三角形の辺と角をめぐる基本定理


 はじめに

 『円の接線』の中で、「三角形の2辺の長さの和は、他の1辺の長さより大きい」ことは証明を
要すると述べました。
 折れ線の道より直線の道の方が短いことは、子どもでも日々実践していることです。
しかしこれを数学的に証明するとなると結構重たいものがあります。
そこで、基本に立ちもどってきちんと整理したいと思います。

 なお以下の定理の番号は、この紙面だけのもので、命題番号はユークリッドの原論の命題番号です。


定理1 三角形の2辺挟角相等の合同条件(命題4)
  2辺とその間の角が等しい2つの三角形は合同である。

 原論には一応証明らしきものが述べられていますが、多くの問題があるといわれています。
「どちらかというとこれは認めましょうよ。」ぐらいの感覚でしょうか。


定理2 底角定理 (命題5)
  二等辺三角形の底角は等しい。

以下は、中学校の教科書に書かれている証明です。

$頂角Aの二等分線が底辺BCと交わる点をDとする。$
$△ABDと△ACDで$
$AB=AC $
$ADは共通$
$∠BAD=∠CAD$
2辺とその間の角が等しいので $△ABD \equiv △ACD$
よって $∠B=∠C$


 教科書に出ているくらいですから何の問題もないと思われますが、この証明には
大きな問題(循環論法となる)が含まれているのです。

そもそも角の二等分線は右図のようにして求め
ます。
$線分OCが∠XOYの二等分線になっている根拠は$
$△OACと△OBCにおいて$
$OA=OB$
$AC=BC$
$OCは共通$
3辺がそれぞれ等しいので $△OAC \equiv △OBC$
よって $∠AOC=∠BOC$となって
$線分OCは∠XOYの二等分線となる。$

気がつきましたか。
上の証明には、3辺相等の合同条件が使われて
おり、実はこの証明はまだできていないのです。
原論では命題8になります。

それでは、原論では底角定理はどのように証明されているのでしょうか。

(原論の証明)

$AB=ACの二等辺三角形で、AB,ACをそれぞれ$
$延長して BD=CEとなるように点D,Eをとる。$
$△ADC と△AEBにおいて$
$AD=AE, \quad AC=AB , \quad ∠Aは共通$
よって2辺とその間の角が等しいので
定理1(命題4)により $△ADC \equiv △AEB$
したがって
$DC=EB \cdots \cdots \quad ①$
$∠ADC=∠AEB \cdots ②$
$∠ACD=∠ABE \cdots ③$
すると
$△BDC と△CEBにおいて$
①より $DC=EB$
②より $∠BDC=∠CEB$
仮定より $BD=CE$
2辺とその間の角が等しいので $△BDC \equiv △CEB$
したがって
$∠BCD=∠CBE \cdots $ ④
③,④より等しい角から等しい角を引いても等しいから $∠ABC=∠ACB$
よって2等辺三角形の底角は等しい。


確かにこの証明は、2辺とその間の角の合同定理しか使っていません。
秀才でも頭を悩ます問題で、ましてやロバ(愚か者のたとえ)には決して渡れない橋(解けない問題)
ということから、(私のかってな考え)「ロバの橋」といわれています。


ただし、ユークリッド(紀元前3世紀ごろ)から700年後の紀元4世紀ごろにパップスが
次のように証明しています。
$\hspace{5em}$
△ABCを裏返して△ACBを作る。
$AB=AC, \quad AC=AB , \quad ∠Aは共通$
よって2辺とその間の角が等しいので $△ABC \equiv △ACB$
したがって $∠B=∠C$


ユークリッドには図形を裏返すという操作はありません。
円柱や円錐、球を扱っていますので、空間的な概念はあったのでしょうが、
おそらくこのような操作は認めたくなかったのだろうと思います。
ユークリッドのこだわり、あるいは美学といえるかもしれません。


