じように、体を絡め合って、地
上界へと落ちていきました。
 残る八匹目の竜は、三匹目を倒したジョーによって、打ち倒され
ました。
 花園に静寂が戻った、と思ったそのとき。
 花園が大きく揺れました。そして、甲高い笑い声と共に、大きい
な黒い竜に乗って、骸骨男が現れました。
「我がスカール軍団の力、思い知ったか。わははははははは……」
 すかさず、ジョーの真理の剣が閃き、最後の竜は塵と消えました。
乗っていたスカールは、頭を下にして落下し、笑い声と共に消えま
した。
「おい、今のは……」
 ジェットが呆然として、言葉を絞りだします。
「見なかったことにしよう」
 イワンが答えると、ジェットは深くうなずきました。
「そうだ、フランソワーズは……あっ」
  振り返ったイワンの目には、抱き合うフランソワーズとジョーの
姿が映りました。
 ジョーは、その金色の羽を広げて、フランソワーズを包んでいま
す。そして、フランソワーズは、ジョーの胸に深く顔を埋めていま
した。
 恋人達のまわりには風が吹き、虹色の花びらが舞っていました。



 その後、イワンとジェットは、見習いから正式なキューピットに
昇格しました。
「竜は、地上界の生き物だし、一応、キューピットの矢で以て、
くっつけた訳だし」
 ピュンマは、しばらく首を捻っていましたが、最後には笑って昇
格を許してくれました。
 それからは、イワンもジェットも、天上界と地上界を往復する
日々がつづきました。ときどき、天上界へ戻ったときに、竪琴の音
を聞くと、イワンもジェットも顔を見合わせて微笑みを浮かべるの
でした。
  天上の花園は、今日も花が咲き誇り、恋の調べに包まれているこ
とでしょう。



 ジョーが読みおえると、ソファーにひとりで坐っていたイワンは、
フランソワーズに抱っこをせがみました。フランソワーズは、イワ
ンを抱き上げると、溜め息をもらします。
「終わってしまうのが、惜しいわね」
 フランソワーズの言葉に、ジョーは笑いました。
「もう一回、読もうか」
「いいえ、今度は、一人で読みたいわ。イワン、今夜、この本を貸
してくれない?」
 イワンは、答えずに、フランソワーズの胸にしがみつきます。
「イワン?」
 フランソワーズがイワンの顔をのぞきこむと、イワンがぽつりと
言いました。
(フランソワーズにあげる)
「あら。一晩だけ、貸してくれればいいのよ」
(あげる)
 イワンは、さらにフランソワーズにしがみつきました。
「どうしたの、イワン」
「イワン、この話、気に入らなかったかい」
 イワンは、ジョーを振り返りました。
(もっとほしい)
「は?」
(お話、もっとほしい)
 フランソワーズとジョーは、顔を見合わせました。
「ほしいって、飛鳥さんに、次の話を書いてほしいってことかい」
(そう。ジョー、すぐに頼んでよ)
「でも、今日、届いたばかりだよ」
(ほしい)
 イワンは、プイと首をまわして、またフランソワーズの胸にしが
みつきました。
 フランソワーズは、困ったように笑いました。
 ジョーも笑いました。
 そして、電話をかけるべく、廊下へと出ていきました。



 
              童話 天上の宮(二) (C) 飛鳥  2003.10.12

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