天文学との出会い
製造から研究に配転になり、時間的に余裕が出てきたこともあり、若いうちに資格をとるか、留学の準備をするか、あるいは、なにか新しい分野の勉強をするか、いろいろと迷った。その結果、ハレー彗星の回帰のこともあり、かねてから興味のあった天文の勉強をすることにした。大学で毎週4時間の授業を愛ければ単位が取れる筈なので、毎日、一時間ずつ、一年間通して勉強すればそこそこの事は理解できるだろうと、これに挑戦することにした。ところが、さて、何から始めようかということになると皆目検討がつかない。そこで、とにかく、何でもいいから、専門書を一冊だけ徹底的に書き移すことにした。と言っても、ただ、写しただけでは意味がないので、興味のある天体の軌道計算を取り扱った「数理天文学」を勉強することにした。たまたま古本屋でみつけた渡辺敏夫著の「数理天文学」という手ごろなものが見つかった。これは、まことに幸運であった。とにかく、軌道計算の原理的なところを解説した非常に初歩的なものであり、かつ、計算の手法も古典的な取り扱いをしており、素人に非常にわかり易く解説された本である。これを教科書に、最初から手を抜かずに一行一行理解するようにした。
この本から、天体の位置計算の仕方を初歩から学ぶことができた。天体の位置のあらわし方、時間軸の考え方、座標変換の方法、コンピューターのない時代の天文計算の手法、対数表による高精度の計算手法、軌道要素の求め方など、実に原理的なものがよく解説されている。
天体の位置計算の勉強を始めたら球面三角形というのが出てくる。星の位置は大宇宙を球面と見立てて、この上に配置する。また、われわれのいる位置も地球の球面の上にいるから、この球面三角形を理解しないことには話が始まらないのである。なにしろ座標変換のようなことは学生時代以来のことであるし、また、球面三角形なるものが初めて聞く学問であるので、これには、少々てこずった。それでも、地球上の二点を際短距離で結ぶ場合には、緯度に沿って進むのではなく、大圏航路というものがあって、二点と地球の中心を通る面をつくり、その地球の表面上を進めばよいことが直ぐに理解できる。なるほど、そのとおりであると思い余談ではあるが、太平洋を航行して日本に向かってくるタンカーの東京までの最短距離をこの方法で計算し、無線で教えてやる。船の方では速度がわかれば即座に日本にいつ頃到着するかがわかる。海上の船舶と更新するマリン無線と言うものである。マラッカ海峡を航行している大型タンカーやら、太平洋の真ん中で荒波にもまれている船との交信など、これを随分やった。
90m/mの望遠鏡
話をもとに戻そう。1986年にハレー彗星の回帰があった。何しろ周期が76年というもので、一生に一度の天体イベントである。これはきっとブームになる。何とかしなければと思った。そこで、ハレー彗星が来る前に天体望遠鏡を買うことにした。
当時、十数万円を出して手にいれたのが口径90mm、対物レンズの焦点距離が1,200の屈折式の望遠鏡である。ちなみに天体望遠鏡には、屈折式のものと大口径で安価な反射式のものとがある。どちらを選ぶかで随分迷った。倍率は月を見るときに意味を持つぐらいで、遠くの星を見るには口径の大きいほうが有利だ。ただ、扱い易いと言う点では屈折式のほうが素人向きと言われている。
だれでもそうだろうとおもうのだが、望遠鏡でまず覗いて試たいのが月であろう。煌煌と照り輝く満月の表面には、静かの海や晴れの海、嵐の海などまさに水面のように滑らか姿をあらわす。かと思うと、影を持ったクレーターがくっきりと飛び込んできて、まさに自然の芸術作品を見せてくれる。見栄えがするのは何と言っても「チコ」のクレーターである。ケプラーの師匠でもあった偉大な天文学者で星占い師のチコ・ブラーエにちなんだものだ。ここから放射線状に伸びる幾つもの筋はどうして出来たのだろうか。長いものは、月の円周の1/4にも達するほどだ。
