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宵明けの青空に -1- 飛びたがりのさかな5
僕は期待と不安が入り混じる中、機関室に入るとペンギンの2番のシリンダーを外して栓をしてしまった。
笛を吹き、鐘を1回ガンとやる。
ピィー、ピッ
ガン
ハントの合図があった。
僕は1番のシリンダーにマッチを投げ込んだ。
シュコン スー
ズコン
ギュキャキャキャキャガロガン
ズギャキャキャキャキャガロガン
ズキュルドュルグン
ガシコンック、ガシコンック、ガシコンック
ガシコンック、ガシコンック、ガシコンック
ピィー、ピピッ
ガンガン
また僕の鐘は遠くから聞こえるようだった。
そして振り向くと、何故か機関室に息を切らしてジラーがいた。
「ジラー。どうしたんだ。」
「ペンギンってどうやって飛ぶんだ。」
そうだった、エンジン回り以外は全く確認していなかったのだ。
「ペンギンの夢も魚の夢も空は泳ぐものよ。」
アルバがひょいと入ってきて言うのだった。
「父は魚を直して後から地上へ来るそうよ。ペンギンが泳げるのなら、
魚が泳げないはずないって言ってたわ。」
「いくらなんでも魚は一人じゃ動かせないんじゃないですか。」
ハントが話に入ってきた。
そのときガレージの扉が大きく動いたのだった。
ジョンが叫ぶ。
「いましかなあいぞお。」
僕らは覚悟を決めて操縦室へと向かったのだった。
あれから何時間が経っただろうか、
ペンギンの操縦席にはアルバが座っている。
相変わらず視界は真っ白だが、ペンギンの目ではこんなにも
はっきり見えるのだ。
僕らはジョンのことを考えていた。
そのときアルバが甲高い声で叫んだ。
「きゃあ。」
目の前が瞬き、ぐらついた。
2、3秒の後
ピシャン、ゴロンゴロンゴロン
雷雲に出くわしたのだ。
「アルバ、大丈夫か。」
身体を投げ飛ばされた僕は何とか声を出す。
「駄目、左のフリッパーが2つやられちゃった。
羽根をたたむわ、旋回せずに真っ直ぐ落ちるわよ。」
「うおう、うおう、おう」
一人座っていなかった僕はようやく頭の向きが定まった。
「高度40700、39200、38800、墜落まで1分ないですよ。
みんな急いでダクトに急いで。」
ハントが大声を上げた。
「そうそう、僕も大声をあげて何かを言ったんだ。
慌ててね、そして四人それぞれダクトから脱出してパラシュートを開いたんだ。
そこからだよ、覚えてないのは。」
「やっぱり分からんなぁ、君の話は。
君はその魚という自作の乗り物でエンジンの点火中に、
誤ってボンベに火をつけてしまったのだよ。
にしても、火傷もなく脳震盪と腕の骨一本で済むなんて奇跡だよ。君の為に祈ってくれた皆に感謝したまえよ。」
そういうと医者は病室を出て行った。
病室からは青いくらいの木々と透き通るくらい何もない空が見えた。
しばらくするとジラーとハントがきた。
「やっぱり君を先に飛ばせて正解だったな。
落ちる間際で気絶でもしたのか。」
「酷い着地の仕方でしたね。」
いきなり思いっきり笑われてしまった。
「やっぱりあれは夢じゃないんだな。」
「当たり前だろう、僕らは魚の夢を叶えたんだ。」
「誰も信じてくれませんけどね。」
「しかしその腕じゃしばらく魚の夢は見られないな。」
「ペンギンはどうしたんだ、何かしら残っているだろう。」
「それが見当たらないんだ、燃え尽きたのかもしれない。」
そんな馬鹿な話があるかと思ったが、どれだけ探したのかも僕は知らないのだった。
「あれから、どのくらい経ったんだ。」
「一週間ってところだな。」
よくみると、ジラーは杖をついていて、ハントは腕をぶら下げていた。
「アルバはどうしたんだい。」
「アルバなら大したもんさ、ピンピンしてる。」
そういってジラーは窓の外を杖で指す。
空を見ている女の子を見つけ、僕はほっとした。
しばらくして地上まで虚を示すような影が覆い、僕は人目につかなくなって。
魚の夢の最後のページに挟まっていたメモを見た。
「明日を願うほどにほら、私の眠りは浅くなる、
貴方が呼んでいるからでしょうか、ただ一つ残った帰り道で。」
うさぎの夢といったら、僕が見上げる月と変わりない。
もしかしたら、あの子やこの人は泣いているかもしれない。
でも、そうじゃないかもしれない。
だから人類の夢は難しい、いや、うさぎだってそうだ。
僕らのことを僕らですら分かっていない。どうしてうさぎのことが
分かろうものか。
外を見るとアルバが月光色の目をしてまた空を見ていた。
僕らは紺の纏いを羽織って時計塔を目指した。
「魚の夢とは本当にこんなものなのだろうか。」
「どういうことかしら。」
「僕は鳥の夢も叶えたい。」
「貴方は鳥の夢の最後のページをみたの。」
「いや、見ていない。」
手渡された鳥の夢の最後のページを見る。
「熱を帯びた土を這う風、虚ろな明かりがこの地を冷ます。
ほんの少しであるが、私からの餞別である。幸運を祈る。」
全く分からなかったが、良くはなさそうだ。
だがそれでも、何となくわかる。
彼は帰らなかったのだ。
「それでも行くのですか。」
「僕でなくても誰かがいつかは行くだろう。」
「でしょうね。」
「でも彼が何を想ったか、それが僕は分かった気がするんだ。
僕には彼の為にも届けるべき想いがある。」
「彼とは。」
「きっと、"ここ"にいるんだろうな。」
そばで聞いていたジラーは小さく頷いて
「ああ、わかった。」と漏らし、
「そうですね。」とハントは小さく笑うと
僕の目を見て頷いた。
「魚は必ず直すよ、君のお父さんともまた巡りあうはず。」
置いて行かれたアルバは不思議そうな顔で「そうね。」と頷いた。
「私は魚がそんなに夢見ているなんて思いもしなかった。」
「僕も鳥がまだ夢を見るなんて思わなかったよ。」
それにしても、ジョンが降りてくるのはいつになるだろうか。
やがて僕らは鳥の夢をみる。
そして、また気付くのだろう。
僕らこそは、飛びたがり屋なのだから。
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