樹木の成長速度
はじめに
樹木は炭酸同化作用により成長することが知られている。この作用は、大気中の炭酸ガスを葉から吸収し、水分が供給され、光による光合成によるものであると考えられる。したがって、木の成長に必要な栄養素は、炭酸ガスの吸収速度、水の供給、並びに、光の照射密度により合成されているのであろう。こうした栄養素の合成を化学反応によるものと考えれば、特別な樹木の育っている環境を除けば水の供給や光の照射は比較的豊富であるのでその影響は支配的ではないと考えられ、この反応は炭酸ガスの供給が影響しているのではないか。そこで、大気中の炭酸ガスの吸収がこの反応の律速反応になっているとの仮定のもとに、一般的なガスの吸収速度を参照に樹木の成長速度を数式化することを試みた。
式中の定数が異なるが、これは、こうした反応のおこる環境による違いであり、水分の供給状態、太陽の照射量の問題、さらには、気候環境の違いによるものであるのは容易に想像がつく。
樹木の成長
(1) 幼年期 植樹、あるいは、発芽してから成長期まで
この間は、炭酸ガスの固定は非常にゆっくりしている。 根が張る期間
5〜10年
(2) 成長期 樹木が成長する段階で、炭酸同化作用が活発に起こり、樹木の成長が早い。
急激な成長期で、この間に炭酸ガスの固定が起こる。
(3) 成長鈍化期 過剰の繁茂により、樹木の下部での炭酸同化作用は阻害され、炭酸ガスの
吸収の低下が起こる。やがて、樹木は成長が止まり、樹齢末期となる。
(1) 幼年期
この期間の樹木の成長速度は、モンゴルでのカラマツのデータを参考にした。
財団法人 地球環境センター DCM/JI事業調査結果データベース
モンゴル森林再生計画支援事業調査 1999,2000
0年からTi年までの炭酸ガスの固定量 累積
Ti;成熟期開始年 Ti年までが幼年期
ここで、
Ci ; 炭酸ガス固定量(累積)
A ; 樹林に特有の定数
K ; 樹林地帯に特有の定数
k0
; 幼年期の炭酸ガス固定速度定数
t ; 経過年数
Ti ; 成長期までの年数
A 0.00006
K 1
K0 1.12
Ti
10
図-1 モンゴル・カラマツでの幼年期の炭酸ガス固定量(累積)
(2) 成長期 、(3) 成長鈍化期
この期間の成長速度については、天城地方スギ林での観測地を参考にした。
森林吸収源検討会
森づくりにおける森林吸収源・生物多様性など
評価基準 平成12年
財団法人日本森林林業振興会 「森林家必携」によるデータ
ここで、
Cg
; 成長期における炭酸ガス固定量(累積)
S; 樹林の成長の限界 成長の大きさに関わる定数
M; 樹林地帯に特有の定数 成長の早さに関わる定数
k1:
成長期の炭酸ガス固定速度定数
t ; 経過年数
Tl; 樹木の寿命
ここで、
Cf
; 経年による炭酸ガス固定阻害量(累積)
S; 樹林の成長の限界
M; 樹林地帯に特有の定数
P ;
樹林地帯に特有の阻害定数
成長が阻害される部分の割合に関わる定数
k2:
成長期の炭酸ガス固定速度定数
t ; 経過年数
Tl; 樹木の寿命
ちなみに、
M
6
k1 : 0.2
Tl :
120
P
: 8
M
6
k2 :
0.015
森林の炭酸ガスの固定量(
累積 ) は、次式によって求められる。
(
4 ) に従い、熱帯雨林の場合の炭酸ガスの固定量を推定する。
熱帯雨林の成長の速度は、
幼年期については、温帯林のモンゴルのカラマツの半分程度の期間とした。
Charlenらの報告を参考
Charlne
Watson, “Forest Carbon Accounting Overview & Principles”
UNDP 2009
成長時期の炭酸ガスの固定量は、温帯スギ林の1.7倍
只木良也 「森の生態学」 1971 共立出版
(4)式に従い、熱帯雨林の炭酸ガス固定量(
累積 ) を推定する。
表-1 計算に用いた定数
表に示した定数を用いて推定した熱帯林の炭酸ガス固定量(
累積 )
以上の仮定を下に、熱帯雨林での炭酸ガスの固定量を温帯林である天城山の杉林の炭酸ガス固定の実測値から推測し、この値と、(4)式から求められる計算値の結果を図-3 に示した。
伐採・植林の過程での炭酸ガスの固定
熱帯雨林で繰り返される伐採・植林の過程での炭酸ガスの固定量の推移は、
最初の伐採を7.5年後に実行し、植林をすると二度目の伐採は、15〜15.5年後に実施される。このときの炭酸ガスの固定量について、伐採されずにそのまま樹林が成長する場合と、植林により、7.5年後に再スタートし炭酸ガスが固定する場合とを比較すると、炭酸ガス固定量(
累積
)の差は、次の式となる。
Ct
= Ct
(15.5) −(
Ct
(7.5) + Ct (
8) )
= 245 CO2-t/ha
まとめ
熱帯林の成長速度を、温帯林の杉林をモデルにして、その成長の様子をシュミレーションした。
植物の成長の様子を数式化したものに、Richardsの式がよく知られている。この式は、植物の成長に注目して、その速度を積分することにより成長の度合いを求めている。しかしながら、この式で表現される成長は、発芽から、成長、そして、成熟までが一つの式で表されており、発芽から盛んに成長が推進される成長期までの間の初期段階では、成長の速度はやや大きめな結果になり、また、樹木が成熟期に達して成長が止まりやがては木が痩せていく現象などは予測することができない。
樹木の成長を炭酸ガス同化作用の結果と考えるなら、成長は炭酸ガスの吸収量としての目安となるが、一方、炭酸ガスの固定という意味では、樹木の呼吸による炭酸ガスの排出も考慮する必要がある。この炭酸ガスの吸収と排出の差が炭酸ガスの固定であるので、呼吸による炭酸ガスの排出量が多くなれば、当然のことながら、炭酸ガスの固定量は減少することになる。こうしたことから、鈴木モデルでは、
(1) 幼年期での炭酸ガスの固定量は、独自の推算式を導入する。
(2) 炭酸ガスの固定の推定には、炭酸同化作用による吸収と、呼吸による炭酸ガスの
排出を加味し、成熟に従い炭酸ガスの固定量が減少する項目を導入する。
その結果、鈴木モデルの場合には、樹木の成熟後での、炭酸ガスの固定量(
累積
)の減少も推算することができる。
ただし、
現在、問題としている森林の伐採と植林の繰り返しによる炭酸ガス固定量の減少問題は、樹木が成熟する以前の段階での問題であり、十分に成長したものの伐採とは全く異なる。つまり、炭酸ガスの固定量については、こうした時間的な概念を導入することが非常に重要であることが分かった。
また、ここで得られたそれぞれの地域での樹木の成長速度を表す式が、植物の成長速度に関する推算式として一般的に受け入れられているRichardsの式の変形であると考えてまったく問題ないことが分かった