月を見てもっと驚くことがある。それは、「地球の自転」の速さだ。望遠鏡の倍率が高くなると見える範囲が狭くなる。ガイドスコープを使って月を捉え、どうにか視野の中に入れ焦点を合わせる。これがピッタリ合うと月の見事なあばたの表面が、それこそ手の届く位の感じで迫ってくる。ところがどこか一つのクレーターに注目してこれを観察しようとすると、月が視野の中でどんどん移動してしまう。これは地球が自転しているためで、固定された望遠鏡の方角が狂ってしまうからだ。だから天体の観測ではどうしてもこれを補正してやらなければならない。赤道儀という装置が必要になる。これを使い望遠鏡の軸を地軸、すなわち、北極星の方向に合わせ、自転に合わせて望遠鏡を回転させてやるのだ。こうすればいつも天体を視野の中に捉えることが出来る。原理がわかれば難しいことは何も無いが、長時間の観測や、写真撮影で数秒間の露出をするにはかなり正確にセットしなければならないから結構面倒である。月の写真では、その欠け具合にもよるが、露出は数秒もいらない。それでも視野の中では月が動いているので、ピントは合っても画像はぼけてしまう。シャッター・スピードを変え、ピントを少しずつずらして何十枚か写真をとり、たまたま偶然にも、その中に鮮明に月の姿が撮れたものが2、3枚ある。その一枚に皆既月食のものがあるが、これはホームページに紹介してある。この望遠鏡で空がきれいな時には木星の4つのガリレオ衛星は勿論、土星の輪や、アンドロメダ星雲なども観察することができる。
もともと彗星を見たいと思い購入した天体望遠鏡である。これでハレー彗星の写真にも挑戦した。彗星は肉眼ではなかなか写真でみるような見事な尾は見えない。充分な露出時間を取りかろうじて写真に写る程度である。何とかハレー彗星の写真を撮ったものの、胸をときめかして期待していた程のものではなかった。そんなこともあり、彗星は観察するより、その軌道計算をする方に夢中になった。
天文グループ「カプタイン」のはなし
天文学の楽しみ方には、天体の軌道計算をする数理天文学と実際に望遠鏡を覗いて、遥かかなたの星でなにが起こっているのかを想像する天体観測とがある。そして、この地球上には、100億〜150億光年の宇宙のかなたを見るために実に沢山の天文台がある。自分で天体に興味を持ち、最先端の天体観測がどんなものかを勉強しようと考えた。そこで、世界中の名だたる天文台に手紙を出し、そこでの観測成果、最近のトピックスを紹介してもらうことにした。毎年、「Nature」に発表される論文に注意して、天文台
住所を調べた。と言って資料を請求する相手は専門家である。どこの誰だかわからない者にそう簡単には貴重な資料を送ってくる筈がない。アマとは言え、天文についてのある程度の専門的知識がなくてはいけない。どうすれば相手に信用してもらえるのか。取り敢えず、それまで独学で勉強した数理天文学の中から、とりわけ日本が活躍している彗星の軌道要素をテーマにとりあげ、自分の興味を紹介した。そして息子と二人だけで天文グループをつくり、会報もつくることにした。グリーンニッヂ天文台の台長を努めたことのあるカプタインの名をとって、グループの名前は「カプタイン」とした。これなら外国でも通用する。こうして大口径の望遠鏡をもつ世界中の天文台に次々と手紙を出した。すると、熱心に多くの天文台からアニュアルレポートやら、専門の文献、天文台の業績などを紹介した資料が送られてきた。パロマー天文台やアリゾナ大学の天文台、さらには、南アメリカ・チリにアンデスの山の上にあるセロ・トロロの天文台などからも手紙が来た。中でも印象に残るのは、ニュージーランドのアンドリュー天文台からは、「こちらに来て、一緒に研究しないか」というお誘いまで頂いた。ただ、南半球ではあまり天文学は盛んではなく、ほとんどがアマチュアで活躍しているとのこと。一時は真剣に考えて、向こうの化学会社まで調べたが、結局リスクが大きすぎて行くことを断念した。
