買い物

  買い物に使う中国のお金は、硬貨が殆ど無くて紙幣が使われている。少額の紙幣ともなると相当汚いのである。日本での1円、又はそれ以下に相当する金でも紙幣であるから、あまり価値が無いには違いないけれど、相当酷い状態になっている。千切れそうになっていたり、丸まっていたりで、皺くちゃになっている。中国ではあまり財布を使用しないらしく、お札をポケットに直接突っ込むので、お札はますます丸まってグチャグチャに成る。

  おまけにお金のやり取りも結構乱暴である。豚肉を買う場合、お釣を豚肉の上に投げ出したりする。それでお札はますます汚れる。勿論汚れるのはお札だけではなく豚肉も汚れる。中国ではこの様にして豚肉が汚れるが、それを恐れていては買い物も出来ない。汚れて丸まったお札を財布に収めるには時間がかかる。お札のしわを伸ばさないことには財布に入れられないからである。買い物をした場合、私はこれが面倒なので、私も丸まったままでお札をポケットに突っ込み、部屋に帰ってからお札のしわを伸ばして財布に収めた。

  中国に来て大分経ってから、どうしても自分で自炊をしたくなり(現地の中国料理は油が多過ぎる)、野菜や卵の買い物をするようになった。慣れてくるいと買物も結構楽しくなり(時間がタップリあるので、買い物は暇つぶしにもなる)、よく行く売店の人と顔なじみになった。
野菜と卵を売っている店では、私が買い物に行くたびに、この人は日本人だよと、周りの人に説明していた。吉林市の郊外に近い所に居る外国人は、珍しかったことは確かである。

  中国に来たばかりの頃は、何でも値切って買わなければ損をするという先入観念があったから、バナナを買うにも、高すぎるなどと言って値切ってみた。しかし果物屋、肉屋、野菜屋では値切って買う必要は無かったのである。これらのものは、多くの人が全く同じ物を売っていて、自由主義競争社会が実現していたので、値段を吹っかけて売る余地は全く無かった。それに中国人は物の値段に関する情報の収集にかなり熱心である。子供でさえも友達から"それ幾らで買った?"と遊びながら聞いている。大人は大人で、野菜売りの前を通るときに、買うつもりがなくても"その茄子幾ら?"と値段に関する情報を収集しながら通り過ぎる。そんなわけで野菜や米、肉等の基本的な食品は、値段の交渉の必要などなく、簡単に適正な値段で買えた。

  果物屋で売っているバナナは、遥か南の地方から東北地方へ運んでくる高価な果物であったので、自分で食べる為というより、プレゼント用であるらしかった。そのため20本くらいある立派なバナナの房は、見栄えの為に、そのまま売られることが多い(小分けしない)ようであった。私の様に自分で食べる為に四、五本だけ買う人は少ないらしく、どうしても余分に買わされてしまい、一部を人に分けてあげるなどしていた。プレゼントとしては、私も入院中に食べきれないほどのバナナを貰ったこともある。このようにして、殆ど話せない中国語でバナナを"まけくれ"とか"高すぎる"と言ったので、果物屋のおばさんも私のことをすぐ覚えてしまった。その後この店の前を通るたびに、店の中から手招きして果物を買わないかと声を掛けてきた。

  町中の露天の骨董屋とも顔なじみになった。ここで買い物をする場合は必ず値切らなければならない。言い値で買ったのでは大損をしてしまう。もっとも私が買う骨董品はガラクタに近いものであるから大した金額のものではない。しかし良く探すと日本に明治時代の紙幣やコインもあった。ここでの買い物も慣れくると多くの言葉はいらない。言葉はあまりいらないといっても、売り手は駆け引きを楽しんで、"それなら幾らなら買うか?"と言う言い方をよくするから、その時は大体の値段の見当を付けて、"○○なら買う"位は言えなくてはならない。それで相手が了承しなければ、買うのを諦めて帰るそぶりをしたりして、言葉の不自由を態度で補ってみたりした。これなら買うという値段に付いては決断が必要であるが、大体は言い値の半値位を言えばいいのである。そんなことをして半値位で値切って買えたとすると、何か得した様な気持ちになる。よく休日には露天の骨董屋を冷やかしに行ったので、そこのおじさんとも顔なじみになった。そうすると私が欲しい物を憶えていてここでも声を掛けられた。

  変わったところでは書画の材料屋さんと顔なじみになった。店の名前を忘れてしまったが、"○○堂"と日本にも有りそうな、趣のある名前が付いていた。ここへは妻の書道の表装をしてもらいに行ったのである。それも一幅や二幅ではなく相当数頼んだので、私はその店の上得意となった。加工費は日本円で800円位で、日本と比べると十分の一以下の値段で相当安かった。表装の布は北京の画材屋で買ってきた。日本に帰るたびに表装した掛け軸を持ち運んだ。少し重かったが、この点は私が中国に行ったお陰で、妻から感謝されたところである。表装の技術はしっかりしていて期待以上だった。中国の物作りはかなりずさんなので、最初は少し心配もした。

  中国的考え方では、書道家は書も絵も、刻字も、表装も上手いはずだという考え方が有るらしく、紹介された大学の書道の先生が出来るとのことであったが、頼んだみたが表装は下手だった。中国でも本物の職人はチャントした技術があって、技術は芸術家より上なのである。妻が中国に来たとき、その店に妻を連れて行って、朱肉を買いにいったら、"貴方の書は上手なので、私たちの展覧会に出しませんか"、とおせいじを言われて妻は上機嫌であった。