定理3 三角形の3辺相等の合同条件(命題8)
  3つ辺が等しい2つの三角形は合同である。

△ABCと△A'B'C'において
$AB=A'B' , \quad BC=B'C' , \quad AC=A'C'$ とする。
$2つの三角形を辺BCと辺B'C'で向かい合わせに$
重ねて、$AとA'を結ぶ$
$△ABA' と △ACA'$はともに二等辺三角形
だから、定理2(底角定理)によって
$∠BAA'=∠BA'A$
$∠CAA'=∠CA'A$
したがって
$∠BAC=∠BA'C$
よって2辺とその間の角が等しいので
$△ABC \equiv △A'BC  すなわち  △ABC \equiv △A'B'C'$


$このように、3辺相等の合同定理の証明には底角定理が使われますから、底角定理の証明に、$
$3辺相等を使う頂角の2等分線の方法は循環論法になってしまうのです。$


定理4 三角形の外角と内角(命題16)
  三角形の外角は内対角のいずれよりも大きい。

(証明)

$△ABCで∠Cの外角を考える。$
$辺ACの中点をEとし、BEを延長してBE=EFとなるような点Fをとる。$
$△ABE と △CFE$は2辺とその間の角(対頂角)が等しいので
$△ABE \equiv △CFE$
したがって
$∠BAE=∠FCE$
$点Fのとり方から、明らかに∠ECDは∠ECF$より大きいから
$∠ACDは∠BAC$より大きい。

同様にして、$辺BCの中点をとれば∠ACD は∠ABC $より大きいことがいえる。


なお、この証明には三角形の内角の和が180°であること(平行線の公理と同等)
は使われていないことが重要です。


定理5 三角形の角と辺の大小関係(命題18,19)
  $△ABCにおいて b > c \quad ならば ∠B > ∠C$

(証明)

$b > c \quad だから辺AC上にAB=AD$と
$なるような点Dがとれる。$
$△ABDは二等辺三角形となるから$
底角定理より
$∠ABD=∠ADB \quad \cdots ①$
$∠B=∠ABD+∠DBC > ∠ABD$
よって $∠B > ∠ABD \quad \cdots ②$
また $△DBCに定理4(命題16)を使うと$
$∠ADB > ∠C \quad \cdots ③$
①②③より
$∠B > ∠ABD = ∠ADB > ∠C $
$\therefore ∠B > ∠C $

なお、$bとc, \quad ∠B と ∠C を入れかえると$
  $b < c \quad ならば ∠B < ∠C$
も成りたつ


まとめると
$△ABCにおいて$
(i)$\ \quad b > c \quad \rightarrow  ∠B > ∠C$
(ii)$\quad b = c \quad \rightarrow  ∠B = ∠C$
(iii)$\quad b < c \quad \rightarrow  ∠B < ∠C$

よって、転換法(別途説明)によりこれらの逆も成りたつから

(i)$\ \quad b > c \quad \Longleftrightarrow  ∠B > ∠C$
(ii)$\quad b = c \quad \Longleftrightarrow  ∠B = ∠C$
(iii)$\quad b < c \quad \Longleftrightarrow  ∠B < ∠C$

すなわち
(1)大きい辺に対する角は、小さい辺に対する角
 より大きい。
(2)大きい角に対する辺は、小さい角に対する辺
 より大きい。

ことがわかりました。


定理6 三角形の2辺の和は他の1辺より大きい(命題22)

(証明)

$BA+AC > BC$ であることを示す。
$△ABCの辺BAを延長してAD=AC$となる
$点Dをとり、DとCを結ぶ。$
$△ACD は二等辺三角形だから$
$底角定理(定理2)より ∠ADC=∠ACD $
よって
$∠BCD=∠BCA + ∠ACD > ∠ACD = ∠ADC$
$\therefore ∠BCD > ∠ADC$
定理5により $BD > BC$
また $BD=BA+AD=BA+AC$
よって
$BA+AC > BC$


この定理によって

  2点を結ぶ最短経路は直線である

ことが示されました。

$なお、線分で囲まれた三角形であるので、このような幾何的な方法で解決されましたが、$
$一般的に曲線の場合は、解析的な方法で証明されますので、$変分法$を参考にしてください$


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