変わったところでは、メキシコのアルセボの天文台からも貴重な文献を頂いた。ここは、大きな盆地全体が一つの反射望遠鏡になっており、電波天文学を盛んに研究していた。日本からも京都大学の先生が留学していたそうで、是非、お会いするようにと奨められた。名前はたしか吉田先生だったかと思うがまだお目にかかっていない。
電波天文学といえば、日本でも野辺山の45mの電波望遠鏡が活躍している。この天文台には完成する前に是非とも見学したいと手紙を書いてお願いしたら、快く受け入れてくれた。オリオン星雲の中のトランペジウムという星の誕生の瞬間を追いかけて随分成果をあげているが、まさか、この時にはこんなに活躍するとは思わなかった。この巨大なアンテナのしたで息子たち三人を撮った写真は、後でアマチュア無線の交信の証に使う絵葉書のQSLカードとして使っている。
天文の位置計算がややこしいのは、ひとつに座標変換の問題がある。これは宇宙を球面として見なければならないことと地球が運動していためである。それと、もう一つには時間の問題がある。宇宙の運動は長いものでは25、000年周期なんて言うとてつもない運動がある。それでも、これが規則正しいものである限りはその計算を取り込まなければ本当の宇宙は見えてこない。勿論、その運動の軸は時間軸である。天文学においてはこの時間の表現が実に大変だ。天文学では、天体の運動を議論するときには出来るだけ長い時間の間隔でその位置を計算する必要がある。われわれが今見ている星は、何万年にも前に発した光であるから、その運動を調べるにはできるだけ広い時間のスパンで観測データを解析しなければならない。でないと、実際の星の運動の姿が見えてこない。今ではユリウス暦という紀元前4713年1月1日から通算した経過日数をもとに天体の位置計算をする。現代の時間をこの暦でアワーらわすと、ざっと、245、0245日くらいになる。これに、時間、分、秒をいれる。一秒を日数換算すると0。0006944日であるので、計算には少なくとも都合14桁の有効数字が必要になる。
ここに実に不都合なことがある。というのは、近年、コンピューターの発達でやや競い計算が簡単に結果を求めることができるようになったが、通常、われわれが使用するコンピューターは有効数字が8桁で計算されている。つまり、天体の計算では有効数字が不足してしまうのである。そこで、天体の計算をする時には、倍数精度の数字を用いて計算する。昔は、対数計算でこれをやっていたのであるから並大抵の苦労ではなかった筈だ。だから一生をかけて天体の計算に携わっていたというのが当たり前であった。ケプラーが偉いのは、膨大な蓄積していたチコのデータを丹念に解析し、他のひとよりも効率よく計算する方法を知っていたことである。その結果、天文学でも最大の功績といわれる「ケプラーの法則」が発見されたのである。
「日時計」
地球上にいる我々は、普段、地球と一緒に回転しているので、自分たちがどれくらいの速さで回転しているのか分からない。仮に、月から地球を見たらその表面が刻々と変化していくのが鮮明にわかるだろう。実際、望遠鏡て月を覗いていると数秒で視野から消えてしまうのであるから、相当速く自転していることが分かる。地球の自転についてはこうして実感することができた。そこで、次に、地球の公転について調べることにした。思い付いたのが日時計である。これを使って太陽の正午の影の長さを年間を通じて計る。すると春夏秋冬で太陽の高さが変わるのできれいな三角関数のグラフのようなものが出来る。小学校三年生の息子に、手作りの日時計を与え、これで毎日コツコツと測定するよう言って聞かせた。長続きするように日時計の盤には十二支の絵を描いたり、名前を彫り込んでやったりして、遊び感覚で楽しめるようにした。おかげでこの測定を三年間続け、その結果をグラフに描いてみた。出来たグラフから、夏至や冬至のこと、春分の日、秋分の日の様子、そのグラフの繰り返しが毎年規則正しいことなど、子供にも容易に理解できたことと思う。地球の公転を知るために始めたことだが、これを機に子供が自分に科せられた課題を根気よく努力すれば、天文学で扱うような大自然の法則さえも知ることができると感じてくれたことが本当に嬉しかった。この感激を、後に論文にまとめて、スタンレー電気の北野会長が主宰する「生涯教育問題研究会」の「親子の絆」という懸賞論文に応募した。幸運にも入選し、いま暁星という出版社から「親子の絆」という題名で単行本となって発刊されている。
古天文学
三国志をはじめ中国は歴代の王朝が前王朝の史書を残すという慣習があった。だから紀元前何世紀もの古い史実が今でも充分に検証できる。昔の人は星の動きを見て、王朝の寿命や戦争の結果を占ったりしていたので、天文に関する詳しい記述が沢山出てくる。日食やら月食は言うに及ばず、惑星の動きや彗星の出没などの記録がある。日本でも、古くは、天照大神の天岩戸の神話にはじまり、清少納言の「星はすばる」で始まる「枕草子」、そして、百年一首のなかの月の話題など、古典文学のなかに天体現象を扱ったものがいろいろと出てくる。
たまたま、三国志に夢中になり、好きな諸克孔明が司馬仲達と五丈原で対峙した時、余命幾ばくもない孔明であることを知りながら、その策略に悩む呉軍の軍勢は、ある日
蜀軍に方角に巨大な流星が落ちるのを見て、孔明の死を確信し、大攻勢に転じ、勝利したとある。時に西暦234年。孔明54才の時であったとある。まことにもって偉大なる孔明の死に相応しい情景である。天文学をやっていると、直ぐにこの五丈原に現れた流星は一体何であったか、などという疑問が湧いてくる。この戦いの年代もしっかりと記録に残っているので、天体の位置計算をすればどんな流星だったのかが直ぐに分かる。そんなことから史話のなかの天体現象を検証したら面白いだろうと思い、中国の歴史書の勉強をしようと思っていた矢先、東大を退官された斎藤国治先生がライフワークとして、古典文学と天文学とをドッキングさせた新しい学域の古天文学というのを提唱していると知った。早速、先生の書いた解説書を読み、まさに、自分の興味と全く一緒であることが分かった。先生は、ご高齢ながら、パソコンを使って天体の位置計算をするプログラムをつくられ、これで古典文学の中にある様々な天体現象を検証しておられた。ただ、このプログラムが富士通のパソコン用のもので、当時は、パソコンメーカーがお互いに統一したソフトを使っていなかったため、このプログラムをNECのパソコンでは使用できなかった。そこで、まず、勉強のつもりでこのプログラムの書き換えをやった。その作業をしているなかで、解説書のなかの説明の謝りや、プログラムの不具合などが出てきたので、これを先生に報告したら、丁寧なお礼状と励ましのお手紙を頂いた。
このプログラムでは位置計算に簡略法を用いているので、木星や土星の位置計算には自動的に計算できない幾つかの摂動項が含まれている。そこで、この摂動項を自動的に計算する方法はないかといろいろやって見た。その結果、一種のパターン認識の機能をプログラミングするアイディアを思い付いた。これをまとめているところであるがなかなか手間がかかり、まとまった時間がとれないので中断状態になっている。最近、東亜天文学会の野口さんに聞いたら、惑星の摂動項の計算は専門家でも苦労しているとのこと。是非、はやく完成してほしいと言われた。8割がた完成しているので、頭が回転するうちにはやく仕上げなくてはと思っている。
天体の位置計算
世紀末と騒がれた2000年に五つの惑星が直列に並ぶという現象がおきた。水星にはじまり、木星・土星などが天空の一角に集まるものです。こうした天体現象は、大体100年に一度くらい起こる確率とのことだ。これまでにも1962年2月、1821年4月、1624年8月にもこうした現象はあったとのことですが、この時はいずれも太陽が近くにあり肉眼で確認することはできなかったようです。それ以前には、1584年の5月8日にもこのような惑星直列があったとのことですが、これは、ちょうど秀吉が天下を取った頃のことです。このように、天空をさまよう迷い星と言われる多くの惑星が一同に並ぶのはたいへん珍しく、また、なにか不吉な予感をさせるものが有ります。ご存知のように「ノストラダムスの予言」のように世紀末と言って世の中を混乱に落としいれるほどです。
こうした惑星の運動も最近ではコンピューターを使って容易にシミュレーションすることができる。天体の位置計算についてこれまで漠然と楽しんできたが、自分だけの理解ではただ単に自己満足にすぎないと思い、もう一度勉強し直すことにした。他人にもわかりやすく説明できるなるためには、天体の位置計算のやり方を系統立ててまとめる必要がある。単身赴任の暇な時間に本一冊の解説書を大きなシートにまとめ、計算の流れを一つにまとめた。これは、ホームページに載せてあるので誰でも見ることができる。
簡単にそのやり方を説明しよう。
恒星の場合
恒星の位置は、太陽に対してその位置が変わることはないので、太陽を中心とした座標系を表示すればにいが、ただ、太陽と恒星までの距離は、太陽と地球との距離の数十万倍もあるので、恒星からみれば、太陽も地球も同一の物体として考えてよい。そこで、恒星の位置をまず、地球を中心とした座標で表す。この時地球の赤道面をXY平面とする。つぎに、この赤道座標系で表示したものを観測地の地平座標系に座標変換してやる。観測点は、地球の自転とともに常に移動しているし、その程度は、緯度によってことなる。そこで、これらを因子として座標変換すれば、恒星がどの方向に、どの高さで見えるかがわかる。このように、恒星の位置表示は極めて簡単にできるが、ただ、恒星の位置はいろいろな要因でズレを生ずるのでこれを後で補正してやる。たとえば、恒星は固有運動をしており、太陽に対して等速運動していることが知られている。これは、かの有名なハレーが見つけ出したものである。その次には、地球の自転軸のブレに対する補正が必要である。また、地球が公転・自転しているために生ずる誤差がある。さらには、光行差、大気の屈折など光の性質による補正をしてやる。これらの補正はそれぞれ数式化されているのでこれで簡単に求めることができる。
続いて、惑星の位置計算について説明しよう。
惑星の動きはその名が示すようにどの惑星も天空をさ迷っているかのごとく、ある時は西に、また、ある時は東にと一定の動きを示さない。なのに、この惑星の動きが規則正しく動いているとしてこの運動方程式を解いたのが、古代ギリシャのヒッパルコスである。かれは天動説にたってこの計算をしたが、その見事さに、さしもの地動説もなりを静めたと言われている。が、この天動説の僅かの矛盾を解き地動説を唱えたのがコペルニクスである。以来、ケプラーの方程式があらゆる惑星の運動を見事に解明し、我が地球も太陽の周りをまわるただ単に一つの惑星に過ぎないことが動かぬ事実として認められた。
太陽の周りを回る惑星の一つである地球から、同じように動いている他の惑星を眺めた時の位置を計算するのには、少々の煩わしさがある。恒星の場合と同じで、まず、惑星の位置を決め、この位置を座標軸の変換によって、地球上の観測点の地平座標にすればよい。惑星の位置を決めるには、ケプラーの方程式を用いる。太陽を中心とした運動であるので、その軌道上のどこにいるかをまず求める。太陽を中心として地球の赤道座表面座標を求める。ついで、地球についても同じように座標を求める。これは、太陽の位置計算をすることと同じである。太陽の運動については、古来から暦の元になっているだけに非常に詳しい位置計算ができる。その太陽と地球の相対位置が決まれば、座標軸の移動により惑星の地球を中心とした地球赤道座標面座標が得られる。これを恒星の場合に準じて座標変換してやれば、惑星の不思議な動きも完全に捉えることができるのである。
ここまでくれば、月の運動については大体理解できると思う。が、実は月はまた特別厄介なのである。なぜなら、月は、地球の衛星であり、地球と一体となって太陽の周りを回っている天体なのである。このため、古来からいろいろな計算手法が開発されてきている。よく知られたものとしては、摂動項として800項も使用するE.W.BROENの方法、簡略法として黄経を求めるのに63項、黄緯を求めるのに47項もの補正項を計算する方法、さらには、タッカーマンの表から1800年の1月1日からの経過日数をもとめ、これを元に軌道要素を計算するノイゲバウエルの方法などがある。月は太陽と比べて非常に近くにあるので、観測点の地心からの距離や、その位置を正確に知る必要がある。こうして、月の位置計算を非常に正確にやることができる。
月の位置計算と、太陽の位置計算ができれば当然、日食や月食の計算を簡単に行うことができる。何時月食が起こり、その欠けはじめの時刻、どの方向から欠けてくるのか、皆既月食の場合には、その時間まで、正確に予測できるのである。このことを利用して後に地震の予知問題に興味を持つようになった。これは、別の項で詳細に説明したい。
彗星の軌道要素
アマチュア天文家が活躍している彗星の場合は、もっと面白い。ハレー彗星や、エンケ彗星など、有名な彗星はさておき、まだまだ、われわれの知らない彗星が突然夜空の一角に出現するから楽しい。この彗星は、惑星と同じように太陽の周りを回る運動をしているが、発見される時には太陽からずっと離れたところにいるので、その動きは極めて小さい。その僅かの動きを捉えて、未知の天体を発見するのがコメットハンターだ。日本では、関、池谷、三枝といった超一流のハンターのほかにも世界的に活躍している数多くのハンターがいる。この人たちは、夜な夜な、眠気や寒気と闘いながら、宇宙のかなたからの訪問者を待っている。
では、どうして、こうしたハンター達が探した新しい星を彗星と確認しているのだろうか。そんなことから、天体の位置計算から彗星の軌道要素を求める勉強をした。新しい彗星の確認は、まず、ハンターが新しい星を見つけるとその位置を確認する。そして、一週間程度経過して、もう一度、その星の位置を確認する。非常に細かい作業であるが、こうしたことをするための星座表がつくられており、ハンター達はそれを頭のなかに叩き込んである。既知の星との相対位置関係から、新しい星の位置をある時間間隔で二夜に渡り確認すると、この二つのデータから、ケプラーの方程式の係数を逆算していく。軌道の計算には6つの要素が必要になるので、これを特殊な方法で解いていくのである。経過は省略するが、こうして、軌道の要素が求まると、その軌道要素を既に知られた彗星のものと比較する。これが全く違えば新しい彗星と確認されるのだが、場合によっては過去に出現した彗星の場合もあり、そうなるともう少し詳しい観測をすることになる。余談であるが、新しい彗星の発見をした場合には、発見者は、軌道要素を計算すればよいのだが、ハンター自身がこのややこしい計算をするのは大変だ。そこで、それらしき星を発見したときには、直ぐにスミソニアン天文台に報告する。すると、そこで過去の彗星かどうかを確認してくれるようになっている。この道では、東亜天文学会の中野さんが世界の第一人者と言っていいだろう。こうして新しい彗星が確認されるが、多くの場合、二夜に渡る観測の間に、複数のハンターが見つけることがある。こうした時には、スミソニアン天文台に報告したはじめの三人の名前が彗星につけられることになっている。
パソコンが出現するまえには、非常にたいへんな作業でこの軌道要素を求める計算をやっているひとは少なかったが、いまでは、誰でも簡単にできるようになっている。対数計算の手法をとれば、マイクロ・ソフト社のエクセルでも容易に軌道要素を求めることができるようになった。
天体の位置計算は、地球と天体との相対位置問題である。一応、これらについては過去のデータから、その位置を予測できるところまできた。とりわけ、惑星についてはケプラーの法則の発見により、飛躍的のその計算が発展した。すなわち、天空を運動する太陽系の惑星は、その軌道要素を求めれば、任意の時間のその天体の位置を知ることができるのある。こうして、楕円軌道でも比較的円運動に近い軌道を持つものは、惑星と同じような扱いをすることができる。ご存知のように、ボーデの法則では、火星と木星の間の惑星が発見されていない。その代り、この空間には無数の小惑星が存在している。これらの小惑星には、まだまだその位置が確認されていないものがあり、新しい惑星としてその出現が期待されている。こうした新しい惑星の軌道をきめるのに、ここで述べたような軌道要素の決定法が有効であることは言うまでもない。
私はケプラーの方程式の解法として、ニュートンの近似解を利用している。有効数字12桁の計算をするのに近似解でよいのかと思われるかも知れないが、これは、計算の中で使用される特定の因数に関するものであり、結果の精度には影響しないものである。
これらの計算のプログラムを最近のパソコンで計算できるように一度整理して、紹介したいと思っている。
衛星通信のはなし
彗星の軌道計算の勉強をしていたら、これは全く人工衛星の軌道計算と同じものである事がわかった。当時、アマチュア無線にも興味を持っていたので、この両者を合わせたらどうなるかを考えて、人工衛星を利用したアマチュア無線、通常「衛星通信」と呼ばれる技術に挑戦することにした。同じような趣味を持ったひとが日本に数千人おり、「アマチュア通信衛星学会」というものを作っている。海外でも非常に盛んで、アメリカでは「オスカー」という自前の人工衛星を打ち上げ、これを利用して衛星通信を楽しんでいる。地上から地球の周りを回っている人工衛星に電波を発して、そこにつんであるトランスポンダーという増幅器で、別の周波数に変換して地球に送り返して貰い、これを受信するものである。この人工衛星は、高度が充分でなく静止衛星と言うわけにはいかない。惑星と同じように、地球を中心とした楕円軌道で回っている。従って、この衛星に電波を送るのには、その軌道を計算して衛星のいる方向を決めて、追いかける必要がある。なかなか、スリルとサスペンスに富んだ通信である。もともとは衛星の代りに月を利用した月面反射通信(略して地球・月通信と言う)と言うものがあり、この原理を利用したものであるが、これは、月までの距離が遠く、電波が弱いので非常に強い出力が必要になる。なかなか素人では入りこめない領域ということで、ごく限られた人だれしか楽しめない。が、衛星通信の方は、比較的設備も安くて済むので大勢の人が楽しめる。オスカーの寿命が近づいてきたことと、日本の通信技術の成果を示そうということで、学会のあいだで日本独自の衛星をあげようと言うことになった。と言っても、国から予算がおりるわけではない。日本電気や、三菱電機の電気通信の専門家がボランティアで衛星を製作し、これをフランスのアリアン・ロケットで打ち上げようというものだ。この打ち上げ費用はみんなで「衛星の電源として利用する太陽電池のパネル一枚」分だけ寄付することにした。こうして、愛称「ふじ」と呼ばれる通信衛星JAS1が誕生した。ただし、この衛星の高度も十分ではない。その分だけこの地球の周りを速く回っている。この衛星が地平線から上がって、頭の上にきて、また、地平線に沈むまで、おおよそ、20〜30分位である。見えないジェット機が飛んでいるようなものだ。この衛星が頭の上にいる間に必死になってその方向に無線のアンテナを向けるのである。コンピューターを使って自動で追尾している人もいるが、普通は、ロテーターというモーターを使ったアンテナを回転させ、上下に振る。そして、上手く照準が合うと衛星のビーコンが聞こえてくる。こうなればしめたものだ。こちらから電波を発すると、一瞬の間を置いて、自分の声が聞こえてくる。人工衛星にいく電波と、地上に返ってくる電波の周波数が異なるが、これらには一定の規則があるので、自分の電波をキャッチしてくれた人からのメッセージをきくことができる。この間、アンテナを常に人工衛星の動く方向に合わせなくてはいけないので、なかなか忙しい通信方法である。今日では、通信衛星を利用した携帯電話が普及して、誰でもその便利さの恩恵をこうむることができるが、これが衛星通信の始まりであったと思うと感慨深いものがある。
(平成12年9月19日記)